おいでよダンジョン畑*2
……ということで、それから、1か月。
「おうおう、お前ら今日も喧嘩せずにお行儀よくちゃんと並んで偉いな。日本人魂を感じるぜ」
俺は、もっちりみっちりとちゃんと行列になっているスライムに、シャーッと肥料を掛けてやっていた。どうもスライム達はこれがお気に入りらしいんでね……。
「お前はトマトか。ならリン多目の方にしとくね」
スライムの頭に植えた作物ごとに栄養成分を調整する余裕もできて、スライム達もぷるぷると嬉しそう……に見えなくもない。相変わらずこいつらは何考えてるんだか分からんが。
まあ、こんな風にスライムを観察する余裕ができたのも……人手が増えたからだ。
「アスマ様ー!麦の収穫は終わりましたよー!」
「アスマ様ー!こっちの豆はどうしましょー!?干しちゃうー!?」
「あすまさま!とまと!とまとあげるね!」
……今や、このダンジョン洞窟前。大人から子供まで沢山の人々がやってくる、不思議な場所になってしまった。
まあ、言ってしまえば……村だな!
結局あの後、ミシシアさんが村の人達を連れて、このダンジョン前に来てくれた。
村の人達は半信半疑だったけれど、俺を見て、スライムを見て……それから、『大麦じゃなくて小麦だから味は分からないけど、麦茶淹れてみた!どうぞ!』と俺がお出しした麦茶を飲んで……まあ、何か納得してくれたらしくて。それで、スライム農場の手伝いをしてくれることになったんだよな。
目の前で、スライムに実った農作物が揺れてた訳だから、まあ、報酬はもう見えてた訳だし。ミシシアさんの橋渡しがあったこともあって、まあ、比較的そこはスムーズだったと思う。ありがたいね。
で、また増えちゃったスライム達から農作物を収穫したり、連作障害を考えながら(一応ね。スライムとはいえ、一応はね。)種蒔きをしたりしてくれて……俺1人で頑張っていたのがアホみたいじゃん!ってなる速度で、作業が終わったのであった。
で、収穫できた作物は俺が食べる食料一籠分だけ貰って、残りは全部、村の人達にあげることにした。どうせ食わんし。こんな食わんし。小学生ボディはトマトの大玉1個食っちまったら結構腹いっぱいになっちゃうし。
……ただ、村の人達には、これがすごく嬉しかったみたいで……『明日も来ていいかしら』って言ってくれたもんだから、『どうぞどうぞ』って俺も喜んでOKを出して、交渉成立。
『まあ、人が増えるんなら畑も増やしてもいいよね』ってことで、スライムも増やした。いや、スライムも肥料の気配を嗅ぎ取ってきたのか、なんか、増えてるし。これについてはミシシアさん曰く、『土地の魔力が増えてるからだと思うよ』ってことらしいが。
……と、まあ、そんな具合で、ダンジョン洞窟前には、毎朝人が来るようになった。
で、その内、『一々村まで運ぶの大変だし、ここに貯蔵庫造っといていいか?』って聞かれたんで、『じゃあ建てとくね』ってことで、俺が建てといた。分解吸収再構築を使えば簡単だし。
水を汲むのも、小川と往復するんじゃ大変だから、井戸を作った。いいかんじである。
ついでに、『農作業でひと汗かいたらサッパリできるといいよね。温泉沸かしときますね』って温泉作ったりして……。
……そして、気づいたら、村の人達が毎朝やってくるようになっていた。昼間とか、こっちで過ごす人も居る。夜には皆、家に帰るけど!
いや、まあそうだよね。畑に塩撒かれたらしいから、元々の村の土地で頑張るのはあまりにも非効率的な訳だし。でも、彼らの稼ぎのメインは農業だったみたいだし。ったく、これだから土地に塩撒くのはマジで止めろっての!カルタゴかよ!
まあ、そういう訳で……俺はいつのまにやら、村人がよく訪れるダンジョンの主、になってしまった訳だ。
……ただ、これ、ダンジョンとしてはあんまり悪くない、んだよな……。
何故か、魔力が増える。
……つまり、今まで資源を分解吸収することでしか得られていなかった魔力が、増える。
「……他のダンジョンがお宝とか用意しとくのって、もしかして、人が居ると魔力が増えるからなのかなあ……」
腕輪に刻まれた文言によれば、ダンジョンって魔力を集めるもんらしいからね。そうかー、なら、俺はダンジョンとして正しいことをしてるっぽいな!
……いや、なんか違うんじゃね?っていう気はしてるよ。うん。すこやかダンジョンふれあい広場ができちまった以上は、なんか違うんだろうな、って……。
まあ、それはさておき。
「アスマ様。はい、朝ごはん。食べて頂戴な」
俺の目の前に、木のお椀に入ったスープとパンが差し出される。
……それらを渡してくれるのは、にっこり微笑む、美女。
緩くウェーブする深い栗色の髪と、金褐色の優しげな瞳。ロングスカートの質素なワンピースドレスの上にエプロンを身に付けた姿でおなじみのこの女性が、パニス村の村長、エデレさんである。
厄介なゴロツキに言い寄られ、その挙句、村の畑に塩を撒かれた……という悲劇も納得の美貌だ。あと、デカい。何がとは言わんが、デカい。こりゃ言い寄られもするよな。うん……。
エデレさんは、元々は『村長夫人』だったらしい。だが、村長をやっていた旦那さんが戦にとられてしまって、そしてそのまま、亡くなった。
だからエデレさんは1人で、村長代理としてパニス村を切り盛りしてきたんだそうだ。
お子さんはいらっしゃらない。だからエデレさんにとって、パニス村の皆が家族みたいなもんなんだろうし……その家族が、村を引っ越す羽目になったことを、気に病んでいるみたいだ。まあ、原因が『自分の美貌に惹かれてやってきちゃったゴロツキ』だからな……。お労しいことである。
そんなエデレさんは、ダンジョン村への引っ越し以来、誰よりも働いてくれている。皆の朝食を作ったり、農作業も手伝ったり……。疲れちまうんじゃないか、と思って聞いてみたこともあるんだが、『働いていた方が色々と気が紛れるの』とのことだった。
……ゴロツキのことも心配なんだろうし、そういうの気にして気が休まらないっていうなら、体を動かしてるのは悪くないのかもね。
さて、そんなエデレさんだが。
「神様だって、小さな体じゃ大変でしょう?たくさん食べて、大きくなってね」
「あ、はい。ありがとうございます、エデレさん」
エデレさんは俺にパンとスープを渡して、『いいこ、いいこ』とばかりに頭を撫でてくれた。
……撫でられちゃったよ。俺、なんか、エデレさんにも小学生ぐらいだと思われている気がする。
いや、違うな。エデレさんだけじゃない。
「おう、アスマ様!今日もちっこいなあ!エデレさんのスープはうめえから、沢山食ってデカくなれよ!」
近所のおじいちゃんも。
「アスマ様!こないだ言ってた服、仕立て上がったよ!後で着てごらんね!」
気のいいおばちゃんも。
「あすまさまー!あそぼー!」
元気な子供も。
……村の人達、大体全員、この調子だ。フレンドリーだ。あと、俺のこと小学生だと思ってると思う。
原因は分かる。だってな……第一村人こと、ミシシアさんがな……『101歳からしてみたらものすごく年下だし』という接し方で俺に接してくれていて、で、それを見た村の人達からしてみりゃ、『二十歳くらいのおねーちゃんがものすごく年下として可愛がっている神様。見た目は子供』ってなるわけで……。
……その結果、俺は見事に、『実際は19歳なんですよ、俺……』ということを言う機会を失った。
いや、実は、言った。エデレさんには言った。だが、『そう……やっぱり神様だから、エルフやなんかと同じで、時の流れが違うのねえ』ってかんじに受け止められてしまって、子供扱いは継続となった!
あああああああ!ミシシアさんのせい!大体全部、ミシシアさんのせい!あああああああ!
まあ、子供扱いはちょっと申し訳ない気分になるが、それ以上に、神様扱いなのがな、ちょっとな……申し訳なくなる。
いや、だってこの村の人達……俺のこと、もうすっかり『ダンジョンのちび神様』だと思ってるんだもんよ……。
これについても訂正する機会を失って、今に至る。『ダンジョンの主』と『ダンジョンの神様』の違いも上手く説明できないし、そもそもこの世界の人達からしてみりゃ、『ダンジョンの主』って即ち『ダンジョンの神様』みたいだし。
……うん。1か月くらい、村の人達とも過ごすようになって、分かってきた。この世界、やっぱりベースは多神教なようだ。
魔力の多い土地にはその土地を守る『神様』が居るんだ、ってことらしい。で、その土地に恵みを齎してくれるのはその土地の神様だ、ということで……。
……実際、俺が居るわけだし、他の土地にも俺みたいなのが居るんだろうし。そしたらまあ、うちみたいに本当に実益出ちゃってるところもあるんだろうし……そんな中で唯一神を崇める一神教を布教するのってかなり厳しくない?どうなん?俺、宣教師やったことないから分かんねえんだけどさ……。
まあ、そういうわけで……今日も俺は、村の人達から『小さなかわいい神様!』という扱いを受けつつ、彼らが作物を収穫して、のんびり楽しく生活してくれている様子を眺めつつ、やたらと美味いスープをごちそうになり、焼き立てパンをごちそうになって、大満足な訳である。
ダンジョンの再構築でパンとか作ってもいいし、スープだって再現できるんだろうけれど……でもやっぱり、人が作ってくれた料理って、なんとなく美味いね。なんでだろうね。
……ただ。
「じゃ、今日も我らがアスマ様に祈りを……」
「あの、うん、それはやらなくていいんだけど……うん……」
……食事の度に、俺に祈りを捧げるのはやらなくていい。食事じゃなくても、何か嬉しいこととかあった時に俺に祈りを捧げるのもやらなくていい。
というか、信仰しなくていい!信仰しなくていいから!ね!やめましょうよこんなことぉ!なんか恥ずかしい!なんか恥ずかしいからぁ!
「アスマ様ー。ちょっといい?」
そんな折、ミシシアさんが『よっこいしょ』と俺の横に俺の分の野菜籠を置きつつ、俺の隣に座って、声を掛けてきた。
「例の連中のことなんだけど」
……ああ、はいはい。例のね。うん。
「……やっぱり、まだ動いてるみたい」
「あー……例のエデレさんに再婚を迫る冒険者崩れ連中ね……?」
ミシシアさんが深刻な顔で『うん』と頷くのを見て、俺も『あああー』と天を仰ぐ。
……俺が信仰されている以外は何もかも順調に見えるこのダンジョンだが、まだ、トラブルは消し切れていないのであった。
さて、確認だ。
このダンジョン村の成り立ちについてだが……そう。元々のトラブルは、主に2つあった。
1つは、慢性的な不作。
これについては、戦に男手を取られて畑の規模を縮小したことと、昨年の天候不良が最初の原因だった。
で、それが昨年の収入減少に繋がり、結果、『寄付金』を『教会』に収められなくなって、『祝福』を得られなかったため、今年も不作が間違いない、と。そういうことだったわけだ。
そしてそこに続いた、2つ目のトラブル。それが……パニス村の美人村長エデレさんに言い寄る、冒険者崩れの連中だ。
彼らは夫を亡くしたエデレさんが村に畑にと大変なのを見透かして、言い寄っていたらしい。
が、それでもエデレさんが靡かないとなると、今度は遂に……村の人々全員が生きていけなくなるように、畑に塩を撒いた、と。
そのせいでただでさえ不作間違いなしだった今年の収穫はほぼ見込めなくなり、このままでは村人全員が飢え死に、というところで、冒険者崩れ連中はまた、エデレさんに嫁に来いと言い始めた、というわけだ。
エデレさん達、パニス村の人々はそれに困り果てていて……しかし、そこでミシシアさんが俺のダンジョンの情報を持ち帰った。
ダンジョンから持ち帰られた食べ物によって、ひとまずパニス村の人々は当面の餓死を免れた。
更に、俺が村人全員を洞窟前のスライム農場で受け入れたことによって、当面どころでなく、向こう1年2年の生活は見通しが立つようになった。
……ということで、パニス村の人々は今、傍から見ると『畑に塩を撒かれた割に、めっちゃ元気』という訳なんだが……当然、それを面白く思わない奴らが残っている訳である。
そう。エデレさんに言い寄っていた、例の冒険者崩れ。
……ミシシアさんの偵察の情報によれば、奴らは今も、パニス村近辺をうろついているらしい。
「執念深いなあ……」
「ね。その労力を魔物狩りにでも使えばいいのに!」
俺としてはげんなりしつつも、一周回って感心したいような心地である。ミシシアさんはぷんぷん怒っているが。
ということで、俺としては、ちょっぴり覚悟しつつある。
……まあ、もし、その時が来たら。あんまり自信は無いが……ダンジョンの主、いや、ダンジョンの神様として、やらねばなるまい。
侵入者の、撃退を……。
そんな、ある日の昼下がり。
「アスマ様!アスマ様ー!」
ミシシアさんが木の上を駆けてきたのを見て、俺は『何かあったんだな』と悟った。
村の人達は、『そろそろ村に戻るか』って、ぞろぞろ帰っていたところだったはずなんだよ。ミシシアさんも、彼らと一緒だったはず。
その彼女が、今、こうして来ているってことは……。
「例のゴロツキ!?」
「そう!奴らが来て、村が襲われてるの!」
……遂に、この時が来ちまったらしい。