祝福あれ*10
じりじり後退りたい気持ちを抑えつつ、俺は聖女サティを待ち受けた。
聖女サティはやってくると、ラペレシアナ様にご挨拶。非常に礼儀正しい良い子である。
そして、聖女サティは俺の方に向き直ると、ぺこり、とまた礼儀正しくご挨拶だ。
「アスマ様、こんにちは」
「こんにちは、聖女サティ。いやー、すみませんね、うちのスライムがデカくなっちまって……」
「ううん、スライム大きいの、楽しいです」
まずは天気の話……もといスライムの話から入ろう。天気とスライムの話はこういう時に万能だからな。ありがとうスライム。特にお前ら、絶妙に個性豊かで話題にするのに丁度いいんだよ。ありがとうクソでかくなってくれて。本当にありがとう。
「あの、アスマ様、あの……」
が、スライムの話も長続きはしてくれない。聖女サティは早速、『本題』に入ろうとしている。
……だが、俺は本題に入る気は無い。
「あっ、そうだラペレシアナ様。この間のお手紙にあった、『いずれ、どこかのご令嬢との縁談を組もうか』というご提案なのですが……」
聖女サティの横に居たラペレシアナ様の方をくるりと向いて、『話を合わせてくれ頼む!』と目で訴える。
すると流石のラペレシアナ様だ。こくんと頷いて微笑んでくださった!
「ああ。アスマ様もこの齢とはいえ、許嫁が居てもよいのではないかと思ってな。なら、王家の裁量で、丁度良いご令嬢を探すことも可能だが、どうだろうか、と」
ラペレシアナ様、さらりと打ち合わせに無い演技をしてくださるから本当に痺れるぜ憧れるぜ俺はやるぜ俺はやるぜ。
「ありがたいお話なのですが、そのお話は無かったことにしてください。俺はいずれ故郷に帰る身ですので。この国で婚姻関係を結ぶわけにはいかないのです」
……こうして俺は、聖女サティに直接お断りを申し上げることなく、遠回しに、しかしはっきりとお断りの意思を伝えることができたのである!ありがとうラペレシアナ様!ありがとう!流石に7歳の幼気な女の子を真正面から振る度胸は俺には無かった!
「ほう。そうか。いや、何、そういうことなら無理にとは言えんな」
ラペレシアナ様は微笑んで、それから、聖女サティの方をちらりと見た。
……聖女サティは、ショックを受けたような顔をしていた。ああ、うん、まあ、遠回しとはいえ、お断りしちゃってるからね。ごめん。
「……アスマ様、故郷、って……」
「この国じゃないんです。えーと、俺がこの国に来ちゃったのは、ちょっと、事故みたいなもので……その内、帰れると思うんですけれども」
聖女サティに詳しく異世界の話をするつもりは無い。そこのところはあんまり知れ渡ると厄介ごとになりそうだし。
「あの、あの、なんていう国ですか?その、そこに、もうお嫁さんが決まってるの……?」
……が、あんまり詳しく異世界の話をできない、ということは、同時に『なんか怪しい』ということでもある。そうだね。情報が少なすぎるね。煙に巻こうとしているように感じられるよね。
だがここで『あの国です』と言えない訳だ。何故なら俺、この国の外の情報、なーんにも持ってないからである!
強いて言うなら、最近まで戦争してたって情報はある。だがそれだけである。他、なーんにも無い。なーんにも無い!
が、ここで何も情報を出さない訳にはいかない。そして、幸いにして、聖女サティは同時に質問を2つするという過ちを犯した。
つまり!俺はここで、後者の方の質問に答えることで、前者の質問……『どの国から来たのか』という質問を回避することができるのだ!
「はい。嫁が居ます」
なので俺は、こっちの方面で情報を増やして煙に巻くことに決めた。
「なんと」
ラペレシアナ様が目を見開いて驚いておられる。うん、そうだね。それは俺も言ってなかったよ。
ミシシアさんとリーザスさんも『そういえば19歳だって言ってたし、本当に嫁が居てもおかしくないのか……』みたいな顔をしている。だが、うん、まあ……うん。
「綾波レイという人です」
うん。あのね。
素直に馬鹿正直に嫁の名前を言っちゃうのが最善手だと俺は気づいちゃったわけよ。
嘘はついてないよ?ほんとだよ?
そうです俺は綾波とアスカだったら綾波派です。
「アヤナ・ミレイさん……?」
「うん」
なんか切り方おかしい気がするが、俺も多分、『アスマ』が名前だと思われてるからもう別に気にしないことにするよ。
「そういうわけで……その、俺は帰るんです。嫁のことはさておくとしても、父上も母上も残してきてしまっています。きっと、俺のことを心配しておいででしょう。早く帰って、元気な顔を見せて差し上げなくては」
そうして俺はさっさと話を切り上げにかかる。情報は増やしたから、これ以上疑わないでいただきたい。
……尚、俺の父母については……えーと、リアルにあまり考えたくない。
何故かって言うと……こう、もし、こちらの世界と俺の元の世界とで時間の流れ方が一緒だった場合、俺が行方不明になって既に4か月程度が経過していることになり、となると大学から実家に間違いなく連絡が行っているからである。
つまり俺、多分、捜索願が出ている。
……えーと、まあ、そういう訳で、あまり考えたくない。父母が心配しているとか、友人が心配しているとか、大学の単位どうすんだよとか、留年した後の人生設計とか、諸々考えたくねえ!
というかだ!よくよく考えたら俺、7年以内に帰還しないとそのまま死亡届が提出される可能性が高いな!?
うわああああ!戸籍が無い人間になりたくはねえ!そうなったらいよいよ異世界で暮らすしかねえ!うわああああ!うわああああああ!
……と、心中穏やかじゃなくなってきちゃった俺は、きゅ、と唇を引き結び、『うわあああああ!』をやり過ごす。
が、そんな俺の表情が、ちょっと寂しげな小学生に見えたらしい。ラペレシアナ様が、『なんと、お労しいことだ……』と零され、そして聖女サティもまた、悲痛な顔で俺を見つめていた。
そうだね。聖女サティも、親元から引き離されてここに来ちまってる訳だから、思うところは色々あるだろうね。
「……聖女サティも、早くお家に帰れるといいですね」
「……うん」
まあ、ね。俺はさておき、聖女サティはまだまだ結婚なんて考える齢じゃねえだろ。
子供は新しい家庭を築くより先に、まずは安心できるお家に帰るべきだぜ。……ってことで、まあ、こんなもんにしといてください。
なんとなく聖女サティも、『自分も結婚どころではなかった』と思い出してくれたらしいので、ひとまず婚約騒ぎはここまでとなった。
聖女サティはちょっぴりホームシックになっちゃったらしいので、『スーパークソデカスライムに登りませんか?元気が出ますよ!』と誘って、一緒にスーパークソデカスライムに登ってぽよぽよした寝心地を楽しんだ。
ありがとうスーパークソデカスライム。ところでお前、全然縮まねえな。大丈夫?これこのままここにこのクソデカさで君臨し続けるつもり?
「あっ、そういえばラペレシアナ様!聖女の『祝福』のことがちょっと分かりまして」
「なにっ」
そして、ラペレシアナ様までもがスーパークソデカスライムに登ってきたところで、本日の本来の目的である報告を始めることにした。
……この研究が進めば、聖女サティが教会の職務から解放される日が近づくしな。ま、こっちを頑張るってことで許してもらおう。
ということで諸々、報告し終わった。
聖女サティは途中から話がよく分かんなくなってきちゃったらしいが、まあ、真剣な顔で頷いてはいた。かわいいね。
「成程……使役の魔法に近い、ということか」
「はい。恐らくは」
「そういうことなら、使役のポーションを試してみるか。案外、それだけでも成果が出るやもしれん」
そしてラペレシアナ様も早速動き出してくれる様子なので、後は王城の研究者に任せちゃう方がいいかもな。何だかんだ、パニス村で俺がやることってのには限界がある訳だし。
「では早速、研究室に報告してみよう。……結果が出次第、すぐに知らせる」
「ありがとうございます!」
まあ、研究が俺の手を離れたとしても、結果は知りたい。お知らせ頂けるってんなら、嬉しいことだね。
その日は王都で一泊して、そこでミシシアさんとリーザスさんから『それで、アヤナ・ミレイさんという人はどういう人!?』という追及を受けた。なので2人にはちゃんとネタばらししときました。いや、流石にね……ちょっと、誤解を招き続けるのも申し訳ないからね……。
が、『~は俺の嫁』の文化から説明するのはめんどくさかったので、『俺の故郷の有名人の名前である。名前を咄嗟に出してしまっただけ』と説明した。なので2人からは、『渾身の演技だったよ!』という評価を受けてしまった。
……俺の演技力が高く見積もられてしまった!しまった!
翌日には王都を出て、クソデカスライムを1匹だけ馬車で回収していきつつ、パニス村へ向かった。尚、この1匹を回収しても、王都にはまだクソデカスライムが居るし、スーパークソデカスライムは相変わらず居る。もう諦めた。あいつには引き続き王都に棲んでもらうか、自力でパニス村まで来てもらうかどっちかしかねえ。あいつを積める馬車はねえ!
……そして、パニス村に戻って、エデレさんに諸々報告して、スライム達に肥料やって、宝石職人達の新作を見せてもらって、ワイナリーで新たに仕込まれたワインについて話を聞いて、ミューミャ牧場で空飛ぶミューミャに引っ張られて一緒に空を飛ぶ元冒険者を『ワァオー……』という気持ちで見上げて……。
……そうして、2週間後。
「土への使役は、土中の生物に干渉してしまいがちでな。どうも上手くいかなんだ。種への使役は、結果がまちまちでこのままでは使い物にならん。……だが、水への使役は上手くいった」
ラペレシアナ様が直々にパニス村へいらして、そこで研究結果を教えて下さった!尚、彼女の来訪は今回も大型二輪によるものである。王立第三バイク騎士団の面々、全員大型二輪に乗ってるからなあ。めっちゃかっこいい……。
「成程。確かに水なら加熱しちまえば生物への干渉は起きにくいですよね!」
「ああ。やはり『祝福』は、祝福の対象を精密に操作できるところにこそ価値があると言えるだろうな。ポーションではそうはいかん」
あー、成程。そういうのがあるのか。やっぱファンタジーだなあ。
でもまあ、ひとまず『水に使役のポーションを使うと水の魔力が活発に動くようになって、作物の生育状況にプラスの効果が出る』ってのは大きな一歩だな。
……だが。
「……だが、これだと当然、効率が悪い」
「と、いいますと」
「水だけで作物を育てるわけにはいかないであろう?だが、土に水を注げば、水は土に吸い込まれ、消えていってしまう。使役のポーションが何本あっても足りぬ」
あー……成程ね。うん。うん。それはそうだわ。
水って、土にずっと残っていてくれるもんじゃないからね。だから定期的に水やりしなきゃいけない訳だし。
……うん。そうね。成程ね。結局、話はここに戻ってきちまうって訳か。
「じゃあやっぱりスライム使うしかないですね」
「そうだな。私もそう考えていたところだ」