馬車への道*5
ということで、俺達は急遽予定変更。王都で一泊して、明日、近場のダンジョンに寄ってからパニス村に帰ることにした。
「リーザスさん、ダンジョンによく行ってたことがあるの?」
「ああ。まだ騎士見習いの頃、小遣い稼ぎにな」
「おおー……」
なんというか、経験豊富な人が居るとこういうの助かる。非常に助かる。
「まあ、なんだ。少し潜れば勘は取り戻せると思う。魔物1体程度と遭遇して引き返すくらいなら、安全を保障できるぞ」
「なんと頼り甲斐のある……!」
「じゃあ私も居るから2匹くらいまでなら大丈夫だね!」
「こちらもなんと頼り甲斐のある……!」
ミシシアさんも、弓を手にニコニコである。この人も戦える人だったね。つくづく恵まれてるなあ。
「じゃあ俺も居るから3匹」
「それはだめ」
「それはやめてくれ」
……こと、戦闘能力においては俺の頼りなさは他の追随を許さないぜ!ちょっと悲しいぜ!
ということで、王都の宿で一泊して、翌日。
「宿泊するのも勉強になったな……。王都の宿がどんなもんか、ちゃんと体験できてよかった」
「パニス村のお宿の方が泊まり心地いいね!」
「まあ、パニス村の居心地の良さは異様なくらいだからな……」
宿泊ならではの知見も得られたところで、さて。俺達は早速、『割と普通のダンジョン』へと向かうのだった!
そのダンジョンとやら、そう遠くないらしく、王都から帰る時、ちょっと寄り道すればいいくらいのものらしい。そっちの方に向かう道もあるし、向かう冒険者達もぼちぼち居るので、道には迷わなくて済みそうだ。何より、リーザスさんという案内人が居るし。
「リーザスさん行きつけのダンジョンってどんなところ?」
「行きつけ……と言うのもおかしな気がするが、うーん、そうだな。まあ、本当に『普通のダンジョン』だ。見れば分かると思うが、冒険者が稼ぎに行くような、そんな場所だな」
うん。今、俺達と同時にダンジョン方面へ向かっていると思しき冒険者達、明らかに『戦う格好』をしている。……これを見ると、パニス村に居る冒険者達って、戦う格好じゃなくて、『探索する格好』で来てるんだなあ、というのが分かるなあ。
「階層が深くなっていくごとに、魔物も強力なものになっていく。浅い層ではスライムだとかキャタピラーだとかそういうのが出てくるが、深くなってくると大蜘蛛だとかゴブリンの群れだとか……デュラハンなんかも出てきたことがあるぞ」
「ほぇー」
浅い層は本当に、なんか俺でもなんとかなりそうな気がするけれど、流石に魔物の群れは勘弁だな。あとデュラハンってアレでしょ?首が無いやつでしょ?絶対に怖いから出くわしたくない。あっ、でもどういう仕組みで動いてんのかだけは気になる。お前の脳味噌どこにあんの?って聞きたい。
「俺が知る限り、階層は地下6階まであるらしい。俺は5階までしか降りたことがないが。恐らく、6階がダンジョンの最下層なんだろうな、とは思うぞ」
「そっかー。じゃあ、地下6階はかなり危険なんだね?」
「ああ。俺の先輩が大怪我をして戻ってきた。戻ってこられただけ幸運だったが」
おお……やっぱりダンジョンって、命の危険と隣り合わせなんだなあ。
……そう考えると、つくづく、うちのダンジョンって安全でゆるふわだなあ……。『なんか変なダンジョン』って言われるの、分かるわ。
ダンジョンまでの道すがら、リーザスさんから『ダンジョンでの注意点』みたいなのをレクチャーされつつ、俺達はダンジョンへ向かう。
そうして王都から馬車で小一時間。平原から少し林の中に入って、林が森になってきて……その中をくねくねしながら通る道を進んでいけば、やがて、その『ダンジョン』の姿が見えてきた。
「おおー……ダンジョンのイメージ通りのダンジョンだ。すげえダンジョン。めっちゃダンジョン」
そこには、『如何にもダンジョン!』というかんじの洞窟があった。これだよこれ。ダンジョンかくあるべし。
……そして、そのダンジョン入り口付近では、冒険者達が野営した跡があったり、冒険者達が何か道具と獲物を交換していたり、話していたり。冒険者の活動が活発な様子が見受けられる。うちとは大違いだなあ。
「あれ、魔物の毛皮かなあ」
「ああ。恐らく角ウサギのものだな。そっちで取引してる小瓶は、大方毒蜘蛛の毒だろう。アレは薬にもなるから」
「ほぇー」
薬になる……ってことは、なんだろ。そういう魔力を含んでるのかな。持って帰って分解吸収してみてえなあ。多分、この世界を制するためにはファンタジーパワーを制さなきゃいけないもんな。いや、別に世界を制したい訳じゃないけど、うん……知っておいた方がいいかな、とは思うよね。
「じゃあ早速、行ってみよう!私もダンジョンはあんまり経験がないから、楽しみにしてたんだ!」
「分かった分かった。だが、くれぐれも気を付けてくれ。浅い層でも、人が死ぬことはあり得るんだぞ」
ミシシアさんがこの通りすっかりはしゃいでいるので、俺もつられてソワソワワクワクしている。いや、多分、ミシシアさん抜きでも十分にソワソワワクワクしてたとは思うが。
……まあ、落ち着かないとな。リーザスさんの言う通り、人が死ぬことだってあり得るんだから……。
ということで、いざダンジョン!
「洞窟だぁ」
「そりゃそうだな……」
中に入ってみたら、やっぱり『これぞダンジョン!』っていうかんじだった。
具体的には、まず、洞窟。岸壁に囲まれた通路は時々くねりながらも概ね真っ直ぐ続いていて、それが時々分岐している。そんなかんじ。
「……造りは平面的なんだね」
「ああ、そうだな。……うーん、確かに言われてみると、そうだ。大抵のダンジョンは、地下1階、地下2階……というように、明確に階が分かれていて、その階層内では平面的な構造になっているように思う。パニス村ダンジョンはかなり特殊だな」
そうかー……やっぱりうちの迷路はかなり特殊な構造なんだな。
まあ、これは理由がわかる。
このダンジョンは魔物が出るダンジョンだ。ということは、魔物を狩ることを目的にした人間を誘引してるわけで、同時に、魔物が人間を仕留めてダンジョンの養分を増やしてくれることも期待してるんじゃないだろうか。
……少なくとも、多くの人間に入ってもらいたい以上、帰り道は分かりやすくしておかないと、『入った人が誰も出てこないダンジョン。危険。入るのやめよう』になっちゃうからね。帰り道を分かりやすくする、ってのは分かるぞ。
「道が平坦で単純なのは、魔物と戦いやすくするためでもあるだろうな」
「ああー……そうだよね。障害物だらけのところと、真っ直ぐ平坦な広い道とじゃ、魔物との戦い方が全然違うもんね」
あー、成程ね、そういうこともあるのか。
……当然だが、曲がり角が多ければ、その分死角が増える。不意打ちが増えちゃうわけで、事故が増える。
事故が増えるってのは、『予期せぬ事態が起きやすい』ってことで……魔物人間共に、死亡数のブレが生じることになるだろうな。
当然だが、ダンジョンを恒常的に運営していくんだったら、この『ブレ』は無い方がいい。収支の予想が立てやすい方がいいだろうし、魔物とかお宝とかトラップとかを調整した時、調整前後を比較して調整内容を検討したい時、ブレッブレのデータしか無かったら困るだろうし。
それに加えて、上り坂や下り坂は、それだけで戦い方を変える要因になり得る。視界も変わるし、位置エネルギーも変わってきちゃうし……俺は実際に戦える人じゃないんで、そこらへんは想像でしかないけど。
まあ、そういうわけで、『曲がり角の少ない、平坦で単純な道』で構成されたダンジョンってのは、運営側にとってもやりやすい構造なんじゃないかと思う。
成程なー、これはうちのダンジョンにも王都ダンジョンにも無い視点だ。当然だけど。当然だけど!
「……ん、魔物だな。よし、アスマ様、下がっててくれ」
そして、いよいよこの時がやってきた。
俺がドキドキしながらリーザスさんの向こうを見守っていると……剣を抜いたリーザスさんの向こうから、うぞうぞと現れたのは……。
「……ワァオー」
……なんか、『スライム』だった。うん。えーと、丸くてポヨンとして透明で、もっちりもっちりと動くやつじゃない。うちにいるスライム達とは全然違う何かである。
こう……もっと、『粘液!』『流動性がある!』『毒物!』『消化酵素!』みたいな見た目の……なんか、うぞうぞ動く……人間の命を刈り取る形状してるというか……そういう!物騒な!何か!
「ああ、スライムだな」
「こいつスライムなの!?うちに居るのとなんか全然違うんだけど!?」
「まあ、スライムにも色々居るからな……。うん、パニス村に居るスライムは、ちょっと不思議なくらい大人しい奴らだよな……」
そうなの!?もしかして、うちのスライムが異常なの!?俺はてっきり、アレがスタンダードなスライムなんだとばかり思ってたんだけど!?
「パニス村のスライムは魔力たっぷりの綺麗な水で育って、肥料貰って過ごしてるじゃない?だからだと思うよ。こいつらは人間食べるもん」
「人間食べるのォ!?」
「食べない奴も居るが、まあ、この種の奴らは人間を襲うんでな。よいしょ、と」
俺が滅茶苦茶びっくりしていたところ、リーザスさんがヒョイと剣を振るって、スライムっぽいなんか物騒な何かはすぱりと切断された。そして、うぞ……と動いたきり、動かなくなって地面に広がった。
「……俺が知っている世界は、狭い」
「ま、まあ……その、スライムについては本当に地域差が大きいんだ。危険なものも、あまり危険でないものもある。パニス村のスライムは特別安全な奴らだが、アレがスライムの普通だとは思わない方がいいぞ」
うん……うん、そっか……。ということはもしかしてもしかすると、パニス村に遊びに来る人達って、『これはスライムっぽいけど別の生き物なんだろうなあ』とか思ってたりしたのかな……。いっそ、『これは水玉の妖精です』とか偽った方がいいんだろうか……。いや、でもあれだけもっちりしてるしなあ……。
「さて、スライムは見つけたが……どうする?引き返すか?」
最初に言ってた『魔物1匹見つけたら引き返すか』って話だが、流石にね、これで終わるのはね……。
「できればもうちょっと……もうちょっと見たいんだけど……」
「だよねえ。その1匹がこの凶暴なスライムだけっていうのはあんまりだよリーザスさん!」
ミシシアさんもそう言ってくれたので、リーザスさんも『そうだな。流石にこれはな……』と頷いてくれた。そしてそのまま探索続行。
「俺としても、もう少し討伐しがいのある魔物を討伐するところを見学してもらいたいからな……」
「ありがとうリーザスさん……」
「流石に、スライム一匹しか討伐できないような奴だとは思われたくない」
「それは思わないけどね……」
リーザスさんはそんなことを言いつつもダンジョン内を進んでいき……そして。
「ああ、多少、それらしいのが出てきたな」
いよいよ、次の魔物が現れる。俺とミシシアさんが、ソワソワしながら見守っていると……。
「ヘルハウンドだ。一応はな」
「地獄の猟犬と言うにはあまりにも小型犬!」
なんか、牙を剥いて唸る小型犬が!小型犬がいる!小型犬が!
ということで、ヘル小型犬も無事に討伐された。リーザスさんすごいなあ。真っ直ぐ突っ込んできたヘル小型犬をバッサリ。頼もしい限りである。
「……まあ、地下1階だとこんなもんだな。もっと強い魔物は地下2階以降に出てくる」
「うん。実に初心者向けってかんじだったね」
スライムは動きが遅いし、ヘル小型犬は小型だから、まあ、一撃で致命傷になることは無いだろう。多分。実に初心者向けモンスターである。
「さて。これだけ小さいと、皮を剥いで持ち帰るのもな……。元々、ヘルハウンドの毛皮は然程高値にならないことだし。アスマ様、希望はあるか?」
「うーん、特に無いよ」
さて。ここは魔物を狩るのがメインのダンジョンで、となると、狩った魔物を金に換えるべく、牙とか皮とか持って帰るべきなんだろうが……まあ、大した金にならないとなるとなあ。別にいいんじゃねえかなあ、という気分になってくる。
「これ、持ち帰らないで置いて帰ってもいいの?」
「ん?そうだな。ダンジョンの中にあるものは時間経過で消える……と言われている。まあ、ダンジョンが回収しているんだろうが」
あ、なるほどね。掃除はダンジョン側でやってくれるから、ゴミは置いていっていいよ、ってことか。まあそうだよな。じゃないとこのダンジョン、さっきの物騒スライムの死骸および粘液でベッタベタのモッチョモチョになっちまうもんな……。
「だから、地下1階に限らずこの先でも、魔物の内臓や骨や肉は置いていく冒険者が多いな。持ち帰っても大した金にならないから」
「成程ね」
そういうことならゴミは置いて帰るよな。成程、そういうところも含めて、ダンジョンのおもてなしの精神な訳だ。ダンジョン内を清掃して、心地よく冒険者をお出迎え……いや、まあ、単にゴミ処理した方が、多少なりとも分解吸収で魔力を回収できるからかもしれないけど。
……ん?
「……俺、勘違いしてたかもしれん」
「え?何を?」
俺は、唐突に思いついてしまった事実にちょっと慄いている。『ダンジョン』っていうものは、俺が思っていたより、ずっと効率的だった。
「ダンジョンから魔物が出る理由をさ、『魔物の資源を目当てにした人間を誘き寄せ、適量殺すため』だと思ってたんだよね。人間がダンジョンに居れば情報が得られる。死んだら、脳を分解吸収してもっと情報が得られる。だから人間を集めて適度に殺すのが、多くのダンジョンの経営方針なんだろうな、と」
俺が話すと、ミシシアさんもリーザスさんも『なんかそういう話だったよね』と頷いてくれる。
だが、この話には見落としていた部分があったんだ。そして、その見落としを見つけた今……このダンジョンの経営方針に、感服している。
「……でもそれって、人間に限った話じゃ、ないよな。魔物にも言えることだ」
「……魔物の死体、特に脳って……情報、あるんだろうから」
冒険者にやられても、捨て置かれる部分。
『脳』。
……生体ストレージとも言えるであろうそれを分解吸収すれば、魔物を生み出すのに必要な魔力以上に魔力のペイがあるんじゃねえかな、と、俺は気づいてしまったのである。




