馬車への道*2
元々、肉目的の畜産は長めのスパンで考えないといけないから気軽にできねえなあ、と思ってたんだが、乳牛ないしは乳ミューミャを飼うことについては悪くないんじゃないだろうか、とも思っていた。
ということで早速、エデレさんのところにGO。色々と説明してみた結果、『じゃあ、飼ってみましょうか。村のあっちの方が雑草だらけで、ミューミャを飼っておくのに丁度良さそうだし……』とのことで許可が得られた。
……ところでミューミャって草食うの?草食うんだ?ヤギみたいなもん?
はい。ということで、翌週にはミューミャがやってきた。
ひとまず4匹。こういうのが得意な冒険者が『じゃあ俺ここでミューミャ農家やる!』と決めてくれたおかげで、仕入れから運送、そして今後の運用まで全部決まった。
やっぱりね、持つべきものは人材。多少変な人だったとしても、やっぱりスキルのある人材ってのは貴重だよ。うん。この人も、ダンジョンの中で奇声を発する趣味があるだけで、すげえ良い人だし……。
はい。そうして俺はミューミャの毛を手に入れました。ついでに『ちびっこはミルクを飲むのがいいぜ!いっぱい飲んでデカくなるんだぜ!』とミルクも貰った。うめえなミュー乳。
「まずはミューミャの毛の魔力の分析からだなあ……」
ミュー乳片手に、ミューミャの毛を分解吸収。そしてどんな魔力が入ってたかなー、とワクワクしながら見てみたところ……やっぱりね!
「あるじゃんあるじゃん『浮遊』!あー、でもやっぱり濃度が足りないみたいなかんじかコレ」
概ね予想通りだ。ミューミャの毛にも、『浮遊』の魔力はあった。
が……残念ながら、かなり少ない!少なくとも、ミューミャの毛を再構築で複製しまくって、それで布にして、ペガサスの羽と同条件で馬車作ってみても全然浮かなかった!
まあ、だよねー。ミューミャって、こう……でけえクッションに毛が生えて耳が生えて時々耳で空を飛ぶ、みたいなかんじの生き物なわけで……ドラゴンとかワイバーンとかペガサスとか、そういう重量は流石に無い訳だ。
具体的には、人間の大人が『はーどっこいしょ』ってやって運べちゃうくらい。俺の小学生ボディじゃちょっとキツいが、大人には十分いけるくらいの重量。多分、今の俺ぐらいの重さじゃねえのかな。
……となると、そんな生き物には、『浮遊』の力はそんなに必要無い訳よ。馬一頭を空飛ばすのと、謎の毛玉一匹をほんの2mかそこら飛ばすのとで、必要な『浮遊』魔力の量にはえらい違いあるだろうしなあ……。
ただ、逆に言っちまえば、ペガサスの羽とミューミャの毛に含まれる『浮遊』の魔力って、量以外に差が無さそうだったんだよな。
ということはやっぱり、いけるんじゃねえかな。
遺伝子組み換えによって、『浮遊』の魔力を大量に持つようになったミューミャは、いけるんじゃねえかな……!
ということで、まずは一応、検証。
ミューミャの毛を再構築で作る時、『こんなかんじかなー』っていうざっくり感で、『浮遊』の魔力を増量して出した。
で、それを布にして馬車にしたところ……。
「いける!いけるぞ!」
見事!ちょっと浮く車体ができた!よし!ということはやっぱり、ミューミャの毛が浮く馬車に使えないのは、ミューミャの毛には『浮遊』の魔力があれども、馬車を浮かすレベルの量ではないから、ということだな!多分!他にも要因あるかもしれないけど!
「なら、問題はこれの量産化なんだが……えーと、ミューミャって、哺乳類だよなあ……」
さて。ここからが問題である。
俺は真っ先に、ミューミャを遺伝子組み換えして『浮遊』の魔力を増やす案を考えた。
だが……植物の種みたいにはいかないわけだ。だってミューミャは哺乳類だから!
「……受精卵を作る?えーと、ミューミャの胎内に?そもそもミューミャの体の構造ってどうなってんの……?どう見てもこいつただの毛玉じゃん……?」
……まず、ミューミャの体の構造からして分からないからな。いや、だってさあ!この、耳でパタパタしたらフワッて飛ぶ謎の毛玉のどこに内臓入ってると思う!?分かんないよ!俺には分かんないよ!
「やっぱり生きたミューミャを分解吸収してみるべきか……」
となるとやっぱりこう……生きたものを分解吸収再構築する、ってことになる、訳なんだが……。
「スワンプマン……スワンプマンだよなあ、これ……」
……いや、こう、ちょっと哲学考えちゃうよね。『ある人物の、寸分違わず元と同じ体が後からできて、それが動き出した時、それは元の人物と同一人物と言えるか』みたいな……。
うん……いや、まあ、考えてても仕方ないんだよな、これ。どっかで一回、実験しておかなきゃまずいしな……。
……と、覚悟を決めていたところ。
「アスマ様ー!アスマ様ー!ほら、これやるぜ!いっぱい食って大きく育つんだぜ!」
ミューミャ農家の元冒険者の人が、なんか、くれた。
「ん?これ何?」
「卵だぜ!」
うん。そうね。見たかんじ、卵だわ。サイズはかなりデカいが。ダチョウ以下、鶏以上のサイズしてるが。なんかね、こう、一般的な茶碗ぐらいのサイズ感……?
「これ、何の卵?」
まさかなあ、と思いながら聞いてみたところ……。
「ミューミャのだぜ!」
「えっこいつ卵生だったの!?」
なんと!まさかの卵生!ミューミャ、卵生!乳を出すのに……卵生だった!なにそれ!流石にそれは聞いてねえよ!
「こいつはカモノハシ、ってことか……」
「アスマ様ぁ、カモノハシ、って何?」
「えーとね、なんか、こういうかんじの……」
さて。
俺は、貰っちまった卵を眺めつつ、様子を見に来たミシシアさんに『カモノハシってのはこういうやつ』と図解して見せたりしていた。
「まあ……卵が外にあるってのは、弄りやすくて助かるなあ……」
「弄るの?美味しくなーれ、ってかんじ?」
「あ、ミューミャの卵ってやっぱり美味しいんだ……?」
「うん!すごく美味しいよ!ミルクみたいな味がして!」
……まあ、折角もらった卵だからな。食べてみたい気もするが、今は遺伝子組み換えだ。『浮遊』の魔力が多いミューミャが爆誕すれば、このパニス村の産業がまた1つ増えるって訳なんだ。是非やらねばならん。
「えーと、これかな……?『浮遊』の魔力を生み出す部分……多分これ……多分、うん、うわー、分かりにく……」
「アスマ様、虚空に向かってぶつぶつ言ってる……」
早速、ミューミャの卵の遺伝子組み換えを行ってるんだが、やっぱり複雑だな、これ。どこに何の情報があるのかってところから調べ始めないといけないわけで……まあ、ミューミャ本体をどうこうするよりはずっと楽。
そうしてなんとか出来上がった遺伝子組み換えミューミャの卵を孵した。孵す作業はミューミャ農家さんがやってくれた。ありがてえ……ありがてえ……。
だが。
一週間後……遺伝子組み換えミューミャが孵化した時、事件は起こった。
「これを予想できなかったとか、俺はバカか?バカだわ」
俺の目の前には、子ミューミャが元気に空を飛び回り、ミューミャ農家さんが『めっちゃ飛ぶぜ!こいつめっちゃ飛ぶんだぜ!なんなんだぜ!?』と虫取り網片手に追いかけ回す姿が!
「自由に飛ぶと家畜として飼育しにくいんだよ……そりゃそうだよ……」
分かった。これね、分かったよ。
ドラゴンとかワイバーンとかペガサスとかよりは飼うの簡単なんだろうけどさ……こう、自在に空をふよふよ飛んじまう生き物を飼っておくのって、すっごく、難しいんだなあ!当たり前だけど!当たり前だけど!
遺伝子組み換えミューミャは、耳をぱたぱたさせて、割とちゃんと飛ぶ。しっかりガッツリ物理法則を無視しながら飛ぶ。どう考えてもあの耳のあの『ぱたぱた』ぐらいであのサイズの毛玉が浮くわけねーのよ。それが浮いてるってことはまあつまりファンタジーってことなんだけども!
「でもかわいいねえ、アスマ様」
「かわいい……かわいいかなあ……」
この大惨事を見に来たミシシアさんは、にこにこしながら空飛ぶミューミャを見守っているが、俺としては『ぱたぱた……』で、ふよっ、と浮いてちょっと移動してすぐ着地するぐらいの、従来の飛び方の方がかわいい気がする。なんとなく。
「やっぱり遺伝子組み換えミューミャの飼育は非現実的か……?」
「でも、ずっと浮いてるからそれはそれで動かしやすいって言ってたよ!」
「あ、そういう利点もあるにはあるのね……。じゃあ、脱走防止に、天井の高い建物でも作ってやればなんとか……?それとも自重を重くして飛びにくいようにバランスとればいけるか……?」
俺の目の前で、ミューミャ農家さんが『こいつで飛べるぜ!』って言いながら、捕まえた子ミューミャを掴み、その子ミューミャの羽ばたきによって緩やかに滑空している。……アレはアレでいいんだろうか。うーん、でもなあー。遺伝子組み換え生物がうっかり脱走して自然環境に混ざっちゃうと大惨事になりかねないからなあー……。
……まあ、結局のところ、めっちゃ飛ぶミューミャのために、専用の牧舎を作った。しょうがない。脱走させないためにはこうするしかない……。
だが、でっかい鳥籠のような牧舎は、これはこれで見た目が良いので観光名所として使えなくもない、かもしれない。
それに何より……やっぱり、『浮遊』の魔力が多く含まれる毛。これが手に入るのがあまりにもデカい。これは革命が起きるよ。だって今まで、高コストな天然素材しか利用できなかった馬車が、少なくとも安定して量産はできるようになるんだからな!
……ということで、このめっちゃ飛ぶミューミャはパニス村の財産の1つになってくれるであろう。
品種改良ってのは、長い時間と多大な努力によって行われるものなので……改良された品種ってのは、長い時間と多大な努力の結晶だからね。その時間と努力に見合う値段を付けなきゃいけない、ってわけよ。だから品種改良された果物とか動物とかって、盗ませちゃいけないわけなんだけどね。当たり前のことだが。
今回のミューミャは遺伝子組み換えミューミャなので苦労は一瞬だが、それもこの世界では『奇跡の力によってたまたま生まれた都合のいい品種』な訳だからな。奇跡に値段を付けるとしたら幾ら?ってのは、まあ、後々エデレさんあたりと相談して決めるとして……。
「……一旦は、この品種はパニス村の外に出さない、ってことにした方がよさげだなあ」
まあ……いずれは国中、世界中にこのめっちゃ飛ぶミューミャが普及していくのかもしれないが、今すぐそれをやるとペガサスの羽とかワイバーンの羽とかの価値が暴落しちゃうからね……。
……製品の状態でだけ、村の外に出そう。うん。それが一番平和だと思う。
さて。
そうしてミューミャ農家さんが『これはこれで……』とにこにこしてくれたのをいいことに、遺伝子組み換えミューミャを増やさせてもらって、無事、『浮遊』の効果が十分に大きい毛を量産できるようになった。
そしてその毛は紡績工場に持っていって、そのまま織ってもらって、布にする。
出来上がった布を使って幌馬車を作ってみたところ……。
「……浮いた!ヨシ!」
無事!ちょっと浮く馬車ができたって訳だ!これでパニス村産の揺れない馬車が量産できるぜ!ひゃっほー!
ということで。
「じゃ、王都行こう!次の本買おう!」
「行動が早いねアスマ様!いいと思う!」
早速、乗り心地を確かめるために……いざ、王都!




