トマトとエルフ*2
エルフっぽいおねーさんは、俺を見つけて立ち止まる。俺も、トマトの籠持ったまま立ち止まる。
スライム達はもっちりもっちり、特に何も考えていない様子とペースで去っていく。あいつら本当にフリーダムだな!
「あの、君は……村の子、じゃない、よね……?」
……目の前のエルフのおねーさんの手には、弓。背中には矢筒が見える。
これ、ヘタな回答したら殺される、とかじゃ、ないよな……?
どう返答したものか。まずいぞまずいぞ。俺はエルフのおねーさんと見つめ合ったまま、じり、じり、と後退る。
だが、この小学生ボディじゃ、逃げ切ることもできそうにない。だって相手、弓持ってんだぜ?遠距離上等なんだろうし、一方の俺は無手だし。
「君、もしかして……」
そんな俺に、エルフのおねーさんは訝し気な顔をして……こて、と首を傾げた。
「このダンジョンの、神様?」
「え、あ、わ、わかんない……」
……ねえ!俺、神様なの!?ダンジョンの!?ダンジョンの神様って、何!?
ねえこれどうすりゃいいの!?ねえ!ねえ!
「そっかぁ、じゃあ、君がダンジョンの新しい神様なんだね」
はい。
ということで、こうなりました。
……いや、なんて答えたらいいのか分からないから、もう、結局『よく分からないけど気づいたらここの洞窟の最奥に居た。この洞窟の中のことは全部分かる。あと知らんうちに腕輪ついてた』みたいな説明をしちまったんだよ。
そうしたら、まあ……このエルフのおねーちゃん、『成程、じゃあ君はダンジョンの神様!』って納得してくれちゃってね。
俺としては、『神……?俺は、神……?』っていう疑問が頭の中ぐーるぐるなわけだが、まあ、相手の納得をわざわざ覆す必要も無いだろうし、下手に敵認定されちまったら俺の命、危ない気がするし……もうこのままでいくしかねえ!と割り切っている!
まあ、ね!?俺、『ダンジョンの主』らしいから!それが『ダンジョンの神』になっても誤差だろ!な!誤差だよ!誤差だって!誤差ってことにしとこうぜ!
ということで俺はダンジョンの神様として堂々としていることにした。
というか、ひとまずこのエルフのおねーさんが納得してくれたので、まずは対話を試みている。
……この世界に来てから初めて出会う人だからな。スライムは人として数えないものとして。うん。
何だかんだ、俺はこの世界のことを全然知らない。ダンジョンの中のことは少しずつ分かってきたが、それにしたって情報不足だ。
情報を手に入れることは、何に付けても必要だろう。だから俺は、目の前に転がり込んできてくれたこのチャンスを無駄にはしない、って訳だ。
だが。
「枯れてたダンジョンが急に動き出した気配があったから、何かと思って来たんだけれど……こんなに可愛い神様が居るなんて!」
「わっ!?ちょ、ちょっと待っておねーさん!どしたの!?」
むぎゅ!と、エルフのおねーさんに抱きしめられてしまった!
対話!対話は!?ねえ、いきなりムギュッてやられたら俺としてはかなりビックリするわけよ!?このお年頃の男子大学生相手に何を……。
……あ。
「あ、ごめんなさい、急に失礼だったよね。つい、村の子達と同じようにしちゃって……」
……そうだね。
今の俺は……概ね、小学生だったね!
このおねーさんからしてみれば、子供相手に話してるような感覚だろうしな。うん。まあ、コミュニケーションの齟齬が生じるのはしょうがない。
見たかんじ、このおねーさん、20そこそこくらいに見える。まあ、つまり、元々の俺と同い年ぐらい、というか。……そのおねーさんからしてみれば、今の俺は子供だからな。うん。急な『むぎゅ!』も、しょうがないか……。
だがずっとこれだと、俺の心臓が持たねえぜ。俺もお年頃の男子なんでな。
それに何より、詐欺みたいなもんだよな。おねーさんが『かわいい子供を抱きしめてしまった』っていうつもりで居るところ、その実態が『特に可愛くない大学生を抱きしめてしまった』な訳だし。そりゃお姉さんがかわいそうだ。
ということで良心の呵責に耐えかねた俺は、さっさと白状することにした。
「ええと、俺、飛鳥馬卓弥。……こう見えて、19歳、なんだけど……」
飲酒はできないが、まあ、成人ではある。少なくとも、『かわいい男の子』ではなく、『可愛げのねえ男』ではある。
という気持ちを込めて、そう言ってみたところ……エルフのおねーさんは、ぱち、と目を瞬いて、にこ、と笑った。
「私はミシシア。ミシシア・プランティタっていうの。101歳だよ!よろしくね!」
……うん。
訂正。このお姉様からしてみりゃ、俺はガキです。可愛いかはさておき、ガキですよ。だって5倍以上年齢差あるんだもんよ!
なんだよ101歳って!詐欺は!そっちじゃねえかよォ!
大変びっくりしたが俺は元気だ。このおねーさん改めミシシアは101歳らしいが、俺は元気な19歳だ。ということで圧倒的年下扱いは最早どうしようもないものと悟った。そりゃそうだな。相手はエルフっぽいもんな。しょうがねえよ。流石だぜファンタジー!
「アスマ様はダンジョンの外に出たこと、ある?」
「いや、今のところ一度もない。この辺りをウロウロしたくらいだな……」
ミシシアさんは一向に気にせず話し始めてくれたので、俺ももう色々諦めて話すことにした。年齢だの年下扱いだのは、些事よ。俺の目的はこのミシシアさんから情報を得ることだからな!
「そっか、生まれたての神様だもんね。……ええとね、向こうにずっと行くと、村が1つあるの。パニス村、っていう、小さな村なんだけどね?私、最近はそこでお世話になってるんだ」
ほう。やっぱり人里は在るんだな。……下手に最初っからエンカウントしに行かなくて良かったかもしれない。ミシシアさん様様だな。
「でも、ちょっと困ってて……それで、この森へは食べ物とかお宝とかを探しに来たんだ。ダンジョンが目覚めたなら、何か、あるかな、って……」
……ふむ。
その、パニス村という村は、『困ってる』らしい。食べ物とかお宝とかが欲しい、ってことなら、まあ……。
「食べ物が無いの?」
飢饉、ってことだろうなあ。多分。
……そう聞いてみると、ミシシアさんは、暗い面持ちで、こく、と頷いた。
「そう。去年、ちょっと不作で……寄付金が、例年通り払えなかったんだって。そうしたら、『祝福』がもらえなかったらしくて……今年はもっと酷くなるだろう、って……」
なんか気になる単語がぽこぽこ出てきたが、まあ、それは追々聞くとしよう。
何せ……ミシシアさん、ウエストベルトのポーチから、なんか見覚えのあるものを出し始めたので……。
「そうしたら、こんなの見つけたんだけれど……ねえ、アスマ様、これ、知ってる!?」
……ミシシアさんは、赤くつやつやとした玉……トマトを取り出して、見せてくれた。
しってる。トマト。それ、トマトっていうの。しってるしってる。
「これが、スライムの頭から、生えてて、実ってて……食べてみたら、すごく美味しくて!」
そうか。それはよかったよ。うん。
「アスマ様の籠に入ってるのも、同じやつだよね?ねえ、あのスライム、アスマ様の眷属?」
「いや、あいつは眷属とかじゃなくて……その、まあ、自由気ままにやってるみたいだよ……?」
……説明に困るな。ものすごく、困る。
俺としても、あのスライムは……なんか、こう、よく分からん。
多分、俺がトマトの種を植えちまったから、『植えられちまったもんはしょうがねえな』ぐらいの気持ちで居るんだろうし、俺が水と肥料をやるのはありがたく思ってるんだろうし……でも、全然分からん。何考えてんだか、マジで分からん。
「そ、そっか……。あの、もしああいうスライムが沢山いるんだったら、少し、この実を分けてもらえないかな、って思ったんだけれど……難しいかな」
まあ、スライムのことは分からんが、ミシシアさん側の事情はちょっと分かってきたな……。
ミシシアさんが滞在中の村は、どうやら飢饉に陥っているらしい。
昨年の不作が原因で、今年にも尾を引いている……って解釈でいいかな?寄付金だの『祝福』だの、気になるワードは色々あったが、概ねはそんなところだろう。
で、それ故に、食べ物が無い、と。食べ物を買う金も無いみたいだから、ミシシアさんはこのダンジョンへ、食べ物か金目の物かを探しに来た、ってことらしいが……。
……ふむ。そういうことなら、俺がすべきことは1つだな。
「食べ物を探してるんだったら、少し貯蔵してある分がある。それを分けることはできるよ。ええと、この実……トマトっていうんだけど、これ。あと、パンも分けられる」
「ほ、本当……!?」
俺は、ミシシアさんにトマトの籠を、ずい、と差し出した。小学生ボディには重すぎるくらいの籠だが、ミシシアさんならこれに加えて、パンの籠も持って帰るくらいできるだろ。多分。
「ただし」
が、勿論、タダではない。
……俺の言葉に、ミシシアさんは緊張の面持ちで俺を見つめ……そして。
「代わりに、豆の種、欲しい。……いや、豆に限らず、色々。なんか、種の類とか、農機具とか……?あと、もうちょっと色々、この世界のこと、教えてほしいんだけど……」
「へ……?」
俺の要求に、ミシシアさんはぽかんとしてしまった。
でもまあ、悪い話じゃないだろ?なあ、いいだろ?いいだろ?
……こっちはこっちで色々切羽詰まってるんだよ!だから助け合おう!な!な!