おいだせ!謀略の村*2
そうして俺達は朝一番に野営地を撤収して、昼頃パニス村へ帰った。ただいま!
「よーし!流石にまだ乗合馬車は到着してないね!」
「そのために早朝から出たもんね」
俺達は自前の馬車で移動してるから、出発時刻も自由自在。対して向こうは他の乗客の都合もあることだし、おやつ時にパニス村に到着するかな?というスケジュール感だそうだ。
ということで俺達は『先にパニス村に戻って準備だ!』と意気込んでやってきたわけだが……。
「じゃあ、アスマ様とリーザスさんは図書館の方、やっておいて!私はエデレさんに相談してくる!」
「えっ」
「エデレさーん!エデレさーん!大変なのー!」
……ミシシアさんがすごい速度で走っていった。そして俺とリーザスさんと馬車と本は取り残された。
「……じゃあ、えーと……図書館やっておこうか」
「そうだな……」
まあ、ミシシアさんにはミシシアさんのアイデアがあるんだろうしな。うん……。エデレさんも居るなら、突飛なことにはならないだろう。多分。
「えーと、じゃあまずは図書館のハコを用意します。用意しました」
「何度見てもこの光景は不思議だな……」
まずは再構築で図書館の建物そのものを作る。石英主体の白い石で作った建物なので、なんかめっちゃ綺麗にできた。
「ついでに折角だし酸化チタン塗料を塗っておこうね」
「ん?漆喰か?」
「えーとね、酸化チタン……ほら、今職人さん達が作ってる装飾品の、あの金属の酸化物……あっこれ結構説明がめんどくせえやつだな」
酸化チタン塗料、というただそれだけのものを説明するのに、『まず分子とは』みたいな話をすることになりそうな気配がしてきたんで、一旦ここで止めておくことにする。
今ここで大事なのは過程じゃなくて結果なのだ!
「この塗料を塗った壁って、太陽の光に当たった後で雨に打たれると、汚れが落ちるんだよね」
「そんな塗料があるのか!すごいな、どんな魔法の産物だ?」
「化学!」
……酸化チタンを触媒にするやつ、俺の世界では結構メジャーなんだけれどね。まあ、そうね。化学って、魔法か。うん。
そうして白亜の大図書館……のハコだけできたので、早速、内装をやっていく。
まずは受付カウンター。それから、本を読んだり書き物をしたりする用の机と椅子を用意。俺の好みで、机はパーテーションで区切られたタイプ。いや、いいじゃんこういう狭いかんじの。俺、狭いところ大好き。三方囲まれた場所とかも大好き。
……それから、本棚。これが無いと図書館にならないぜ。
「えーと、最初は分類もざっくりでいいか。蔵書が多くなってきたらもうちょっとちゃんと分類するとして……」
できたての本棚に、今回持ち帰ってきた本を入れていく。尚、ここに力仕事は発生しない。何故なら、馬車に積んであった全ての本を分解吸収して、それを本棚に再構築するだけだから!運搬が楽ちん!
「おおおおおお!大量の魔力!大量の魔力だぁー!おおおおおお!」
「お、おお……そうか。やはり本が好きなんだな?」
「好き嫌いとか関係なくてもこれはすごい!すごいんだよリーザスさん!おおおおおおお!」
……分解吸収の過程で、当然のように大量の魔力が手に入った。すげえよ。今まで、精々1冊2冊ずつとかしか分解吸収してなかったわけだけど、今回は一気に100冊ぐらい分解吸収したからな!入ってくる魔力が段違い!すごい!これはすごい!すごいけどこれを説明することができないもどかしさ!あああああ!
……そうしてひとまず、『村の小さな図書館』くらいの恰好はつくようになった。いずれもっと本を増やしていきたいところだね。
さて。
「図書館の方は何とかなったから……ミシシアさんの様子を見に行こうか」
「そ、そうだな……うーん、一体どうなることやら、だ」
リーザスさんは、腹を決めたとはいえ、ミシシアさんの勢いにはまだ付いていけていないらしい。まあ、俺もまだ付いていけてない。
そういうわけで、少々の不安と共に、俺達はエデレさんのところへ向かい……。
「じゃあアスマ様!エデレさんのために指輪と首飾り出して!あっ、髪飾りでもいい!派手すぎなくて、パニス村で着けてても悪目立ちしなくて、でも華やかで見栄えして、お金かかってそうなやつ!あと服も!」
「えっなになになに注文が多い!」
俺は早速困惑することになった。何?何て言った?もう途中からよく分かんなくなっちゃったよ俺。
「えーとね、エデレさんには、『リーザスさんからプレゼントされた装飾品』を身に着けておいてもらいます」
「なんで……?」
ミシシアさんから改めて説明された俺とリーザスさんは、ぽかん、とするしかない。だが。
「それはね!リーザスさんの元お嫁さんに羨ましがってもらうためだよ!」
「あっなんかその説明で急激に理解が進んだ」
ミシシアさんの堂々たる説明のおかげで概ね把握できちまったぜ!
成程ね。まあ確かに……分からんでもない。
元嫁の立場だったら、別れた夫に新しい女ができてて、その女が自分が持ってないような上等な品を身に着けていたら気に食わないだろうなあ。
それに何より……間男としては、自分が寝取った女の数段いい女がリーザスさんの隣に仲睦ましげに居たら、多分、めっちゃ気に食わないと思う。それはそう。間違いない。エデレさんを飾るのはそこへ至る最短手。OK。
……まあどうせね。元嫁も間男も反省とかはしてくれないタイプの人達なんだろうし、だったらせめて後悔というか、嫌な思いをするくらいはしてもらいたいもんだ。それでいこうね!
「い、いや、しかし、それではエデレさんにご迷惑をかけることになるだろう。その、俺が嘘を吐くのではなく、エデレさんに嘘を吐かせることに……」
「あら、私は別に構わないわ」
一方、リーザスさんは真面目に申し訳ながっている様子だが、エデレさんは乗り気なんだよなあー。
「リーザスさんにはお世話になっていることだし……『新しく村に来て、何かと手伝ってくれる優秀な人を憎からず思っている』ふりくらいは十分にこなせるわ」
エデレさんはそう言うと、にこ、と笑ってみせてくれた。
「大丈夫よ、リーザスさん。何も、あなたが私と再婚した、なんて嘘を吐く必要は無いと思うわ!」
「そう!そうなんだよリーザスさん!私もね、エデレさんと同意見!リーザスさんはただ、騎士を辞めた後、この村に流れ着いて、ここで楽しく生活しているだけ!結婚とか恋人関係とかじゃなくて……エデレさんはただ、リーザスさんに近い位置で、ちょっといい雰囲気に見えるだけの人!」
あー、成程ね。そういうことならあからさますぎなくて、丁度いいかもしれないな。
「じゃあリーザスさんは、『元嫁さんのことはもう何とも思っていない。新しい生活には満足していて、そして今後、もしかしたら関係が発展するかもしれない美人村長が傍に……!』っていう設定になるんだな!よし!じゃあ俺、その横を通り過ぎる通りすがりのガキ役やるね!」
「じゃあ私は通りすがりのハーフエルフやるね!」
俺とミシシアさんは『一緒に通りすがり!』と意気投合しつつ……まあ、結局のところ、俺達がはしゃいでもアレなんで……リーザスさんの意向は聞いておこうか、というところで……。
「えーと、リーザスさん、そういうところで、どう、かな……?」
ミシシアさんが今更ながら『私、先走ったかも……』ともじもじしているのを眺めつつ、リーザスさんのことも眺めてみる。
リーザスさんはリーザスさんで、まだ色々と追い付いていないみたいだけれど……。
「あー……その、そういうことなら、エデレさんの装飾品は、俺から贈らせてほしい。ちょっと調達してくる」
「えっ」
「アスマ様の力で俺の財布を偽るのはちょっとな……。騎士を退役した時の金もあることだし。エデレさんにお世話になっていることは間違いないからな。日頃の礼、ということで……」
おお……リーザスさん、やっぱりこの人真面目なんだなあ!良い人だなあ!
……元嫁さん、なんでこんな人を裏切ったんだ!?俺には分からねえ!女子には分かるのか!?俺も女の子になったら分かったりする!?するかなあ!?
さて。
そうしてリーザスさんは、しばらく消えていた。……三時間程度。
俺達としては、『そろそろ乗合馬車到着しちゃうよ大丈夫かな大丈夫かな』ってところだったんだが……。
「すまない。待たせてしまって……これを」
リーザスさんは走って戻ってきてくれた。そしてエデレさんに差し出したのは……腕輪だった。
地金はチタン。淡い色合いになるように調整された酸化被膜がほんのりと暖色のグラデーションを呈していて、なんとも上品なかんじ。それでいて地金に花模様が彫刻されていて、そして控えめながらも宝石がしっかり輝くデザイン。職人さん達の工房の作だな。
聖女様の装飾品一式に比べると、控えめというか、実用的というか、そういう印象だな。現代的、とも言えるかもしれない。
「あら……この腕輪、本当に軽いのね」
「そう!そうなんだよエデレさん!チタンはね!軽いの!軽くて丈夫なの!すごいの!」
「アスマ様はこの金属、お気に入りだよねえ」
まあ、チタンだから!軽くて硬いから、普段使いのものにもぴったり!……そういう意味では、リーザスさんのプレゼント、とてもいいんじゃないだろうか。
「……似合う?」
「似合いますよエデレさん!」
エデレさんには、暖色グラデーションのチタンと繊細な花模様、そして煌めく宝石が実によく似合う。うーん、ますます美人ですねエデレさん。
「それから……こちらも」
「あら?これは……」
それから……続いてリーザスさんが差し出したのは……水晶細工の花だ。それが髪飾りになっていて……。
「おお!これ、宝玉樹の!」
「ああ。ダンジョンに正面から入って、急いで駆け抜けて、最奥で採ってきた。帰りは裏道を使わせてもらったが……それを職人のところで簡単に加工してもらってきた」
おおー……。リーザスさん、やっぱり真面目だなあ。というか、いくら何度か見回りした道だとはいえ、迷路だらけのダンジョンを、よくぞ、この短時間で踏破したもんだ。ハイスペックじゃん……。
ということで、宝玉樹の花がエデレさんの栗色の髪を飾ることになった。似合う!
「これを身に着けているってことは、とんでもなくお金を積んだ人か、はたまた、実力ある冒険者、或いはそんな冒険者に贈ってもらった人、ってことだもんね!いいじゃん!いいじゃん!」
「見せびらかすには丁度いいぜぇ!いいじゃんいいじゃん!」
俺とミシシアさんが手を取り合っていつもの噛み合わないダンスを始めたところで、エデレさんは『うふふ。私、どんどん綺麗になっちゃうわ』とにこにこしている。
「それから、ミシシアさん。こちらを」
「え?……いいの!?いいの!?私にも!?」
「日頃、世話になっているとなると、あなたもだから」
それからリーザスさん、ミシシアさんにも髪飾りをプレゼント。こちらは花じゃなくて、宝玉樹の葉の飾りだ。成程ね、ミシシアさんには確かにこれが似合う!
「……そして、アスマ様。その、何でも作り出せる御方に贈り物、というのも、何か違う気がしたんだが……」
「ワァオー!すっげえ!」
……そして最後に、リーザスさんが俺にそっと差し出してくれたのは……ナイフ!ナイフだ!チタンの!
「かっこいい!」
ナイフは鞘付き。ベルトとかに通しておけるようになっている。小学生ボディでも負担にならない軽さなのは、やっぱりチタン製だからだな!これは男の子心がくすぐられるぜ!
「うん。村の外に出て思ったんだが、ダンジョンの力が使えなくとも、身を守る手段はあった方がいいだろうと思って……まあ、お守りがてら、持っていてくれたら嬉しい」
うおわあああ!テンション上がる!そうだよそうだよコレコレコレ!流石リーザスさん!男心をよくご存じで!
……改めて、なんで元嫁さんはリーザスさんから間男に乗り換えちゃったの!?なんで!?今世紀最大のミステリーじゃない!?
こうして三者三様、それぞれテンション上がった俺達は、この上がり切ったテンションのままに行動だ!
「さ!リーザスさんも着替えよう!ね!少しでも男前を上げておかなきゃ!あっでもまずは温泉入ってきて!ダンジョン入って埃だらけ!」
「す、すまない」
「アスマ様!私が言ったとおりに服、出してくれる!?」
「描いてくれた方がありがたい!」
「分かった!じゃあ描くね!えーとね、こんなかんじで!」
そそそ、とリーザスさんが温泉へ走っていく一方、ミシシアさんは、『こういうの!』と、リーザスさんの服装を絵に描いて見せてくれた。やっぱりミシシアさん、絵が上手い……。
絵はありがたく分解吸収させてもらって、代わりに、絵にあったっぽいかんじに服を作って出す。……ミシシアさんから細かく駄目出しが入って、何度かリテイクしたけど。あと、エデレさんのも服を出した。こっちはもっとリテイクの嵐だった。俺、女性の服とか分かんないよぉ……。というか服が分かんないよぉ……。
さて。
そうしてリーザスさんが戻ってきて、色々と整えて……準備はできた。
「そういうことで、リーザスさん。鬱陶しいかもしれないけれど、今日から明日にかけて……まあ、元のお嫁さんと元同僚さんがお帰りになるまでの間、それとなく侍らせてもらうわ。よろしくね」
「あ、ああ……うん、まあ、こちらこそ……ご迷惑をおかけする……」
……エデレさんはのどかな村の村長さん代理としておかしくない範囲内で、しかし綺麗になってるし、リーザスさんは……磨いたら光った。なんかそんなかんじである。元が良いんだよな、元が。ちょっと髪整えて、ちゃんとしたシャツ着たらコレだもん……。
まあ、普段から温泉に入りまくっているこの村の人々の美容および清潔、そして健康の偏差値は、多分、全国平均より高いんだと思うけどね。村の女性陣とか、おばちゃん達まで含めて全員お肌つやつやしてるもんなあ……。
「あっ!だったらエデレさんとリーザスさんが一緒に居てもおかしくない状況を作り出そう!即ち、村の見回りと各施設の点検!あと、これからの建設予定の打ち合わせを今日と明日でやろう!」
「アスマ様はこういう時にも真面目だねぇ。でも、確かにその方がいいかも。私、できたての図書館見たい!」
俺達の動き方も色々と決めて……さあ、やってこい元嫁と間男!
パニス村式の歓迎をしてやるぜ!ヒャッハー!




