町へ行こうよ*1
パニス村大図書館。それはダンジョンの主としては何としても欲しい代物である。
何と言っても……このダンジョン、『情報』を魔力に変換できるみたいだからな。
情報が魔力になってるんじゃないか、ということが分かってから、エデレさんに移動図書館の手配をお願いしたり、村の人達のメモとかダンジョン前掲示板の張り紙とかをちょいちょい分解吸収して即座に再構築して直しておいたりして、なんとか魔力及び情報の確保に努めてきた。
が……やっぱり、上を目指したい。
いや、移動図書館はかなり効率、良かった。ワゴン一杯の本を、一瞬で全部分解吸収再構築して、『一瞬で消えて、一瞬で戻った』状態にして何事も無かったかのように返した時なんかは、まあ、バレなかったし、滅茶苦茶魔力の効率よかったし……。
そう。やっぱり、本って滅茶苦茶効率がいいんだよね。恐らくこの世界における情報メディアの最たるところな訳だし。……いや、もしかしてこの世界、ビデオとかあるんかな。でもそれって魔法の産物だろうから、量産はしてないだろうしなあ……。
まあとにかく、本だ。本だよ。俺は本を集めたい。
そして、本が集まると、本を読める人が集まる。本を読める人が集まったら……本を書ける人も集まるかもしれない!
ということで、俺はパニス村大図書館を作ることを次の目標にしたわけだ。
さて。
図書館を村に作るにあたって、気にしなきゃいけないことがある。
それは、『村の為になるのか?』ってところで……即ち、『村の識字率って、どんなもんよ』というところだ。
現代日本に暮らしてると、識字率ってほぼほぼ100%だからな。そんなこと意識して生きてない訳だが、実際、日本国外に出ちまえば、10人に1人は文字が読めません、みたいな国もかなり多い訳だ。
そしてこの世界においても、文字の読み書きっていうのは誰にでもできるわけじゃないらしい。
……とはいえ、このパニス村に限って言うと、識字率はかなり高い。
何故かっていうと、エデレさんが村の人達に教えてたかららしい!ありがとうエデレさん!大好きエデレさん!
あと、冒険者ってのは字が読めないと死ぬことが多いので、彼らの仲間内で文字ぐらいは教え合うらしい。まあそうだよね。ダンジョンの壁に残された注意書きとか、読めないと命に関わるわそりゃ。
そして遊びに来る貴族達は当然、文字が読めるので……まあ、とりあえず、村の中での識字率はかなり高い。つまり、図書館を作っても『全く使えない』ってことは、無いと思われる。
……一方で、観光資源としてはどうなの?というところを考えると、まあ、貴族向けには悪くないと思う。
それから、知識者層としても、悪くないはずである。特に、この村には『謎の光り輝くスライムを追い求めています!』とかそういう層も居る訳だし、研究者の類だって居る訳だから……丁度いいね。
で、冒険者層。……これについては、『文字を読めたとしても、本なんか読まねえよ』という人が結構多そうなので……えーと、どうするかなあ。できれば全員が楽しめた方がいいんだろうが、まあ、ひとまずはターゲットを絞って運営していくことになるかなあ……。
「そういう訳で、本を仕入れてほしいんだけれど」
まあ、まずはエデレさんだ。エデレさんに早速相談だ。
「あらまあ……いよいよ本格的に図書館にするのね?」
「うん。知識者層を取り込んでおいた方が、長期的に見て絶対に有利だし……何より、ダンジョン的には本が欲しい」
「そうだったわね。移動図書館だけだとどうしても、数に限りがあるものねえ……」
そうなのよ。移動図書館に来てもらえると滅茶苦茶ありがたいんだけど、やっぱり数に限りがあるからね。あと、住民のことを思うと、借りて帰ってゆっくり読む、みたいなのがあんまりできないから、そこのところもちょっとね。
「じゃあ、本を注文……するのもちょっと難しいかしら」
「えっ」
が、図書館作りの前には壁が立ちはだかっているようであった。
「今、町から買っているものはお肉や乳製品、それに一部の嗜好品と、石鹸とか油とか、蝋燭とか……日用品ね。特に人が多くなって、需要が高まったから、それらは欠かせないわね」
まず、現在のパニス村の状況から説明してもらう。このあたり、全部エデレさん任せだからなあ……。知らないことが多い。
「それでね、今、3日に1回、町からの馬車が来るのね」
「ほう」
「町からはさっき言ったような品物を載せてきてもらって、こちらから町へ行く時には、ダンジョンで採れた宝石類とか、お野菜とか……最近はワインも売りに出してるから、そんなものを積んで戻ってもらうのよ」
「ほほう」
成程ね。まあ、空の馬車で移動するのもアホみたいだもんな。行き帰りでどっちも荷物を運んだ方がいいか。
「……あ、つまり、積載量に限りがある馬車に、本を積んできてもらう余裕が無い、という……?」
「そういうことなのよ」
成程ね!そういうことか!……納得していたら、エデレさんが『賢い神様だこと』とか言いながら、にこにこ俺の頭を撫で始めた!絶対に『神様』に『子供』ってルビついてる!絶対そうだ!俺には分かる!
「増便してもらう、っていうのは……」
「まあ、つまりそういうことになるのだけれど……本って、それだけでも結構高価なものでしょう?それに加えて馬車の賃料を考えると……うーん、あんまり多くは買えないでしょうね……」
エデレさんは帳簿を睨みつつ、『うーん』と唸っている。
……この村は、村独自の税を取っているわけでもないので、公共物にかかるお金は皆で出し合うか、村全体の収入として得られたものから持ってくるかしかない。
そして現状、この村の『村全体の収入』として公共のお金になっているものが、ダンジョン入場料と、ダンジョン前受付の売店の売り上げの一部、それから温泉の入場料くらいなんだよね……。
つまり、あんまりお金に余裕は無い、と。
……いや、それでも、俺が勝手に建物建てまくったり設備作りまくったりしてる分のお金が浮いてることを考えると、かなりいい福利厚生の状況なんだとは思うんだけど。でも、先立つものが無いと、何かと不便ではある。
「となると……えーと、俺が何か新たに作って売って、それでお金を工面する、みたいなことにするのが一番か……?」
よって、これは俺が私財を作って、私財を投じる、って形にするのが一番だろうなあ……。村全体の何か、ってことにするとなると、また色々と面倒そうだし……。
……と、思っていたら。
「えーと、アスマ様のお金ならあるわよ?」
「えっなにそれ」
なんか、知らない話が出てきた。
「機織機の使用料と、醸造所の使用料っていうことで、織物とお酒の売り上げの一部はアスマ様のものにしてあるのよ。それから、お野菜の売り上げも一部はアスマ様のものね。……言ってなかったわね。ごめんなさい」
「えっ?えっ?」
俺が困惑する間にも、エデレさんは『よっこいしょ』と、金庫を開けて、中から袋を取り出して……。
「はい。これがアスマ様の分よ」
「ワァオー……」
……袋から出てきたのは、お金でした。えーと、金貨と銀貨と銅貨が混ざってるんだけど、それがざくざくと。
「……これを使って本を買ってきてもらうことって、できるかな」
「まあ、お金のことだけ考えるなら、それなりの冊数が買えると思うわ」
ならこれで解決しそうだな!よし!
だが。
「買いに行くなら、近くの町じゃなくて、その先の王都まで行った方がいいかもしれないわね」
エデレさんがそう教えてくれたので、ああ成程ね、と納得。そりゃそうだ。より知識者層が多い都市の方が、本の流通は多いだろうし。
「王都までは途中で1泊して、2日の旅程になるわね。となると、問題は、誰が買いに行くか、だけれど……」
……まだ、問題はあるようである。
「ほら、本に興味が無い人が買っても、効果的に色々な本を揃えられるとは限らないでしょう?」
あ、うん。そうね。……この世界における本の立ち位置がイマイチ分からないが、識字率がそんなに高くないことを考えてみても、『上下巻の下巻だけ買ってきました』とかやらかされる可能性は十分にある!
知識が無いってのはそういうことだし、興味が無いってのはそういうことだ!そういうこと!
「リーザスさんがいいかしら?彼、それなりに知識はありそうだし……王都にいらしたんでしょう?心配なら、ミシシアにも付いていってもらって……」
……そうだな。リーザスさんとミシシアさんなら信頼もできる人達だし、真面目だし、ちゃんとお願いを聞いてくれると思うんだが……。
「リーザスさんは王都に詳しいだろうし、知識もある。が、カモられそうだし、ここぞというところで外した本の選択をしてきそうな気がする」
「ああ……ちょっと分かる気がするわ……」
ね。人の好さや知識と、センスの良さはまた別だと思うから……そこのところ、リーザスさんは、その、なんか、センスに不安がある。なんとなく、不安がある!
「その点、ミシシアさんは大丈夫そうなんだよな。ぴったしの本を選んできそう。特に娯楽関係は。……ただ、なんか、若干の心配がある」
「そうね……。若干、何とはなしに、不安があるわよね……」
ミシシアさんのコミュニケーション能力とか、エネルギーに満ち溢れたところとかはもう、間違いなく本物だと思うんだが……それ故に、トラブった時の対処が。若干の、不安が……!
「……でも、私はこの村を離れられないし。冒険者の誰かにお願いする?」
「ああ、やるぜやるぜの人のパーティとかね。やる気だけはありそう……逆に、やる気以外は無さそう……」
こういう時、お使いを頼みやすいのは冒険者なんだよな。お駄賃をちゃんと払えば、2日の距離の場所にもお使いに行ってきてくれるから。
けど今回ばかりは、冒険者にお願いするのはかなり不安だぜ!特に、俺の頭の中でめっちゃやる気を出している顔見知りの冒険者とかは、特に!
「……しゃーない。じゃあ俺も行くよ」
となるとやっぱり、俺も一緒に行くことになりそうである。まあね。俺が一緒に居れば、知恵だけは出せるからね。それ以外はあんまり出せないけど。如何せんこの小学生ボディなもんで……うーん、可愛げぐらいは出せるかも。
が。
「えっ?アスマ様、この地を離れられるの?」
「そういえば試したこと無いね……」
……エデレさんの愕然とした表情を見て、思い出した。
俺、この土地を離れようとしたことが無かった、っていうことを……。
ということで実験。
俺の頭の中で『ここからここまでがダンジョン!』っていう認識があるわけで、その認識の外側に出られるか、やってみた。
念のため、リーザスさんとミシシアさんにも待機していてもらって、俺に何かあったらお願いします、ということで……いざ!
「一歩!……あっ大丈夫そう」
「大丈夫!?本当に大丈夫!?」
「うん。もう一歩、二歩、お散歩……」
皆がおろおろ不安そうに見守ってくれている中だが、俺はダンジョンの範囲外に出て、てくてく歩く。うん。大丈夫そうだな。歩こう歩こう、私は元気。
「ただ、ダンジョンの範囲外に出ちゃうとダンジョンパワーが使えねえなあ……あっ、遠隔操作はできそう」
歩き回りつつ、ダンジョンパワーの実験もしてみる。
手元で分解吸収再構築はできないが、ダンジョン範囲内の分解吸収再構築はできそう。あと、ダンジョン範囲内に視覚聴覚を移すことも、できそう。成程ねー。
ということは、俺が王都に居ても、定期連絡みたいなのはできそうってかんじかな。なんかこう、掲示板とかに俺への連絡を書いておいてもらえれば、定期的に視覚をそこに移して連絡を読んで、それから再構築で俺から伝えたいことを手紙にして置いておく、とかはできるだろうし……。
……ならば、よし。
「じゃあ、ミシシアさん!リーザスさん!俺と一緒に王都に行ってくれるかなあ!」
いよいよ俺は、このパニス村を離れてお出かけすることになりそうである。




