避けられない、酒*9
そうして、エデレさんがやってくれました。
いや、やっぱりエデレさんが滅茶苦茶強いのよ。こういう、対人戦術っていうか、戦いじゃない戦いっていうか……。
最初は『儀式に必要になるというものはこちらでご用意しておきました』と言って、デカい水晶出してみせた。まず、これで教会の人達の目の色が変わった。
多分、教会の人達は思ったんだろうな。『じきにこの水晶も、これを産出するダンジョンごと我々のものになる』と。
……そうして静かに浮かれる教会の人達の前に、水晶を削って作った杯に入った、例の『おいしさ200%増量版ブランデーもどきクリアータイプ』が供された。
教会の人達、水晶を削って作られた杯に大興奮。杯は、教会でも評判らしい『宝玉樹の実』のデザインに似せて作った。切子硝子風にカットで模様を入れてある水晶杯だからな。まあ、かなり綺麗に見えるわけで反応は上々。『これだけの工芸品を作れるとは!』と、大いに喜んでくれた。
……そして、杯の煌めきに夢中の彼らは、発酵した葡萄由来の華やかな香りや、樽の木材由来の爽やかな香りに誤魔化されて、エタノール臭が滅茶苦茶強いことに気付かない。
そう。この『誤魔化し』こそが、酒の『飲みやすさ』なんだなー、と俺は理解した。
更に、この『おいしさ200%増量版ブランデーもどきクリアータイプ』、飲みやすさを更に追求するために加糖してある。
酒には多かれ少なかれエタノール由来の苦みがあるらしいが、それも誤魔化され、味も香りもしっかり誤魔化された超絶飲みやすい酒と化しているこれは……全く、何の違和感も警戒心も感じさせないまま、教会の人達の喉を通っていったのである!
……そしてそこからが、エデレさんの強いところだ。
彼女は村の宴会場……としてこの度新たに建設した建物へと教会の人達を連れて行った。この時点で教会の人達、全員ほろ酔いだからね。ご機嫌だったよ。
宴会場は、水晶を使った窓を有する綺麗な建物で……まあ、これも更にご機嫌ぶりを加速させてくれたと思う。
そして。
『教会の方をおもてなしするにあたって、どのようなお食事なら失礼に当たらないか分からなかったので、とりあえず色々用意してみた。失礼があったらごめんね!』という体で、村の美味しい野菜と新鮮な卵、そして隣町から仕入れてきた肉で、盛大におもてなししたのである。
飲み物は水と酒が用意された。……そう。水と酒の二択である。
今回の酒は、あくまでも『おいしさ200%増量版ブランデーもどきクリアータイプ』である。クリアータイプである。そう。クリアーなのである!
パッと見、水と区別がつかないのである!
……無論、これは、『水と誤認させて酒を飲ませるため』ではない。エデレさんはちゃんと、『こっちがお水でこっちがお酒です』と、2つのピッチャーを置いた。それぞれ細工が違うから、どっちが水でどっちが酒かは分かるようになっているのだ。
だが……一度グラスに注いでしまえば、それが何かはもう分からないのである!つまり、教会の人達は同僚に憚ることなく、『これは水ですよ……』というフリをして酒を飲めるのだ!
また、給仕役をしていたエデレさんや他のお姉さん達は水と酒を間違えることはしなかったが、教会の人達は違う。自分で勝手にピッチャーを取ってグラスに酒を注いでは、『あっ間違えちゃった!』『どっちが水か分からなくなっちゃった!』という言い訳をしつつ、罪悪感無しに酒を飲めるのだ!
……そしてとにかく、この酒は美味い。美味いのである。あのリーザスさんが『あくまでも試飲だから無理して飲まなくていいよ』って言っておいても酔い潰れたくらいには美味い酒なのである。というか、そこから更に美味しさ成分を倍量にしてあるんだから、当然のように美味いのである!
……ということで。
「あらあら、皆さんそろそろお酒はお控えになった方がよろしいのではなくて?」
エデレさんが少し困ったようににこにこする中、教会の人達は見事に酔い潰れていたのだった!
多分、教会の人達の敗因はいくつもあったんだろうと思う。1つには、この酒が強い割に飲みやすく、そしておいしさファンタジーパワーが強すぎた、ってのは間違いなく、ある。
だが……酒だけが原因じゃないはずだ。
今回、俺が見ていて思ったのはだな……多分、教会の人達、普段から酒を飲みまくってるんじゃないだろうか、ってことである。
だって、飲むのが躊躇無かったからね。……普段、酒飲まない人だったら、もうちょっと慎重にいくでしょ。あの飲み方は、『このキツさの酒ならこのペースで飲めばいけるいける』っていう慢心から来てたと思うぜ。
で、体感の飲みやすさとアルコール度数が噛み合っていないこの『おいしさ200%増量版ブランデーもどきクリアータイプ』を飲むにあたって、その慢心が致命傷になった、と。そういうことじゃねえかなあ。
……というかね。儀式で既に酒がちょっと入ってた彼ら、そこでちょっと気が大きくなってたっぽいんだよね。で、酒が入って気が大きくなって……傲慢さというか、本性が出ちゃってた、というか……まあ、うん。
まあね。酒が入って気が大きくなって横暴になったり傲慢になったり偉そうに振る舞ったり、自信満々になっちゃったりするのは、しょうがないことだし当たり前のことなんだけどね。それでも、やっぱり節度ってのは大事なわけだ。
特に……そういう自分達の姿を見られちゃいけない相手が居る場では。マジで。
「飲み物が足りていないぞ!さっさと寄こせ!」
教会の人の1人が、給仕していたお姉さんの1人から酒瓶を引っ手繰った。その拍子にお姉さんがよろめいて、他の教会の人の居る方に倒れ込む。……そこから、騒ぎが始まった。
「おお、どうした。随分と積極的な女が居たものだ。全く、けしからん……どれ、顔をみせてみなさい」
……この時点で、俺は別所待機中だったわけなんだけれど、視覚は変わらず教会の人達の宴会場に留めたまま、隣で待機してくれていた皆に『GO!』と合図を出した。
「ふむ……よし、お前には私の沐浴の手伝いをさせてやろう」
「いえ、結構です……」
「何を言う。よろめいたふりをして男にしなだれかかるような女には清めの儀式が必要であろう?神に背いてはならぬ」
俺監視中にも、教会の人達が随分とやらかし始めている!
いや、流石にこれはね、予想してなかったよ。ここまでなるって予想してたら、給仕は冒険者のあんちゃん達にお任せしたよ!ほら、あのやたらとやる気のあんちゃんとか!今回も『やるぜやるぜやるぜ』ってめっちゃ意気込んでたし!あの人今回何もやること無いはずなのに!
「ほれ、こちらへ来なさい」
「た、助けてください!助けて!」
お姉さんが慌てて逃げていくと、酔っ払いは酔っ払いなので流石に追いつけない。しかし、逃げてきたお姉さんを庇って立つエデレさんに、教会の人達がやってくる!
「全く、生意気な!折角神の祝福を与えてやろうというのに、何たる無礼な!」
「ここの女共は教育がなっとらん!」
「もっと酒を出せ!」
そしてエデレさんにまで手が伸びた、その時である。
「何の騒ぎだ!」
バン、と扉を勢いよく開けて宴会場へ駈け込んだのは……ラペレシアナ様と愉快な仲間達である!
「……これは一体、どういうことだ?」
ラペレシアナ様がやってきた、ということで、流石に教会の人達も酔いが醒めたらしい。さっと青ざめ始めた。
そうこうしている間に、愉快な仲間達……今回のパニス村代表として参加しているリーザスさんや、ラペレシアナ様のところの騎士達なんかも、ぞろぞろと入場。
……更に、多分、王城の職員さんなんだろうなあ、みたいな人が数名、やっぱりぞろぞろと入場して、『うわあ』『これは酷い』と顔を顰めた。
そして。
「……なんと醜い」
ラペレシアナ様は、ふ、とため息を吐いてその視線を氷点下のものにする。
「聖職者ともあろうものが、このように酒を飲み、女に手を上げ……実に恥ずべきことだ。さて、神の徒として、どのように申し開きする?」
そのままラペレシアナ様がじろりと教会の人達を睨みつけると、教会の人達は顔を見合わせつつ、ごにょごにょと何やら言い始め……。
「我らは騙されたのです!水と偽って酒を飲まされました!これは、この村の者達の謀です!」
そんなことを言い始めた。それを受けてエデレさん達が『そんな!ひどい言いがかりですわ!』と主張した。まあ、こっちは完璧だったからね。向こうが飲んでただけだからね。
「ほう。だとして、貴様らはこれほどの量を飲むまで水と酒の区別すらつかなかったというのか?そんなはずはあるまいな?」
「しかし、神の徒を迎え入れるにあたって、水ではなく酒を用意していたというのは、明らかに悪意があってのことでは!?」
「私の知る限り、教典には溺れるような酒の飲み方は慎め、とはあるが、酒自体を禁ずる文は無かったように思う。となれば、この村の歓待に罪は無かろう。罪があるとすれば、慎みの足りない者にこそ罪があるのではないか?」
……ラペレシアナ様、一応ちゃんと、この宗教の勉強もしてるんだなあ。まあ、国教だし、王族だもんなあ……。
「それに、殿下。我々は女に手を上げてなどおりません。ただ少し話をしていただけです」
「そうか。だが、村の者達はそう思うかな?」
ラペレシアナ様がエデレさん達の方を見ると、エデレさん達は全員揃って、ぶんぶんと首を横に振った。見事な主張である。
「なっ……殿下!この反応こそが、この女達の態度をよく表しております!こちらが神の声を伝えても、このように生意気な態度で、今も我々を陥れようと……」
教会の人達は尚も食い下がろうとしたが……そりゃ無理ってもんだよ。
だってさ……この建物、窓が多くて……で、その窓が大体において、『暑いから窓を開けろ!』と命じられて開け放たれてるもんだからさ……。
外に、音声は丸聞こえなのよ……。
「……何を言うかと思えば」
ラペレシアナ様も呆れ果てた顔でため息を吐いて、じろり、と教会の人達を睨んだ。
「建物の外にまで助けを求める悲鳴が聞こえていたぞ。それから、醜い貴様らの声もな」
教会の人達、『まさか聞こえていたのか!?』とか言ってるけど、そりゃあね、窓開けたの君達でしょうがよ。
そして。
「アレが説法だったというのなら……神の教えに価値などあるまいな」
ラペレシアナ様の言葉に、教会の人達は最早、反論などできようはずもないのであった。
「は、破門だ!」
が、少しの後に、1人がそう開き直り始めた。
「第三王女ラペレシアナ!神に対して敬意を欠く侮辱的な発言!そのようなもの、決して許されるものでは!ない!」
1人の開き直りに対して、他の教会の人達も『そうだそうだ!』と言い始め、怒声を上げ始めたが……。
「望むところだ!」
それらの声量を上回るほどの声量、かつ怒気を以てして、ラペレシアナ様はその場を凍り付かせた。
「神の使徒がこのような腐れ外道であるというのなら、その教えに恭順である必要もあるまい!私は王族として、民に正しくあるべき者として……貴様らの言う神の教えとやらを捨てる!」
……見ろよ。教会の人達、ぽかんとしちゃったよ。『こっちは必殺技出したのに相手がノーダメージだったんだけれど何かの間違いでは?』みたいな顔してるよ。
「……そして、王族として命ずる」
そしてラペレシアナ様は、にやり、と笑って言った。
「貴様らが私を破門したのだ。ならば私は、貴様らを国外追放としよう」
「私は貴様らが管理する神の園から追放される。貴様らは、王が管理するこの国から追放される。丁度良いな?」
……ラペレシアナ様の言葉に、教会の人達はいよいよ、自分達が越えちゃいけないラインを越えたらしいことを悟ったらしい。
だがもう、遅いのだ。遅いのだよ……。




