トマトとエルフ*1
トマトが頭に生えた水ゼリーの如き塊が、もっちりもっちり這い回っている。
なんだろうね。スライム、とか言うのはこういう奴のことなんだろうか。成程ね、スライム。スライムかあ。ぽいかもしれない。
だがしかし、この謎の光景を前にして、俺は一体どうすればよいのだろうか。
「……え、こっち来るのかよ」
しかもこの推定スライム、今度は俺の方に向かって、もっちりもっちり、やってくる。ちょっと移動したら、移動した俺をホーミングするかの如く、こっち来る。
いや、来られても。来られても困るんだけど!うわあ俺今、大学構内で俺に追いかけ回されていたハトの気持ちを味わっている!ごめんハト!でも多分またやるからよろしくな!
「え、何……?俺を親だと思ってるとかそういうやつ……?」
トマトが生えたスライムは、もち、と俺の足元で止まると、ぷるるん、と体を震わせた。
……うーん、ひとまず、害をなそうという気持ちは見られない、と思う。いや、スライムに気持ちとかあんのか知らんが。
「まあ……育ったトマトには興味があるしな……」
だが、俺はこのトマトに興味があるぜ!多分一晩にして種から実までアクセルベタ踏みの走りを見せてくれた、このトマトにな!
「トマトだなあ」
ということで早速、スライムの頭にふさふさしているトマトの枝から、トマトを1つもいでみる。トマトだ。
……そのまま食うのが若干怖かったので、ひとまず分解吸収。こうすると鑑定もできて、ちょっと便利ね。
「やっぱトマトだわ」
が、分解吸収で流れ込んでくる情報をキャッチしてみても、やっぱり普通に普通のトマトである。
ならば、ということで、トマトを食ってみる。朝ごはん!
「……トマトだよこれぇ」
味は非常に良かった。冷えてないのがちょっと残念なだけで、まあ、かなり美味しいトマトであった。
尚、俺がこうしている間にも、スライムはトマトの枝葉をふさふさやりながら、ぷるん、と時々動いていた。なんだろうなあ、こいつ。
まあ……トマトが植わった謎のスライムが誕生してしまったことについては、俺にも非があるだろう。
多分、植木鉢にもっちり入っていた、あのジェルボール的な奴。あれがこのスライムだったのだ!つまり俺は、この謎の生物の頭にトマトを植えちまったことになる!ごめんな!
……いや、うん。ごめんとは言いつつ、このスライムは特に何も気にした様子がないから……しかも、トマトが一晩で急速成長してくれてるわけだから……。
「……次にまたこいつが入ってたら、種植えよう」
スライムの頭からトマトを収穫しきった俺は、そう心に決めた。
来た奴は全員トマト植えるから、よろしくな!
ということで、今日もトマトに水をやる。
スライムに植えたトマトが爆速成長なのは分かったが、それ以外については……屋外より屋内のトマトの方が、成長が早いな。
あと、再構築した土と、シャベルでせっせと運んだ土とで差は見られない。若干、再構築した土の方が育ちがいいかもしれないな。まあこれは、小石とか枯れた植物の根とかが分解吸収を経て除去できるから、っていうのもあるかもしれない。
それにしても、屋内と屋外でのトマトの成長速度の違いは気になるな。
「うーん……太陽光よりあのキラキラ光の方がトマトにいいんだろうか」
俺が1週間くらい眠り続けていたっていうわけでもないなら、間違いなくトマトの成長が早すぎる。ここにしたって、屋内の方にしたって。スライムは論外として。
「ダンジョン深部である方が、成長が早い……?うーん、まあ、そうだよなあ、ダンジョンだもんなあ……駄目だわかんね」
考えても仕方がない。理屈はどう足掻いてもファンタジーの彼方だ。俺には理解できないだろう。
俺にできることは、理屈はさておき、結果を収集することだ。情報を集めて、結果から法則を推察して、それに合わせて効率的に動く。それが、俺にできること。
「まあ……トマトについては次にまたスライムが来たら確実に捕まえて植えるってことで……あ、お前も水欲しいの?ああそう……?」
……そして、俺の足元にもっちりもっちりやってきたスライムに水を与えてやることも、俺にできることだな。じょうろでシャーッと水を掛けてやると、スライムはぷるるん、と身を震わせた。
あ、もしかしてこれ、喜んでるのか?うん、まあ……ちょっとかわいいな、こいつ。うん。
「ついでに肥料いるか?流石に食いすぎ?でもこれだけ急成長させてるんだし、肥料は必要だよなあ……?」
かわいいついでに、スライムには肥料を追加で掛けておくことにした。えーと、もう枝葉は育ち切ってるので、窒素とカリウムはそんなに多くなくていいのかな?リンを多めに与えておくことにしよう。
屋内に戻って、屋内の畑にも水をやった。……半分程度には、肥料も薄めて与えておいた。いや、スライム程じゃないにせよ、こっちも急成長だし。足りなくなるといけねえなと思って。
……まあ、そこまでやったら、一旦休憩。植物の根を再構築したパン食って……さて。
「天井目指すか」
余裕ができ次第、早めにやっておきたかったことをやる。
それは、天井の割れ目の調査だ。
あれが俺の元居た世界に繋がっているのかどうか、ちゃんと確かめておきたい。
まずは資材の確保。洞窟のあちこちに枝道を作ったり、その先に小部屋を作ったりしながら、岩石を分解吸収していく。その過程で磁鉄鉱が大量に埋まっている箇所を見つけたので、鉄資材が増えた。やったぜ。
そうして小部屋数個分の岩石を分解吸収したら、まあ、資材はこれで十分だろう。
「……よし」
早速、岩石を再構築して、天井目指してデカい階段を作っていくことにした。
階段は螺旋階段でいく。柱を一本立てて、そこに階段をくっつけていくかんじだな。支柱を周辺にガッツリ立てて、美しさは二の次の安全な設計を目指す。
流石にこれだけデカいものを作るとなると、疲れる。休み休み、なんとかかんとか建設を続けていく。
ちょっと休憩がてら、外の様子を見に一度洞窟を出た。
空気を吸って、吐いて、気分を切り替える。太陽の様子を見る限り、もうすぐ夕方だな。
「……ん?お、いいものみっけ」
そんな洞窟前には、なんと、スライムがもっちりもっちり、やってきていた。その数、7。
最初にトマトを植えたスライムが先頭になって、一列になってもっちりもっちりと行進してきているところである。
「よしよし。お前らもトマト畑になりに来たんだな?トマト畑にしてやるぞ」
ということで、早速、先頭のスライムを除く残り6体のスライムにもトマトを植えておいた。……水をやって肥料をやると、スライム達はぷるぷる、と体を震わせている。
……アレかなあ。もしかしてこいつら、肥料欲しくてトマト植えられてる?だとしたら賢いけど、こいつらそもそも、脳みそがあるようには見えないんだが、一体どこで何をどう考えてるんだろうか。
まあ、考えるだけ野暮ってもんかな……。ファンタジーに理屈は通用しねえ。
そうしてスライム達はまた、もっちりもっちりと去っていった。気ままだなあ、おい。
まあ、明日の朝、また来てトマトを収穫させてくれればそれでいいや。スライム達がそれでいいっていうんなら、俺としてもこのWIN-WINの関係は続けていきたいね。水と肥料くらいなら安いモンだし。
……いや、もしかしたら、水と肥料に魔力とか混じってんのかもしれないな。分解吸収再構築を経ているものだし、その可能性はある。
いや、まあ、だとしても特に問題は無いな。スライム達が喜んでトマトを実らせてくれるっていうんなら、俺としてはそれで十分よ。
スライムの自走式トマト畑が拡充されて気分もスッキリリフレッシュ。はい、建築に戻るぞ。
「……高くなったなあ」
螺旋階段はしっかりすっかり伸び上がり、大分高くなった。が、如何せん、高さが実際どんなもんなのか、下から見上げてると全然分からん。なにこれ。
「しょうがねえ、いってみるか……」
高さを見るに、ちょっとげんなりしちゃうかんじなんだが……まあ、折角だし登ってみよう。軽く準備運動してから、のんびり階段を上り始めることにした。ご安全に。
が。
「……やっと最上段まで来たが、これでも足りねえとは」
俺は、螺旋階段のてっぺんから上を見上げて……さらに上にある割れ目に、げんなりすることになった。
これでもまだ足りぬと申すか!強欲な奴め!
「えーと、もうちょっと伸ばしてみるかぁ」
だがまあ、ここからもうちょっとばかり階段を伸ばせば、いけそうである。俺は早速、階段を伸ばして……。
「……消えた!?」
が、伸ばした階段が消えた。
……消えた。ぱっ、と。伸ばした分だけ。綺麗サッパリ。
「えええー……高度限界みたいなのがあるのか……?」
ちょっとこれは途方に暮れるしかねえな。どうしろってんだよこれ……。
まあ、途方に暮れていてもしょうがないので、もう少しばかり検証しておく。
生み出した石の棒を割れ目に近づけてみたり、石を投げてみたり、観察してみたり。……その結果。
「……あの割れ目にものが近づきすぎると消える、ってかんじか」
どうも、高度限界があるらしい。ダンジョンの力が及ぶ限界……ってかんじに見えるな。
で、それより興味深いのが、割れ目からどうも、魔力がキラキラの光となって降り注いでいるっぽい、ということが分かったことだ。というか……割れ目の向こうから来る何かが、こちらでは魔力に変換される、というか。
「……どうにかしてあそこまで到達できりゃいいんだがなあ。まあ、現状無理、ってかんじか」
まあしょうがない。ダンジョンとしての力を磨いていったらもう少し限界が高くなるのかもしれないし、或いは、もっと別の方法を探さなきゃいけないのかもしれないが……ま、現時点では『保留』の一手だな。
俺自身があそこに近づいた結果消える、とかあったら嫌だし。しょうがない。従来路線通り、気長にやろう。
螺旋階段を下りて、風呂入って、寝た。もうね、こういう時はさっさと寝ちゃうに限る。
で、翌朝……。
「おお、順調順調……」
家の前の畑、つまるところ、キラキラの割れ目の下にある畑のトマトは、見事に成長していた。
野菜苗として園芸品店に売ってるレベルだな。これ、この調子でいくとこれもあと3日4日で収穫まで行くんじゃないか……?
……これもダンジョンパワーなんだろうか。キラキラの光に魔力が含まれることが分かったしな。魔力でトマトが育ってるのかもしれない。すげえな魔力。
屋内の畑に水をやったら、屋外だ。
「お前らは今日も元気だなあ、おい」
洞窟の外に出てみると、そこには案の定、ふさふさとトマトの枝葉と実を揺らしながら、もっちりもっちりと行進しているスライム達の列。元気だなあーこいつら!
「はい、収穫収穫……今日もいい出来だなあー」
トマト畑にされているスライム達は、特に気にする様子も無く、俺にトマトを収穫されている。ついでにぷにぷにのボディをつつかれている。つつかれすぎると嫌なのか、ぷるん、と震えて逃げようとする。ちょっとかわいい。
「うん?ところで1匹足りねえな。1、2……あ、6匹しか居ねえ。うーん……?」
が、よく見ると1匹足りない。昨日の時点で7匹居たはずなんだが。……もしかして、最初にトマトを植えた奴が寿命で死んだとか?トマトに養分を吸いつくされて、死んだ、とか……?
もしそうだとしたらかわいそうなことをしたなあ、と思いつつ、俺は神妙な面持ちでスライム達に肥料を掛けてやるのだった。『長生きしろよ……』という気持ちを込めて。
が、スライムが別に死んでなかったっぽいということは、すぐに分かった。
「あっ!お前、7匹目!どこ行ってたんだ!気ままか!まあそうだな!」
植木鉢の普通のトマトに水をやっていたところ、6匹がもっちりもっちり去っていく中、新たに1匹、トマトが生えた奴がもっちりもっちりやってきたのである。
「ん?お前はトマト、実ってないんだな……?」
が、そのスライム、トマトの枝葉こそふさふさ揺れているものの、実が無い。
よくよく観察してみると、トマトの枝の先に、千切り取られた痕跡が見えた。ということは……別の生き物に食われちまったんだろうなあ、これ。
「ま、いいや。お前にも水と肥料、あげるからな。ちゃんと他6匹とはぐれないように動いてた方がいいぞ」
7匹目にもちゃんと水と肥料を与えてやって、奴が残り6匹の隊列に加わるべく、もちもちもち、と頑張って足早に進んでいくのを見送った。
元気に生きろ。あと、トマトはできれば俺に提供してくれ。肥料を提供してやってんのは俺なんだぞ!
さて。
スライム6匹分のトマトを収穫しちまったが、これがかなりの量だもんで、ちょっと困る。
とりあえず植物繊維から籠を再構築して、ひとまずトマトをそこに詰めてみたんだが……ずっしり重い。
「これが毎日来るとなると、すごいことになるな……」
更に、数日後には屋内の畑と植木鉢、そして屋外の普通の植木鉢からもトマトが収穫できる見込みである。まあ、分解吸収しておいて、食べたくなったら再構築、っていうのが妥当だろうが……今後も飯はしばらくトマトとパンだな。
「タンパク質も食いてえな。豆でも探すかぁ……」
トマトばっかり増えられても困るし、そろそろ別の作物にも手を出そう。野生の豆が手に入ったら、品種改良していって栽培作物に相応しい豆にしてやればいいことだし……。
……と、思っていたところ。
「……誰か居るの?」
そう、澄んだ声が聞こえた。
身構えつつ声の方を見ていると……がさ、と茂みを掻き分けて、1人の女性が、やってきていた。
肩のあたりで揃えられた金髪。こちらを警戒している若葉色の瞳。
そして、ぴょこ、と尖って長い耳。
……エルフだ!ファンタジーだ!うわああああ!