衣食足りてダンジョンを知る*4
……そのまましばらく寝ていたと思う。ぱち、と目が覚めたらもう元気いっぱいだった。小学生ボディ、体力回復がとてもスピーディー。すげえな。
「喉渇いたな……」
寝て起きたらちょっと喉渇いてきちゃったんで、早速、水を飲む。
適当な石でコップ作って、水場で分解吸収しておいた水を出して、飲む。よし、普通に水だ。何の味もしないタイプの水だ。つまり、不純物の類が一切消えてる気がする!まあいいや!殺菌もできていいかんじだな!
ついでに植物の根っこから作ったパンも食べておいた。今が何時だから分からんが、まあ、腹が減ったら食べておいた方がいいだろうな、ということで。
幸い、植物を分解して植物繊維を取り出した後の残りカスが俺にとっての可食部なんで、とてもエコである。まあ、これならいくらか作り置きしておいてもいいかもね、ということで、アホみてえに長いパンを作って置いておくことにした。お腹が空いたら適宜食べよう。ヨシ。
さて。では早速、寝る前にやっていた作業の続き……即ち、畑作りを進めていきたい。
となると、洞窟の外の土地を耕して畑にするのが現実的か。まあ、土があって、光があって、あと水が無いとね。畑としては最低限、そこは欲しいよね。
……が、ちょっと待て。
トマトは当然、この世界にとって外来種であろう。少なくとも、俺が遺伝子組み換えしちまった時点でこのトマトは間違いなくこの世界に本来存在しない植物になっている。
ならば……うっかり生態系に影響を与えないように、気を付けたい。
なので。
「……光って、この天井の割れ目のキラキラでもいけるもんかね」
俺は、初手から室内栽培を試みることにした。いや、なんか、天井から丁度良く光が差してるわけだし……。
そういう訳で早速、土と水を持ってきた。
土は洞窟を出たところの森の土を貰ってきた。土そのまま持ってきたから、多分、栄養たっぷりの良い土なんじゃないかな。
で、その土を大量に貰ってくる都合で、森には大穴が空くことになっちまうわけで……ならばいっそ、ということで、森の中を流れていた川から洞窟の傍まで、小川が生じるように土を貰ってきて、水を引くことにした。これで水の確保もできるようになったんで、畑の準備は上々である。
さて、そうしてもらってきた土を入れるために、洞窟最奥の岩盤を分解吸収して、デカくて深い浴槽のようなものを作る。そこに砂礫を詰めたりなんだりしてから土を敷いて、水はけをある程度確保した畑を完成させた。
「増えよ育てよ地に満ちよ、トマト」
ということで早速、トマトの種を蒔く。遺伝子が組変わっているとはいえ、少々不安だが……強く逞しく育ってほしいね。
それから、トマトの種の他にも、食べられそうな野草とかをいくらか植えておくことにした。こちらはまあ、実験ぐらいのつもりで。後は適宜、種が見つかったら育ててみるか、程度なかんじに……。
「……植木鉢も作って、屋外栽培もやっておくかぁ」
後は、天井から降り注ぐこの光。これが太陽光同様に植物を育てる効果を持っていてくれればいいんだが……やっぱり駄目かなあ。どうだろ。まあ、やってみないことには分かんないもんなあ……。植木鉢トマトを屋外に置いて、比較実験するしかないね。
まあ、気長にやろう。
早速、屋外との比較のため、植木鉢を作ることにした。植木鉢に植えて、地下のキラキラした光の下に置いておくトマトと、屋外の太陽光の下に置いておくトマト。比較実験してみて、あのキラキラした光の効力を知ろう。
植木鉢は、多孔質に見える岩を植木鉢の形に残るように分解吸収して作った。これをいくつか作って、トマトを植えるのだ。
ということで、出来上がった植木鉢3つとトマトの種を一旦分解吸収してから、俺はまた洞窟の外へ出る。
外で改めて、植木鉢とトマトの種を再構築して、それから土を入れて、種を蒔くのだ。いやー、重い植木鉢もこうして簡単に運べるから、この機能、便利だな。
早速、石で作った小さめのシャベル片手に、森の土を植木鉢へと入れていく。たっぷり入れておかないと、水をやった後、土がしぼむからな。よし。
……まあ、この土を入れる作業も、ちょっと手間なんだよな。小学生の力だと、シャベルを地面にザックリ差し込むのも大変だし。
「これで1つ……はあ、大変だった」
俺がこんなに苦労して土を採取しているのは、一応、コレも実験の為だ。
一度吸収分解してから再構築した土と、手動で掘った土。この2つに差が出ないかも、一応確認しておきたかった。
なので、残る植木鉢にはそのまま再構築で土を入れる。これは楽だな!
……と、思っていたら。
「ん?」
植木鉢の1つに、何やら……もう、入っている。
「んんん……?」
それは、透明だ。水に見える。だが、水面のように平らでなくて……ちょっと、こんもりしている。なんだこれ。
シャベルの先っちょで、つん、とつついてみたら、ぷに、とした感触。うーむ。
そのままつんつんぷにぷにやってみるが、透明な水っぽいそれは、ぷるるん、とするばかりである。
……なんだろうね、これは。
「……まあいいかあ」
まあ、なんかよく分からんが、ここに入っている以上、やることは1つである。
「えいや」
どすっ、とシャベルを突き立て。
「よっこいしょ」
ぷに、とした中にトマトの種を埋め。
「水、水……これでよし」
水をやった。
……まあ、なんか透明な様子を見る限り、ジェルボールとか、そういうかんじに見えたし。だとしたら、水耕栽培だってあるんだし、まあ、やってみる価値はあるだろ。多分。トマトの種自体はまあ、数があるし。植木鉢も、増やすのにそんなに苦労は無いし。折角だし実験ってことで……。
そうして、無事に植木鉢にトマトの種が植えられた。
更に、これでは終わらない。
「折角だし、肥料もあげとこう」
折角、分解吸収、そして再構築の能力があるのである。それらを使わないのは勿体ない。
「えーと、確か、窒素とリンとカリウムだよな。……分解吸収した植物素材の中からそこらへん含んだ奴を適当に出すか……」
植物の材料は当然、植物の中に入っているはずなので……大量に分解吸収した植物素材の中から、肥料になりそうなものを抽出するようにして、再構築。
正直、農学をやってたわけでもないんで、どういう状態の化合物になってたら植物にとって吸収しやすいのかとか、全く分からん。全く分からんので、まあ、植物の中に入ってた形のまま出せばいいんじゃないかな、という期待を込めて……。
そうして出来上がったのは、液体である。なんか多分、不純物混じりまくってる。でもまあこれでいいか。何事も実験実験。
とはいえ、リン酸カリウムとかが高濃度になってたら当然刺激物なんで、皮膚とかに付着しないように気を付けつつ……適当に作った石のじょうろの中に液肥を入れて、水で薄めて……。
「増えよ育てよ地に満ちよトマト」
植木鉢に、しゃーっ、とかけてやる。一応コレも実験ってことで、肥料をやらない植木鉢もいくつか作った。
……ちょっと迷ったが、透明なぷるんとしたやつにも肥料をやっておくことにした。まあ、土よりは栄養、無さそうだしな。うん……。
一通り、屋外用の植木鉢がセッティングできたんで、室内用の植木鉢もセッティング。分解吸収していない土を入れた植木鉢を屋内に持ち帰るのが大変だったが、まあ、それはなんとか頑張るとして……。
「お、終わった……」
……なんとか、屋内にもトマトの種を植えた植木鉢がいくつか、できた。
これらにも肥料や水を、しゃーっ、と掛けてやって、これでよし。
「……まあ、これらが実るより先に、元の年齢に戻って、元の世界に帰れたらいいんだけどな……」
どうせ、種から育てたトマトが実るのなんて、数か月先である。ま、気長にやるつもりではあるが……これらが何の意味もないブツになってくれる方が、俺としてはありがたいね。
植木鉢の運搬やらなにやらで体力を消耗しちまった体は、早速眠くなってきた。なので、BLTサンドの残りを食べきって、水飲んで、さっさと寝ちまいたい。
が……そろそろ、日本人としての魂が顔を出し始める。
「風呂入ってから寝たい……」
汗水たらして働いて、そのままベッドインというのは、ちょっとなんか、嫌なんだよな。うん……。
寝る前にもう一仕事だ。
家の隣にもう一軒、家を建てる。今日からここを浴場とする!
浴場には、洗い場と湯舟を作った。排水設備は作ってない。流れた水を溜めておけるようにはしたが、まあ、要らない水は分解吸収しちゃえばいいからな。楽なもんだ。
そして湯舟はでっかく作った。やっぱりこういうのは贅沢に行くに限るぜ。
そして俺はそこに……お湯を、生み出すことにした。
当然だが、俺はお湯を分解吸収したことは無い。水だけだ。常温だ。
だが……花崗岩が、ブロックになったり石ころになったり、といった形状の変化はしてくれるわけなんだ。
なら、水も水蒸気とか氷とか、そういう状態の変化をしてくれたっていいんじゃねえかな、と思うのである。
「出ろ!お湯!」
ということで、水およびお湯の再構築。果たしてどうかな!?……と、緊張しながら出てきた水に触れてみると。
「……いい湯加減ですね!」
案の定、お湯を出すことはできた!やったぜ!風呂入り放題だ!
ということで、入浴!疲れが取れる!やっぱり風呂ってのは良い文化だなあ、と思わされるね!
「ばばんばばんばんばん……ばばんばばんばんばん……」
……だが、風呂場に反響する自分の歌声を聞いていると、やっぱり違和感がある。何せ、子供の声だからな。声変わり前だ。
「……戻れるのかなあ、俺……」
なんか心配になってきたが、まあ、気長にやるしかない。気長に、気長に……うん。
……入浴後、早速、ベッドに潜りこむ。
簡単に作ったベッドだが、案外、寝心地がいい。それに何より、よく疲れていたものだから、寝つきも良かった。まあ、しっかり休めるのは良いことだな。眠れずに衰弱しちまうよりは、ぐっすりがっつり眠れた方がいいに決まってる。
未だに状況がよく分からないが、それでもまずは、生き延びなきゃならないことだし……。
そうして俺は寝て起きた。おはよう。尚、今が朝かどうかは知らない。ここ、洞窟の中だからな。
だがまあ、ぐっすり眠って起きた時特有のさっぱりした気分で、俺はひとまず家を出て……。
「はえーよトマト」
そこの畑に芽が生えていた。
早い。早すぎる。
流石にこれはおかしいだろ、と思いつつ、観察してみる。
トマトはしっかり双葉を出していた。1日足らずで発芽しちまうとはなあ。ものによっては本葉も出てきてるし……どうなってんの?俺が寝すぎただけか?
分からん。時計が無いから本当に分からん。ならばせめて、外の様子を見てきたい。
ということで俺は早速、外に出る。屋外栽培の方の様子も見れば、もしかしたら情報がもう少し得られるかもしれないし……。
が、そうして洞窟の外に出た俺は、人知を超えたものを見つけてしまった。
植木鉢からは、芽が出ていたり、いなかったり。そんな中、1つだけ、空っぽになっている鉢があり……。
……そしてそれら植木鉢の列の前を、透明な水の塊みたいなブツが、もっちり、もっちり、とマイペースに這っていたのである。
「うわああああああああああああ!トマトが!トマトが!」
その頭に、赤い実をたわわに付けたトマトの枝葉を、ふさふさと揺らしながら。