防衛*2
ざあざあ、と水が降り注いでいる。冒険者達も、逃げていく村の人達も、混乱は無い。俺が『いきなり水が降ってくると思うけど、消火および防火のためのものなのでお気になさらず』と伝えておいたからな!
だが、そんなことは一切知らない聖騎士達は驚き、戸惑っている。そりゃそうだろうなあ。この世界、まだ他のどこにも消火栓とか無いんだろうし……。
「な、なんだ……?急に雨が……」
「くそ、湿気ってしまって火が付かん!」
唐突な大雨は、彼らを大いに困らせてくれた。折角付けた火はしょんぼりと消えていったし、新しく火を付けようにも、水に湿った家屋じゃ、碌に火が付かない。
「ど、どうなっているんだ!」
「まさか……ダンジョンの邪神の力、か……!?」
で、信心深い彼らは、一周回って正解に辿り着いていた。いや、まあ、俺は邪神じゃないが。というかそもそも、神じゃないが。
「やはりこの村は、ダンジョンのものだと……?」
更に正解である。この村のあたりも一応、ダンジョンの敷地内なのだ。
……まあ、正解に辿り着いたからといって、どうということは無い訳だが……これで多少は霊験あらたかなダンジョンイベントにビビってくれると嬉しいね。
「火が無くとも問題ない!邪教の村は滅ぼせ!」
が、この様子を見た聖騎士達、『とにかくすぐ動かないと劣勢に追い込まれる』っていう勘だけは働いたらしい。その勘は間違いなく正しいんだが……こっちとしては、困る!
聖騎士達が振り回した剣が家屋の壁を破壊するし、畑の柵を破壊する。お前ら本当に聖騎士か!?
更に聖騎士達は、その勢いのまま、逃げ遅れそうな村のお婆ちゃんを捕まえて斬りつけようとした。……が、それらは全て、冒険者達に阻まれた。
「俺達の婆ちゃんに何てことしてくれやがるんだァ!?」
「ほら婆ちゃん!俺おぶってやるから避難するぞォ!しっかり掴まれよ!飛ばすぜェ!」
……そして冒険者達におんぶされて避難していくお婆ちゃん。冒険者複数名に囲まれて分が悪い聖騎士。
「おっと。流石によォ、婆ちゃんに手ェ出す奴は聖騎士じゃねえよなァ!?」
「こいつら偽物に違いないぜ!やっちまえ!」
そして、そんな聖騎士達を追い立てるように、冒険者達が動き出す。約束通り、手は出さずに居てくれている。よし、このまま聖騎士達をダンジョンに誘導できれば……!
……が、ここで想定外のことが起きた。
「あっ」
聖騎士の1人が、元気な消火栓によってぬかるんだ道で、滑って、転んだ。びしゃ。
……それに巻き込まれて、結局、3人が転んだ。
「……確保!」
「村に火を付けようとした奴らを許すな!」
そして冒険者達が、それを確保し始めた。武装解除もお手の物だった。実にスムーズだった。
その……ちょっと、これは予想していなかったというか、なんというか……。
……ダンジョン内泥濘ゾーンとかも、検討すべきだろうか。うん。前向きに検討します。
聖騎士が3人脱落したところで、聖騎士達の『とにかくすぐ動かないと劣勢に追い込まれる』っていう勘はいよいよ彼らをダンジョンへと誘ったらしい。
「ダンジョンへ突入する!追ってくる邪教徒は洞窟内で迎え撃て!洞窟の中に入れば、雨の影響は減る!」
リーダーっぽい人の号令が響くと、聖騎士達はすぐ、転んだ3人を見捨ててダンジョンへと駆けこんでいく。
「おい!ダンジョンに何しようとしてんだ!」
「追うぞ!!」
……で、冒険者達も打ち合わせ通り、聖騎士達を追いかけてくれたんだけど……ここで俺は、鎖を1本、分解した。
聖騎士達が洞窟に駆けこんだ直後。
ずん、と重い音を立てて、洞窟の入り口に岩戸が落ちる。これにまた、聖騎士達はビビってくれたが……まあ、冒険者達が追うのを止めるための理由が欲しかったのと、単にこいつらを逃がしてやるつもりはないってだけだぞ。そんなに深く考えなくていいぞ。
……まあ、何はともあれ、彼らは『ダンジョン』に入ってくれた訳だ。
ようこそ!しっかり無力化して捕縛してあげるから待っててね!
そんな様子を確認していたら、俺の手が、にぎ、と握られた。ミシシアさんの『大丈夫?』である。
なので俺はそれに、『にぎ、にぎ』と返しておいて、聖騎士達の動きを注視する。
……ここから先、彼らがいよいよ第2層に迫ってしまうまでは、俺の視覚聴覚は聖騎士達を追い続けることになる。そうしないと、罠を作動させるタイミングが分からないからな。
第1層の序盤で、彼らが既に知る罠だけで……17人の内の7人くらいは、片付けておきたい。
そのためにはとにかく、タイミングが重要なのだ。
聖騎士達は、『ダンジョンの扉が閉まった!』と慌てていたが、『ひとまず追手は来ない!』と安心したらしい。安心しちゃっていいのかよ。いや、どうかそのままの君達で居てほしい。俺としては助かる。
……で、その場で火を熾して、濡れた体を乾かそうとしたらしい。んだが、悪いが燃やすものは置いてない。この洞窟、マジで岩と岩と岩しか無いからな。
更に、火を付ける道具も一式濡れてしまったらしく、ランプに火を付けるのにも難儀する有様だった。いやー、そこはクリアしてくれよ。流石にダンジョンの中に明かり無しで挑むとか、馬鹿にもほどがあるよ。俺だって、ランプはあることを想定してダンジョン改装したんだからさあ……。
少し頑張っていた彼らは、なんとか明かりを確保することに成功したらしい。洞窟の中が明るく照らされて……そうして聖騎士達はようやく、動き始めた。
「くそ、濡れた体を乾かしたいが……それは叶わんか」
「全く、なんてことだ!いきなり雨が降るなどとは……」
「3人、捕まったか。全く、邪教徒は何と野蛮な……」
何とも言えない話をしながら、彼らはそれでも、進軍し始める。まあ、進軍してくれる分には構わないよ。進んでくれなきゃ、罠も何もあったもんじゃねえし。
さて。
そうして進み始めた聖騎士団、総勢17人は、律儀にマッピングしながらちゃんと進んでいった。他のダンジョンを制圧したことがある、ってだけあって、慣れている様子ではある。
まあ、彼らは『魔物が居ないという話は本当だったのか……』『いや、噂が真実とも限らない。警戒しよう』なんて話をしていて、どちらかというと、魔物との戦いを期待しているみたいだったけど……。ごめんな、それはうちに置いてねえんだ……。うちで出してるのは迷路と罠だけだよ……。
迷路と罠が自慢の当ダンジョンだが、そんなダンジョンにはもう1つ、自慢の逸品がある。
「おお……あれを見ろ!水晶だ!」
そう。当ダンジョンにはこれを目当てにリピーターが増え続けているのだ。宝石、特に水晶は、教会の人も『浄化の儀式に使う』とか言ってたし、どうせこの聖騎士団も好きなんだろうなあ、と思ったから、ちょっと増量キャンペーン中だ。
「水晶か?それにしても、透き通って、これほどまでに美しいとは……」
「待て!すぐに近づくな!罠かもしれないだろう!」
が、流石の聖騎士団。行き止まりの道の奥に転がっている大ぶりな水晶を前にしても、すぐに飛びつきはしない訳だ。
……まあ、ここまでは想定内だ。しっかり警戒している彼らは、周囲を存分に調べて、罠が無いことを確認して……それからようやく、水晶を手に取る。
「……これほどの品が、無防備に落ちているとは」
「ううむ……冒険者風情にくれてやるには、あまりにも惜しいものだな。これは教会に納められるべきものだろう」
そうして口々にそんなことを言いながら、代わる代わる水晶を覗き込み……。
……と、彼らの意識が完全に水晶に向いている間に、俺は、聖騎士達から100m以上離れた位置の鎖や石板を分解した。
そして、聖騎士達が立っていた床が丸ごと落ちた。
ダイナミック落とし穴である!
これで全員落ちるかなー、とも思ったんだが、残念ながら落ちない奴らも居た。
いや、ファンタジー人、すげえな。ジャンプで落ちていく岩盤から逃げた。鎧着てるのに。鎧着てるのに!
いや本当にこれどうなってんの?物理法則がファンタジー力の前には無力だってことは十分に分かってたつもりだけど、やっぱりこういう時には実感が追い付かねえ。俺、もう何も分かんないよ……。
でもまあ、大体半分くらい……1、2……えーと、7人は落ちてくれたんで、一応想定内だ。1人も落ちなかったらどうしようかと思ったぜ。
「おい!大丈夫か!?」
「返事をしろ!」
落ちなかったファンタジー聖騎士達が、穴の底に向かって声を掛ける。
「こちら7名!無事だ!」
すると、穴の奥底からちゃんと返事がある。
「ロープを垂らすか?」
「いや、今すぐそこを離れてくれ!床が脆い可能性が高い!」
そして、穴の底からは実に理性的で、至極真っ当な答えが返ってくるわけだ。俺としても『その通り!』という気分だ。
一応、落とし穴に落としても登って復帰される可能性を考えて、穴の周辺にはそもそも足掛かりになるものが何も無いように造ってあるのだ。穴に落ちた連中からは、天井にぽっかり穴が空いているだけに見えるだろう。
「負傷者は居るが、ポーションで十分に治療可能だ!奥に通路が見える!こちらはこのまま先へ進む!」
「分かった!なら、後で落ち合おう!」
……そうして、まあそうなるだろうね、という俺の予想通り、彼らは二手に分かれることにしたらしい。ありがてえ。
さて。
そうして、穴の上に取り残された連中は、『さて、どうするか』みたいな話をしながら、とりあえず、穴の近辺からは離れるんだが……。
……穴の底からは、声が聞こえてくるわけだ。
「おお!こんなに大粒の水晶が!」
「見ろ!こんなに色が濃く透き通った紫水晶は滅多にお目に掛かれないぞ!」
まあ、穴の底は、それはそれで『アタリ』だったんじゃないか、ってかんじの声が、漏れ聞こえてくるんだよな。
で、それを聞いた穴の上の連中は、『あっちはあっちで正解だったか……』『だが、鎧を着たまま穴に落ちたら、骨の1本2本は折れかねんぞ』なんて話をしつつ、『いいなあ……』という顔をするわけだ。
……で、そうこうしてる内に、穴の底からの声は徐々に遠ざかっていき……そして、やがてふつりと消えて聞こえなくなる。
穴の上の連中は、『俺達も行こうか』と元来た道を引き返し、別の分岐へ進むべく歩くのだった。
……尚、穴の底に落ちた連中だが。
彼らは、窒素がミッチミチに充満した部屋に突入しかけて、そのままぶっ倒れている。
えーと、窒素ミチミチは毒ってことでいい?いいよね?




