防衛*1
「消火設備?」
「うん。バルブを捻ると、その先のノズルから水がバーッ、て出るようにしておこうと思って」
俺は早速、消火設備を造り始める。
とはいえ、造りは簡単だ。大したもんじゃない。
ただ、頑丈に作ったパイプが伸びていて、町のあちこちに繋げておいて……そして、村から離れた位置に水用のタンクを設置するだけだ。
作動の方法は簡単だ。ただ、水用のタンクの中に、水を再構築すればいい。
……ただし、とんでもなく圧縮した奴を!
風呂のためにお湯を出した時、既に、『再構築する物質は如何なる温度にもできる』ということが分かっている。つまり、温度の変化は再構築の前には些事、ってことだ。
なら、体積とか、固体か液体かとか、そういう物質の形状についても同様なんじゃないか、と思ったわけだ。
そしてその予想はビンゴ。俺は大抵の形状には、物質を再構築できるということが判明した。
……つまり、『敵が認識していない場所で、敵が離れている状態で、かつ、俺自身も同様に敵に認識されず、敵が近くに居ない状況』を満たす限りで、いくらでも物質を生み出すことができちまうのである。とんでもねえ。とんでもねえよ……。
そしてこのダンジョンパワー、再構築する先は地面の中でもタンクの中でも、どこでもいける。
よって、簡単にサクッと水道管を地下に通して、その管は予め水で満たしておいて、その管の先をダンジョンの裏まで延ばして、そしてそこにタンクを設けて、そのタンクの先に、とんでもなく圧縮した空気を生み出せば……スプリンクラーのように、放水できる!
……本来なら、地面の中に水道管を通すだけでとんでもねえ労力なんだろうに、それが一発で出来ちまうんだから、つくづく恐ろしい能力だな、これ。
何度か実験してみて、タンクと放水先を1対1で繋ぐようにしたり、放水先にも放水を止めるためのバルブを設置したり、と色々やって、なんとか、この村の消火設備が完成した。
これで村を燃やされそうになっても安心である。むしろ燃やしてみろってなもんだ!
……が、この設備。1つ、問題があった。
「スライムが詰まりたがる!何故だ!」
「アスマ様が出した、たっぷり魔力を含んだお水があるからじゃないかなあ……」
スライムが……スライムが!放水先のパイプの先に!詰まろうとする!
……タンクをこじ開けることは不可能と悟ったらしい賢いんだかなんだかわからないスライム達は、『ならば水の出口の方』とばかり、放水先に詰まろうとし始めたのである。なんなんだこいつら!
「しょうがない、スライムのために魔力たっぷり貯水池を造ろう……」
あんまり池とか作るのもアレかと思うんだが、もう、この際仕方がない。村の裏手に、魔力たっぷりの水が湧き出ている風の水場を用意してやろう。スライム達はそっちで水浴びするように!くれぐれも、パイプに詰まらないように!いいな!
スライム達にちゃんと指示をだしてやれば、スライム達は『はーい』とばかり、ちょっと伸び上がって、それからまた、もっちりもっちり、と這って、こぞって貯水池の方へ向かっていった。まあ、気に入ってくれりゃそれでいいよ。
「で、アスマ様ぁ。洞窟の中って、どうするの?」
さて。消火設備にスライムの娯楽施設に……と終わったら、次はいよいよ、洞窟の中だな。
「ん?方針はそのまま。ただ、トラップは増やすよ。それで十分だと思ってる。本当にどうしようもなくなったら、ミシシアさんとリーザスさんにも出てもらうことになるかもしれないけれど……俺の想定では、第2層より下には行かないと思う。というか、第1層を抜けさせる気はないっていうか……」
「へ?そうなの?」
ミシシアさんはちょっと懐疑的な目だが、俺はそれで十分、いけると思っている。何せ……相手の人数が、人数だからな。
「元々このダンジョンって、大人数で入るものじゃないだろ?」
「え?あ、うん。大体、3人から5人くらいで入る、よね……?」
「そう。通路は狭い。だから、20人も一気に入ったら身動きが取れなくなる。本来、うちのダンジョンは大人数で攻略するのに向いていないダンジョンなんだと思う。だから、20人も一斉に入るか?って、俺は疑ってるんだ」
聖騎士とやらは、まあ、最大20名来る訳だよな。でも、実際に来るのは5人とかかもしれない。まあ、そこは相手次第だ。俺には分からないが……。
「だから、この狭さを利用して、20人で来ても3人で来ても対処できるようにしておくのがいいよね」
「成程。分断する、ということか」
「いや、それも有効だけど、どうにも確実にいけそうな案が思いつかないから……」
リーザスさんの案は、俺も考えた。分断して、小分けにして対処、っていうのは、基本のキだよな。多分。
だが、ダンジョンに慣れてる連中を、確実に分断できるような仕組みを思いつかなかったんだよな……。落とし穴をバカスカ作りまくることも考えたが、それをやっちゃうと今度は、どこでどう分断されるかのコントロールができなくなっちゃうし……。
……なので。
「……分断するとかそういうの置いといて、もういっそのこと、3人でも20人でも変わらず、全員まとめて罠でやろうと思ってる」
「えっ」
俺はもう、考えることを止めた。
全員まとめて罠にかければ、分断とかどうでもいいじゃん?っていう、そういう、脳筋ゴリ押し戦術で行くことにした!
「相手はこっちのダンジョンの情報を持ち帰ってる。『魔物が出ない』『宝石が出る』あと、『毒が出る』ってことも、もう知られてると思う。……だから、毒を出そうと思ってる」
「なんで!?」
「相手が想定していないタイプの毒を出せば、ダンジョンの評判に嘘偽りは無い、ってことにできるし、それでいて相手としては『聞いてないよ!』ってなるから!」
俺が説明すると、ミシシアさんもリーザスさんも首を傾げている。まあ、なんとなく想像が付いてないんだろうなあ。
でも、白って200色あるし、毒ってうん万種類あるのよ。
「あーいうのは多分、毒だけど毒としてあんまり対策されてないと思うけど……えーと、聖騎士団はガスマスクとか用意してくると思う?」
「がすますく?」
あ、オーケー。ミシシアさんの反応を見る限り、この世界では『毒が出るダンジョンだから毒対策としてガスマスク!』とかやってないっぽい。
「えーと、ここら辺の人達って、毒霧への対策ってどうしてんの?」
「そうだな、鼻と口を布で覆うことが多いが」
「目は?」
「目?覆うと見えなくなるだろう……?」
そりゃそうだよね。うん。それはそう。それはそうなんだけどさ。
……確かに、この世界の人達のダンジョン攻略の様子を見ていても、『そもそも毒霧エリアには近づかない!』っていう対策がメインのような気がする。
「じゃあ、やっぱりガス状の毒は出し得だなー。ここの冒険者達って、宝玉樹目指して頑張ってる人達より、今や、浅いところで宝石探ししてる人の方が多いくらいだし、つまり、深いところの情報ってそんなに無いんだよな。じゃあ深めのところで一式準備しておいて、それをいくつか……」
俺は早速、……えーと、アセトン作って、それから塩素混ぜて……とか色々やって、なんかそれっぽいのを作る。作ってすぐ、洞窟の比較的奥の方に設置。
これも遠隔で落とせるように、遠く離れた位置で糸を切ると、薄い薄い水晶でできた瓶が落ちてきて割れる仕組みを作っておいた。
へっへっへ、分解吸収再構築の穴を突いてやれば、トラップまみれにできそうだぜ!
「それから、本当にいよいよ第2層に近付かれる時には、一旦の外傷は覚悟してもらうとして……えーと、じゃあ、檻が降ってきてから、薬草ポーションの霧をぶちまけるかんじで……」
「えっ、回復させるの!?」
「うん。檻に入れちまったらまあ、後は何とでもなりそうだし……というか、そうしないと、多分、相手が死ぬ」
「回復させないと死ぬような罠ができるの!?」
「駄目だ、アスマ様が何を仰っているのやら、何も分からんなあ……」
「リーザスさん、大丈夫だよ。私も分かんないよ」
リーザスさんが、ぽり、と頬を掻き、ミシシアさんがちょっと遠い目をする横で、俺はひたすらダンジョンの改修工事を行った。
……まあ、聖騎士団とはいえども、人間だからな。色々と限界はあるだろ。よし。
ということで、ある日の夕方。
「アスマ様!こっちに白い鎧の一団が向かってる!数は20人!」
「うわーお、マジでフル面子で来たのか聖騎士団」
俺達が身構える中、遂に、聖騎士団とやらがやってきたのである。
……本当に来るとはなあ。あの教会の人、割とアホそうだったけど、人望そこそこあるのかなあ。人って見かけによらないよな、ほんとに。
そうして、俺とミシシアさんとリーザスさんが洞窟最深部に潜ったところで……聖騎士達がやってきた。彼らは村の真ん中で、人々のざわめきに囲まれながら、堂々と何か、書類みたいなやつを出して見せていた。
「我々はラーダムの教会より任を受け、このダンジョンを制圧しに来た!全員直ちに活動を止め、速やかにこの村から出ていくように!」
「村から?それは何故ですか?」
「この村も調査の対象である!我々の調査に協力しない者は邪教徒と見做すぞ!」
横暴な台詞。有無を言わさぬ態度。『横暴だ!』と言う村人に剣を向ける剣呑さ。いいねいいね。これくらいだと、こいつら泣かせるのに罪悪感が無くていいや。
そうこうしている間に、聖騎士達が火を付け始めた。あーあーあー、本当にやるのかこいつら!
「戦えない人達は裏山へ逃げろ!」
「戦える奴らは村の皆を守れ!それから消火!消火しろ!」
さてさて。冒険者の皆も動き出したことだし……俺は俺で、働くとしよう。
ということで俺は早速、圧縮空気を再構築して……。
「大雨だ」
「大雨だねえ、アスマ様ぁ」
……冒険者達が一斉に、あちこちで消火栓を動かしてくれたおかげで、今、村中に大雨が降っている。
中々に派手だなあ。しとしとじゃなくてビッチャビチャだよ。
ま、まあ、これで村は焼かれねえな!ヨシ!




