挑戦者*1
さて。
冒険者が来た。
冒険者が来たぞ。
いよいよ、このダンジョンが『人を呼び込むダンジョン』として機能していく、その第一歩だ。緊張してはいるが……楽しみでもあるな。わくわく。
最初に来た冒険者達。彼らはやはり、『ここに世界樹があると聞いて』と、わくわくそわそわした様子であった。
そこでエデレさんが、『どうも、そんなようなことをこの間捕まったゴロツキ達が言っていたから、私達も調査中なの』と説明して、ついでに、『安否確認もあるから、受付をしてから入場してくださいね』とにっこり微笑めば、冒険者達はにこにこと快く、受付を済ませてくれた。
……エデレさんの穏やかな説明に反発するような冒険者達じゃなかったんで、助かった。また『うるせえまかり通る!』とか『この村の有り金全部寄こしな!』みたいな連中が来ちゃったらどうしよう、って思ってた!
で、まあ、冒険者達は『ギルドでも噂になっていて、俺達はその調査のために一足先に来たんだ』『一番乗りになりたいからね』と、意気揚々としていた。やっぱり噂になってるんだな。よし。
……そして、エデレさんが『毒消しと傷薬はあるわよ。水と食料もお分けできますけれど』と提案したのを断って、『小さな村のダンジョンだし、大したこと無いだろ』と、ダンジョンに入っていった。
入っていって……そして。
……翌日になっても、出てこなかった。
うん。まあ、迷路がちゃんと機能してるってことで、よかったぜ。
俺がダンジョンの中の様子を調べてみると、案の定、迷路に迷いまくった挙句、飢えと渇きと毒で動けなくなっていた。ああ、言わんこっちゃねえ。
これで、『先に入っていった冒険者達は出てこなかったんです……』なんて噂になったら、これから人が来にくくなっちまう。だからしょうがない、俺が救出に行くことにした。俺ならダンジョンの中の迷路でも迷わないし、人の位置も分かるし。
……と、思ったんだが。
「いやいやいや、アスマ様1人で行くの!?危ないよ!」
「えっ、いや、ダンジョンとはいえ、俺の家なんだけど」
「いやそうだけど!あっ、そもそも、アスマ様1人じゃ、冒険者が動けなくなってても運べないよね!?」
「それはそうだった」
どうすっかなあ、台車とか持ってく?ごろごろごろ、って転がして……いや、段差とかでこぼこ道も多いから、現実的じゃないか。えーと、どうするかな。
「私が一緒に行くよぉ、アスマ様ぁ」
「いや、ミシシアさんは世界樹の番人として証言が上がってる可能性もあるし……ちょっと一旦、様子見しとこう」
ミシシアさんの申し出はありがたいんだけど、あのゴロツキ達がどれくらいの情報をギルドに齎したか、っていうのによっては、ミシシアさんが行くとちょっと不審なんだよな。
だから……よし。
「リーザスさん。同行してもらっていいかな」
「ああ、勿論。俺でよければ」
ここは男2人で行ってくるのが一番だな!
「リーザスさーん、こっちこっち」
「そ、そこか。通れるかな……」
ということで、俺とリーザスさんは2人で洞窟の中に入った。で、動けなくなってる冒険者達の救助のために、近道を通っているところ。
なんだが……。
「……すまん、アスマ様。詰まった」
「詰まっちゃったのぉ!?」
……俺が通ること前提の狭い通路とかは、リーザスさんには通れないので。しょうがないから、回り道だな。
「リーザスさん、大きいもんなあ。しょうがないか」
「すまん……」
リーザスさんは、なんともバツの悪そうな顔をしているが、まあ、小学生ボディについていける大人はそうそう居ないだろうしな。これはしょうがない。特に、リーザスさんは結構ガタイいいし。
……うん。そうなんだよなあ。リーザスさん、腕が戻ってみたら、みすぼらしいかんじがなくなって、滅茶苦茶立派にガタイの良い人になってしまった。草臥れた印象も、今はあんまり無い。ちょっとはある。
「ところでリーザスさんって、元々は何してた人?」
「俺か?うーん、冒険者崩れに同行する前、っていうことでいいのか?」
「うん」
折角だし、気になったので聞いてみる。ほら、リーザスさん、『前職の上司が宝剣持ってた』なんて話もしてたし。ということは『前職』があるってことだろ?
「そうだな……うん、まあ、隠すようなことでもないか」
気になってそわそわしていたら、リーザスさん、話してくれるらしい。ちょっと渋るかと思ってたんで、これは嬉しい誤算。
「まあ、王立騎士団に所属して、戦に参加してた」
……うん。
「おうりつ?」
「ああ、そうだ。まあ……こんなでも、一応はな」
王立騎士団……って、それ、つまり結構なエリートなんじゃねえの?俺、全く詳しくないし想像でしかないけど!
でも、リーザスさんのちょっと自嘲気味の苦笑いといい、まあ、『王立』の文字といい……そういうこと、なんだろうなあ。いや、すげえ。俺、とんでもない人材を拾ってきちゃったかもしれねえ。俺自身の先見の明が怖いぜ。
「なんで騎士団、辞めたの?」
それにしても気になるのはそこだよな。経歴が優秀でも、なんだってそんな人が冒険者崩れになったのか、っていうところはものすごく気になる。
んだが……。
「ん?まあ、退役、っていうことだな。その……流石に、腕が無い人間が騎士団で働き続けることはできない」
……ちょっと想像すれば分かったか、これ。うん。そうだよね。リーザスさん、目と腕、片っぽずつ無かったもんな。
「戦でな。ちょっとやっちまって……引き留めて頂けはしたんだが、まあ、色々あって……とてもじゃないが、隻腕で騎士を続ける気にはなれなかった」
うん、まあ、そうだよな。うん……。
……そう考えると、俺、この人の腕と目、治せてよかったな。
「ま、それからは自棄酒で有り金失くして、日銭稼ぎに入ったギルドでも隻腕じゃまともな仕事にありつけなくて……後は大体、分かるだろ?」
「うん。あのゴロツキ連中に荷物持ちとして雇われてた、ってことか」
「そんなところだ」
成程なあ。となると、本当にいよいよ、俺、とんでもなく良い人材を確保しちまったんだなあ……。
俺にとっては間違いなく良かったし、リーザスさんにとっても、まあ、多分、よかったと思う。少なくとも、あのゴロツキ達に荷物持ちさせられるよりはいい暮らしを提供する自信があるぜ!
「……また、真っ当に剣を握ることになるとはな」
リーザスさんは感慨深そうに笑って、にぎ、と手を握ったり開いたりしている。
「うん。よろしく」
「ああ。命に代えても」
「いや、命には代えなくてもいいから……」
……けどこの人、すぐに命に代えようとするなあ!そういうのよくない!いのちだいじに!
そうして、俺とリーザスさんは冒険者達の元へ辿り着いた。
そう。飢えと渇き、そして毒で動けなくなった軽率な彼らである。
「ひ、人か……?」
「助けて……助けてください……」
「水を分けてもらえませんか……」
……彼らはすっかり消耗しきって、座り込んだり倒れこんだりしていた。まあ、うん。
「はい、水。ちょっと毒消し混ぜてあるからね」
「食料は水の後だな。ここに置いておくぞ」
「ありがとう……ありがとう……」
水と毒消し、あと食料を提供してやると、冒険者達は涙を流さんばかりに喜んで、水と毒消しを飲み、ちびちびと食料を食べて、体力を回復させていった。
ああよかった。しょっぱなから誰かが死ぬってんじゃあ、あんまりにもあんまりだからね……。
「ああ、生き返った……本当にありがとう」
そうして冒険者達はなんとか復活。ああよかった。
「このダンジョンの迷路は複雑だ。地図にも起こせない程だからな。次に来る時は、もっと準備を整えてきた方がいい。逆に、準備さえ怠らなければ、そう危険はない洞窟だぞ」
「そうみたいだな……。なんか、魔物が1匹も居ないし……」
「スライムは1匹見かけたけどな……。捕まえて食べようとしたら逃げられちまって……」
えっ、この人達、スライム食べようとしたの!?駄目だぞ!スライムはうちの畑、兼ペットなんだから!
あぶねえあぶねえ!後でエデレさんにお願いして、受付で『スライムは村の共有財産です。いじめないでください』って注意事項アナウンスしてもらえるようにしとかなきゃな!
「まあ、幸い、俺達はここまでの道は分かる。出口まで案内しよう」
スライムが食べられそうになっていたという事実に衝撃を受けていたが、まあ、ひとまずはこの冒険者達を出口に送り届けないとな。
「ああ、助かるよ。本当にありがとう、騎士様……と、えーと、そちらはお子さんか?」
「い、いや、こちらは……」
「俺は騎士見習い!よろしく!」
なんか、俺とリーザスさんの関係が一瞬勘違いされかけたが、無事に訂正。
……いや、父子ってことにしといた方が無難だっただろうか。でもなあ、リーザスさん、ものすごく困った顔してたしなあ……。
ところでこの人って、独身だよな?俺、普通にそういうもんだと思って勧誘しちゃったけど、これで妻子を故郷に残してきてるとか、無いよな……?大丈夫……?いや、まあ、そういうの居たら先に申告してもらえるよな……。じゃ、いいか……。
「じゃあおにーさん達、次は気を付けてね!俺達、当分はこのダンジョンで稼ぐつもりだけど、毎回は助けられないからね!」
「あ、ああ。今回は本当にありがとう……」
……ということで、冒険者の一団を無事、洞窟の外へ出してやることができた。よしよし。次はちゃんと対策して来いよ。
冒険者達は洞窟出口で、『はい、帰還した方はこちらで受付お願いしますねー』とやっているエデレさんに呼ばれて、そっちで手続きを始めた。……ついでに、毒消しとか包帯とか傷薬とか携帯食とか、そういうものも買い始めた。多分、明日にでももう一回潜るつもりなんだろうな。よしよし。次はがんばれよ。
さて、こうして無事にパニス村のダンジョン特需が始まった訳なんだが……。
「……第2層まで到達する人、居るかな」
「……居ないと困るんだったな。だが、この調子だと、どうなることやら……」
最初の冒険者達がこの調子だと、『偽世界樹』の噂がちゃんと広まるかどうか、ちょっと心配だよなあ。
うーん……ま、気長にやるしかないな。まだまだ、始まったばっかりなんだし……。
そうして、翌日。
朝起きて、俺は早速、世界樹の調子を見る。
……俺はミシシアさんみたいに世界樹のことが分かるわけじゃないが、ダンジョンの中に生えてるものについては、多少、分かる。
「今日も元気だなあ」
世界樹は今日も元気だ。多分、天井から降り注ぐ魔力によって元気になってるんだろうなあ。
ま、それは何より、ってことで……さて、今日もスライム達に肥料をやるべく、俺は洞窟の外に出るのだった。
さて。洞窟前が『ダンジョン受付』として整備されちまった都合で、スライム達には別の場所に集合してもらうことになっている。
スライム達は、洞窟の脇の道を進んだところにある畑と森の境目あたりに、今日ももっちりもっちりやってきていた。
「あっ!アスマ様、おはよう!」
「おはようミシシアさん。今日も世界樹は元気だよ」
「ありがとう。後で私も見に行ってくるね!」
ミシシアさんは俺に挨拶しながら、スライムの頭のトマトを収穫している。ついでにミシシアさんの手がスライムの頭……頭?とにかく、そのぷにぷにもっちりボディを撫でていくと、スライムは満足気に、もよん、と跳ねた。
「それで……はい!今日のお供え!」
「ありがとう。うん……お供えは相変わらずお供えなのか……」
そして、ミシシアさんが今日も『お供え』をくれるので、ありがたく頂くことにする。とれたてのトマトの瑞々しさってのは最高だね。
トマトを齧りつつ、スライムに肥料を掛けてやっていると、やっぱり俺の隣でトマトを食べていたミシシアさんが、ふと思い出したように話してくれた。
「ところで、アスマ様。なんかエデレさんがね、『宿が満員だなんて、嬉しい悲鳴が上がっちゃうわね!』って言ってたよ。お客さん、増えてるみたい」
「おお」
宿が満員……ってことは、今日の朝からダンジョンに潜ろうとしてる冒険者達、ってことかな?
昨日救助した一団も、また挑戦するんだろうし……。
……今日こそは、もうちょっとまともにダンジョン攻略されるんじゃねえかな。わくわくしてきたぜ。




