スライム親善大使*9
……ということで、俺はマスタースライム君を売り込んだ。
『クソデカいスライムはちっこいスライムより賢いようです』とか、『どうも、ちっこいスライムのまとめ役になってくれるみたいです』とか、『こいつは穏やかな奴なんで、こいつを置いとけばダンジョンのスライムは穏やかなままで居ると思います』とか、色々とセールストークをぶちかましてきた。
で、何よりも『このスライム達が暴走し始めたら今度こそ森がヤバいと思うし、俺達としても、それは流石に忍びないんで……』とやんわりした脅しをかけたのが効いたのか、エルフ達は協議に入ってくれて……そして、マスタースライム君の滞在を許可してくれることになったのである!
ついでに、『あくまでも貸与ですからね!』と念を押してきたので、多分、マスタースライム君が危害を加えられることは無い、と思う!よろしくな、エルフ!
そうしてマスタースライム君は、他のスライム達の中へと紛れていった。他のスライム達は、ぽよぽよ、と元気にマスタースライム君を歓迎している模様である。不思議な眺めだなあ……。
……ところで、スライムがダンジョンの主をやってるダンジョンから生まれたスライムって、どういうかんじなんだろうなあ。マスタースライム君とは親子関係とかにあたるんです……?
「ところで、例のスライムが持って行った腕輪はどこにある?確認したい」
で、大事なことだ。
エルフリーダーは『誤魔化されないぞ』みたいな目でこっちを見てくる。で、俺達としても、せっかく作ったレプリカの腕輪、ちゃんと見せたい。見せて納得してもらいたい。
んだが……。
「スライムが……離してくれなくて……」
エルフの皆さんには悪いが、せっかく作ったレプリカの腕輪、マスタースライム君が大層気に入ってしまったのであった。
なので、マスタースライム君、レプリカの腕輪を全く離してくれない!取ろうとすると、めっちゃ抵抗される!ぎゅむっ!と腕輪を抱え込んで、めっちゃ抵抗される!
例のやかましい弓エルフとやかましい杖エルフが取り上げようとして頑張ってるんだが、マスタースライムはそのでっかい体躯ともっちりと流動的でありながらも意思一つで、ぎゅむっ!ともできるもっちりボディを活用して、存分に抵抗している。
……そして、その内やかましい弓エルフがマスタースライム君の体内に取り込まれて絞められた挙句、ぺいっ、と外に吐き出されていた。つええ。つええよマスタースライム君……。
「……えーと、気が向いたら返してくれると思います」
「……そ、そうか……」
あの……あのですね、ああいうスライムですけれど、その、平和の使者として、かわいがってやってくれると嬉しいですね……。よろしくね……。
まあ、これはこれでよしとしよう。エルフ達の目が『あの腕輪、結局何なんだ……?』って方に向いててくれれば、まあ、色々と粗が隠れるし。
で、その間に俺達は……『ダンジョンと共生する村の一員』として、エルフ達に色々とスライム活用講座を開いている。
「このように、スライムの頭に植えた植物はすさまじい速度で成長しますので、植物の種とダンジョンからの湧き水さえあれば森の保全が大分楽になるかと」
「な、成程……」
俺は今、『スライムに植物を植えるやり方、そしてスライムのお世話の方法あれこれ』について説明したところである。
種から植えてOKだよ、とか、魔力の多い水を好むっぽいよ、とか、できれば肥料たっぷりの水が良いんだけどそれはエルフの方が詳しいかな?とか。
……あと、スライムを浸けといた温泉は美肌の湯になるぞ、とか。スライムは香油まぶして揉んでやると喜ぶよ、とか。もし大人しくないスライムが居たら、温泉に浸けこんでオイルマッサージして可愛がってやると可愛くなるぞ、とか……。
要は、ここに住むスライム達が幸せに暮らせるように、そっちに色々と誘導した形になる、と思う。
今後、ここを運用していくのはエルフ達ってことになるんだと思うけど……その時に、スライム達を利用する、って形で、スライムおよびダンジョンと共生してくれたら嬉しいね。
「……ダンジョン、とは、一体何なのだろうな」
そんな折、ふと、エルフリーダーがそう、声を掛けてきた。
「何、というと?」
「荒れた大地を治すために現れる精霊、のようなもの、なのだろうか……」
エルフリーダーとしては、やっぱり今回のダンジョンの変貌っぷりに色々と疑問があるらしい。
まあそうね。ちょっと今回のこれは……エルフにとって、あまりにも都合よく行き過ぎてる、ってところはあると思う。
ドラゴンがギャーギャーやってたのは、まあ、元大聖堂の連中の仕業だから、今までがマイナス方向に振り切れてたのはあいつらのせい、ってことでいいんだろうけど、そこからのリカバリが著しくエルフフレンドリーだからな。というか、スライム。著しくスライム。本当にスライム。不審だよな。
……いや、俺がここのダンジョンの主を兼任できるとかだったら、もうちょい違う方向でやったと思う。ただ、これ、マスタースライム君が主になっちゃったからね……。こう、めっちゃスライムもりもりダンジョンになっちゃったんだよね……。
エルフフレンドリーなのはいいんだけど、スライムに振り切れすぎなんだよなあ!不審!
パニス村ダンジョンが、ほら、俺が意図したところが全く無いのにも関わらずスライムもりもりダンジョンになっているところを見るに、なんかこう、平和なダンジョンってスライムマシマシもっちり絡めになる傾向にあるのかもしれないけど、それにしても……それにしても、パニス村との共通項が、多すぎるのよ!
そりゃ、エルフとしては色々と不思議がる、よなあ。うん。
……うん。
「……俺は、精霊とか神とかのことは全く分かんなくて、でもダンジョンはまあ、近くにあるんで、なんとなく分かるんだけども」
なので俺は、一ダンジョンの主として、それっぽいことを言っておくしかない。
「少なくとも一部のダンジョンは、この世界の人達と仲良くやってきたいな、と思ってるんじゃないですかね」
「……ほう?」
「侵略し合うんじゃなくて、手を取り合って、楽しくやっていけたらいいですよね」
結局のところ、俺が目指したいところはそこだし、多くの人の落としどころを探していったら、結局はここに落ち着くんじゃねえかな、と思っているよ。
ダンジョンが軍事目的で利用されない、とか、経済を破壊しない、とか……そういうのを実現しようと思ったら、結局は『よく分からない存在だが、仲良くしてくれる意思はあるっぽいよ』というのが、落としどころになる。
「ダンジョンと、手を取り合って、か……」
「うん。まあ、お互い不可侵で、ってところでいいんじゃないですかね。深入りしすぎちゃいけないんだろうし、私利私欲剥き出しにしたら牙を剥かれそうだし……」
「そう、だな……うむ」
エルフリーダーは、ダンジョンの入り口……いや、ダンジョンエリアはもっと広範囲なんだけど、少なくとも、『ダンジョンの入り口』として認識されるであろう、地下道への入り口を見つめて、なんか神妙な顔をしている。
……本当は、ダンジョンってものが何なのかを全部理解した上で共生してもらえたら、それが一番いいんだろうけどね。
それはやっぱり難しいと思うから、ダンジョンの何たるかは伏せさせてもらうことにする。ダンジョンは『よく分からないけど仲良くしてくれる意思はあるっぽい謎の存在』ってことにさせてもらうしかない。
……傲慢かね。まあ、知っちまった者の責務、ってことにしとくしかないな。
はい。そうして俺達は2日間、エルフ達への技術支援および情報交換のためのやり取りを行った。
2日目からは、最初のエルフ5人組以外のエルフもやってきて、スライムを興味深そうに眺めていた。とりあえず、スライムへの敵意は無いっぽい。人間への敵意はちょっとあるっぽいけど。
……いや、まあ、分かる。分かるぞ!人間は嫌でもスライムはなんかかわいい、ぐらいになるの、めっちゃ分かる!
スライムは何かこう……いいよな!人間と違って特に何か考えてるかんじでもないし!『対抗すべき相手』じゃなくて、『庇護してやって、ついでに利益を齎してもらう相手』って分類になっちまうんだよな!わかる!わかるぞ!そしてこの存在感こそがスライムの強み!
で、そんなエルフ達に対して色々とレクチャーするにあたって……間に『スライム』というものが挟まってるのは、人間対エルフとしても、丁度良かったように思う。
……こう、お互いの目を見て話しましょう、ってかんじにならねえもん。人間とエルフが、それぞれスライム見ながら話してんの。
だから、エルフとしては人間への対抗心みたいなのを剥き出しにせずに済むっぽい。あくまでもスライムの為ですもんね、っていう建前があるから、ってことなのかもしれんが、まあ、スライムは物理的のみならず、心理的クッションとしても有用なのであった!
流石は親善大使!スライム達によって人間とエルフの交流の歴史が切り開かれていくぜ!ありがとう、スライム!これからももっちりもっちり、柔らかくいてくれ!
で、そんなかんじでエルフ達にレクチャーすることになったスライム農法については、パニス村がこの世界のフロンティアだからな。俺とリーザスさん、あとミシシアさんが、エルフ達よりも知識も経験もあるので、基本的に俺達が喋り倒すことになる。
……これについて、やっぱり、一部のエルフは、ちょっと嫌に思うこともあるっぽかった。特に、ミシシアさんについて。
『混ざり物』って陰口は、やっぱりいくらか聞こえてきてるよ。分かるよ、そういうのは。多分、ミシシアさん自身はもっと分かってる。
んだが……まあ、これは仕方ないんだろうな、ということで、ミシシアさんも割り切ってやっているっぽい。
……そう。ミシシアさんは、『私は人間側だから!』と割り切ってるらしいんだよな。だから、俺やリーザスさんと同じようにエルフに嫌がられて当然、みたいな、そういうかんじでいくことにしたらしい。
これが彼女にとっていいことなのかそうじゃないのかは、俺には分からんが……でも、まあ、ミシシアさんは俺達の仲間だから!
向こうが仲間じゃなくても!俺達は仲間だから!
……そういうことにしていいんだったら、俺としてはちょっと楽だな。
うん。やっぱり俺、ミシシアさんが居るから、って理由で、エルフ達にちょっと遠慮というか、なんか、あったかも。でもそれ気にしなくていいんだったら、そっちのが気が楽だわ。
さて。
……こうして、ダンジョン攻略から3日が経った。
となると、次に来るのは……アレだ。
「ではこれより、ダンジョン内の探索を始める!」
……シアン化水素をぶち込んで引火させて爆発させた挙句、その後マスタースライム君が好き勝手弄りまくったこのダンジョン。
このダンジョンの中を、ようやく、見に行くことに、なるんですよ……。
「アスマ様ぁ。このダンジョンって、今、どうなってるの……?」
「わからん……俺にはわからん……」
さて。
ダンジョンの中を歩きつつ、ミシシアさんと俺はひそひそ話すわけだ。が、当然、俺はこのダンジョンが今どうなってんのか、全く、分かっていない!
……いや、一応さ、マスタースライム君には、言ったよ?『手前で封鎖して、最奥には通さないようにね』とか、『シアン化水素消しといて』とか。言ったよ?
でもさあ……それをマスタースライム君が理解して実行したかは、別じゃん?
だってマスタースライム君、『果樹とか植えとくといいぜ』って言った俺のこと丸っと無視して、果樹なんぞ植えずにスライム増産してスライムの頭にお花植えてるんだぜ?俺の言うことを聞いたかどうか、全く、自信がない!
「大聖堂の情報がここに残っているかどうかも、分からんからな……」
……一応ね?生きてる奴が居たら生かしとけ、とは言ったけどね?でも、それについてはそもそも生存者が居るかどうかすら、分かってねえからなあ……。
あああああ、不安!めっちゃ、不安!ああああああ!あああああああ!
不安なダンジョン探索だが、道中は割と穏やかであった。
……というのも。
「スライムがお荷物運んでる……かわいい……」
ダンジョン内ではスライムの姿が散見されたからである。
「これは、岩を運んでいるのか?」
「ああー……内部で爆発があったから、それの掃除、ってことか……?」
エルフ共々、俺達も頭の上に疑問符が浮いちまうね。いや、だってさ、ダンジョン内の掃除って、『分解吸収再構築』で一発なわけじゃん。わざわざ、こうやってスライムに実労働させなくてもいいはずなんだけど……。
……が、俺達の疑問は、すぐさま解消された。
ダンジョンの奥の方……多分、マスタースライム君が区切って作った偽物の『最奥』だと思うんだけど、そこには……。
「だ、誰か居るのか……!?誰か居るなら、助けてくれ……!」
……うん。
石を積み上げて壁ができてて、で、壁の向こうから声が聞こえる。




