世界樹*1
「本当にこの中にあるんだろうな……?」
「まあ、エデレ達がこの中に逃げ込んだのは間違いねえだろ。なら、俺はそれでいい」
「ま、ダンジョンっぽいこた、確かだ。何かありそうだし、丁度いいんじゃねえか?」
はい。ということで、釣れた。釣れました。やったねー!
やっぱりこいつら、ダンジョンのお宝とか好きなんだろうなあって思ったんだよ。
……とはいえ、まあ、こいつら、結構意見がマチマチみたいなんだけどね。
ちょっと観察したかんじ、分かったのは『こいつら一枚岩じゃないな』ってことだ。
多分、利害がある程度一致する同士で適当に固まってるだけで、本当なら組みたくないな、とか思ってる人、混ざってそう。
だって、ぱっと見だけでも、『金持ってそうな人』『絶対に金持ってなさそうな人』に二分できちまうんだから。
……この中で一番装備が上等な人。ちゃんとした板金の胸当てと、ちょっと装飾が立派な剣を持っている人が、多分、このチームのリーダーだ。
話を聞いている限り、エデレさんに求婚してる奴はこいつだと思う。
で、その人の他にも、ちゃんと板金の鎧とか胸当てとかを装備している人達が5人。剣とか斧とか、弓とか持ってる人も居る。『冒険者崩れ』ってのがよく分かるかんじだ。だからか、彼らは『ダンジョンのお宝』に興味があるっぽい。
……それから、更に8人、『烏合の衆』ってかんじの奴らが居る。多分、金に困ってこのチームに所属してる人達だと思う。気が合うかっていうと、そんなに気が合わないんじゃないかな……。でも、金目の物は欲しいらしくて、『ダンジョンのお宝』には乗り気。
で。
そんな彼らの中で、ちょっと浮いてる人が居る。
「……なあ。これ、ダンジョンに誘い込むための罠じゃないか?」
……その人は、この中で一番慎重なんだろうなあ。ちょっと水を差すようなことを言っている。
で、荷物持ちの係なんだと思う。バカでかい鞄を背負って、後ろの方を歩いてきている。一応、腰に剣を佩いているけれど、金がかかってそう!ってかんじでもない。鎧は無いし。
が、その人の一番の特徴は……左腕が無いことだ。あと、左目も無い。隻腕だから、荷物持ちをやってるのかもしれない。疲れているのか、残っている右側の目にも、光が無い。
……多分、この人も金が無くてここに居るタイプの人、なんだろうけれど。ちょっとだけ、気になるな……。
「問題ねえよ。村の連中が何か企んでたとしても、こいつら人質にしときゃ問題ねえだろ!」
ちょっと浮いてる隻腕の人の忠告にも、先を行く冒険者崩れ達は元気に返事をする。ついでに、俺とミシシアさんの首には改めて、ナイフが突きつけられた。
「ちょ、ちょっと!私はいいけど、そっちの子は放してよ!」
「そんなの、『はいそうしますね』ってなる訳ねえだろ。バカか?このエルフは」
うわー……ナイフが首に当たってるのって、予想以上に、こう、くるものがあるな。
……割と、怖いわ。うん。しょうがないね、本能的なもんだから。
こう……人間誰しも人生で1回くらいは、ハサミとかカッターナイフとか包丁とかで、指をスパッと切っちまったことがあると思うが……あのイメージが、頭にこびりついて離れない。今、そんなかんじ。
だが、それでもできる限り、自らを律していなければならない。
……一瞬の隙をついて、逃げたいからな。
連中を上手く撒ければ、こっちの勝ち。こいつら、どうせ食料だってそうは持ち込んでないだろうからな。迷路で迷って餓死は十分にあり得る。
で、上手く撒けなかったとしても、俺とミシシアさんが少し離れた状態で最深部にまで到達できれば、罠でなんとかできる可能性がある。なんとかしたい。
……少なくとも、俺とミシシアさんが人質になってる状況じゃ、互いに動きようがない。最深部に到達するまでには、なんとか逃げたいところなんだが……。
「歩くの遅いんだよ、このクソガキが」
考えながら歩いてたら、遅かったらしくて蹴られた。痛い痛い。痛いってば。蹴られたら余計に進まなくなるでしょうが。
「くそ……おい、リーザス!このガキも運べ!」
……と、やっていたところ、俺を蹴ってた奴が、後方にそう、声をかけた。
すると。
「おいおい、悪いが流石にこれ以上は運べないよ。生憎、腕も片方しか無いもんでね」
荷物運びの隻腕隻眼の人が、そう返してきた。
「そのくらい何とかしろ。どうしてお前がここに居られるのか、よく考えるんだな!」
俺は隻腕隻眼の人の方に向かって突き飛ばされて、ぺしゃ、とずっこけることになる。おいおい、児童虐待してっと碌な死に方しねえぞ!
「……立てるか?」
そんな俺に、手が差し伸べられる。……隻腕隻眼の人だ。うおお、間近に見ると、結構怖いな。目ん玉片方無いってのは……。
まあ、まじまじと見つめちゃうのも失礼だし、黙って立ち上がる。すると、俺の膝の裏に、すい、と腕が差し込まれて、そのまま、ひょい、と片腕で抱き上げられていた。
「え、あ、あの、俺、歩くよ。重いでしょ」
「お前が歩くのを待ってたら日が暮れちまうよ。黙って運ばれてくれ」
隻腕隻眼の人にそう言われつつ、俺はすっぽり、腕の中に収められてしまった。いやいやいや……すごいなこの人!
左腕は肘の上くらいから先が無いから、そっちは物を持つようには使えない訳で……その体で、デカい鞄背負って、更に俺まで抱っこしてるって!どういう筋力してんの!?
……ということで、俺がびっくりしていると。
「……坊主」
ふと、隻腕隻眼の人が、抱き上げた俺の耳元で、小さな声で囁いた。
「お前、1人で逃げられるか」
唐突な言葉に、俺は固まっていた。
いや、だって……逃げられるか、って。そんな、俺のこと、逃がそうとしてるみたいな……。
……え?マジで?この人、マジで俺のこと逃がそうとしてる!?なんで!?
どういうことなんだろう、と思って見上げてみても、真意が今一つ掴めない。ただ……なんとなく、疲れた笑みを浮かべるその人を見て、『悪い人じゃない気がする』と、思ってしまうだけだ。
「……おねえちゃんも一緒じゃなきゃ、やだ」
なので一つここは賭けに出て、ワガママ言ってみることにした。
「……そうか。困ったな。流石にあのお姉ちゃんまでってのは、俺には無理だ」
が、流石にこれは駄目らしい。
……いや。でも、これでこの人が俺のことを本当に逃がそうとしてるらしい、ってことが分かったぞ。
しかしそれだと本当に、一体、何のために……。
……うん。まあ、そんなこと考えてる暇は無かった。
「頑張れよ、坊主」
隻腕隻眼の人は、そう言うとちょっと笑って……俺をその場に置いてすぐ、前方の仲間達に向けて……大きな鞄を、ぶん投げたのである!
飛んでいった鞄が、ゴロツキの後頭部にクリーンヒット。そのままもう1人を巻き添えにして、鞄は『ずん』と重たげに地面に落ちた。
「あぁ……!?おい、リーザス!テメエどういうつもりだ!」
そして冒険者崩れ達が一斉に振り返った次の瞬間、隻腕隻眼の人が、剣を抜いていた。そのまま飛ぶように駆けていって、冒険者崩れ達の隊列を崩す。
「おい!リーザス!」
……剣が振り抜かれて、1人、倒れた。更にもう1人。
それを見た冒険者崩れ達も、当然、武器を手に取らなきゃいけなくなった。だから手元がお留守になって、その隙をついたミシシアさんが脱出してこっちへ逃げてくる。
「アスマ様!これどういう状況!?」
「わかんない!」
俺も、この状況がまるで分からない。ただ、俺とミシシアさんが合流できた今も、危機的状況であることに変わりはない訳だ。
……罠が仕掛けてあるのは、洞窟の奥の方だ。つまり、俺達がいる方じゃなくて、ゴロツキ共を越えて、向こう側である。
洞窟から脱出するなら、このまま走ればなんとかなるかもしれないが……それでこのゴロツキ共を完璧に撒けるかどうか、自信が無い。
そして何より……隻腕隻眼の、『リーザス』と呼ばれている、あの人。
あの人は今、洞窟の壁に叩きつけられていた。剣はもう弾き飛ばされてしまったらしく、遠くに落ちている。
もう、時間が無い。逃げるなら、今しかない。けれど……俺達が逃げちゃったら、あの人、どうなるんだ?
「……アスマ様」
その時、ミシシアさんが意を決したような顔で、俺の方を見ていた。
「私がなんとかしてみせる。だから……許可を頂戴。ここに、世界樹を植える許可を!」
 




