ダンジョン曰く吠えよエルフ*7
……ということで。
「アスマ様も、こういうことするんだねえ……」
「あー、うん、まあ、できなくはないよ。得意じゃないけど」
俺達は休憩タイムに入っている。……というのも、エルフ達は一旦、気絶させたので。
エルフ達の結論は、こうだった。
『世界樹の確認はさせてもらいたい。その上で、里に報告の手紙を送る。その時、最大限、この村に被害が及ばないように手紙を書く。こちらの身柄は拘束してくれても構わないし、手紙は検閲していい。この村をどうするかどうかは里のエルフが決めることになるだろうし、その結果、自分達は切り捨てられるかもしれないがそれは仕方がない』とのことだった。
……なんというか、エルフってのも大変なんだなあ。何?こいつらはこいつらで『切り捨てられるかもしれない』っていう人達なの?大変だね……。
が、まあ、これについてミシシアさんとしては思うところが色々とあるらしい。
「……なんかさ。私が『切り捨てられた側』だから、あの人達も一回こっち側に来ちゃえばいいのに、って思ってるんだ」
ミシシアさんはいつもの元気な様子はどこへやら、曇り空のような顔でそう話してくれた。
「役立たずだからお前は要らない、って、言われてみればいいんだよ。里から追い出されて、どこにも行き場が無くなればいい。……それでも、私よりはできることが沢山あるんだろうし、全然、困らないんだろうけど。うん……だから、やっぱりちょっと、腹立たしい、っていうか……」
もやもやしたものを抱えたままであるらしいミシシアさんは、抱えたミューミャを撫でたり揉んだりしてミューミュー鳴かせつつ、深いため息と共に吐き出した。
「……私、意地悪なこと、言ってるよね」
……そう。
ミシシアさんはどうも、いい人すぎるようなのである。
「うん。でも意地悪でいいんじゃないの?大いに結構でしょ、これくらいなら」
ミシシアさんが悩んでいるみたいなので、その分俺がスッパリ行くことにする。……とはいえ、俺も色々と、こう、今回のこれには思うところが沢山あるけどさ。
「舐められちゃうと、パニス村自体が危うくなりかねない状況だったし。実際、エルフは俺達を舐め腐ってたんだろうし。なら、一回そこのところをぶっ叩いてでも直さなきゃ、真っ当なやり取りなんざできるはずがないじゃん?」
色々とね。思うところはあるんだよ、本当に。
……もっとうまいやり方があったんじゃないか、っていうのは、本当にそう思う。
俺がもうちょい器用なら、もうちょい、なんとかやりようがあったんじゃねえかな、と。それこそ、最初から舐められない立ち回りができた可能性はあるし、今回のエルフ5人組が出てくるより先にエルフの国とやり取りを始めておくとか、色々、採れる手はあったと思う。
今回のコレについては、もっと上手くやれる余地はあったと思うし、そうした方がよかった、ってことも思い当たる。これについては、自分の能力不足を否定するつもりは無い。
だが、現状が俺達の精一杯だった。
その上で、自分達の立場を譲る気も無い。
「これでよかったんだと思うよ。本当に」
「……そうかなあ」
「うん。ついでに、エルフ側はね……少なくとも、人間側に干渉したいんだったら、人間のことを知ってから干渉すべきだと思う。知りもしないものを自分達より何もかも劣ると決めつけて滅ぼそうとするのは、俺達にとって、そして俺達以外にとっても、悪なので……」
俺が俺の考えを話すばっかりになっちまうが、ミシシアさんには、まあ、あくまでも参考程度、ということで聞いてもらうとして……。
「人間のことが嫌なら、干渉しちゃいかんだろ。或いは、圧倒的武力で制圧したいんだったら、当然、圧倒的武力で制圧されることは覚悟の上で来てほしいし」
「うん」
「だから、ミシシアさんの気持ちが少しわかるかも、っていうことなら……今回のコレがそのきっかけになるかも、っていうことなら……それは、よかったんじゃねえかな、と、誠に勝手ながら思う次第」
……俺が『いかがでしょうか』という気持ちでミシシアさんの方を見ると、ミシシアさんは幾分、すっきりした顔になっていた。
「私はさ、あんまり頭がいい方じゃないから、あんまり自信無いけど……でも、堂々としてなきゃなあ、って、思う。パニス村と、皆のためにも」
「うん。それがいいと思うぜ。俺も、ミシシアさんがそうであった方が嬉しい」
まあ、ミシシアさんとしては、かなり色々思うところがあると思うし、それがすぐに解消されるものじゃないっていうのは確かなことだと思うんだけど……まあ、彼女には、元気でいてほしいもんだね。
はい。ということで、ちょっと状況確認ターンだぜ!
「まず確認なんだけど、俺達というか、パニス村およびこの国が今置かれてる状況って、面倒じゃん?」
「そうだねえ……えーと、国内で教会から『王家に鉄槌を』って声明が出てて、その教会は国外追放になった元大聖堂の司祭達に操られてて、その元大聖堂の司祭達がエルフの森に入ったらしい、っていうところ?」
「ああ。で、今さっき、ここのエルフ達5人組から、『元大聖堂の司祭がパニス村に世界樹があるっていう話をしてきた』っていう裏取りができた。つまり、元大聖堂の連中はどうやら、エルフに助力を仰いでいるっぽい」
状況確認だが、俺達は今、完璧に国同士の争いに巻き込まれている訳である。
本来、元大聖堂の連中が、自分達が自国に戻りたいがために第二王子派を動かそうとしているところで、その一端としてエルフを味方に付けようとしている。で、エルフを味方に付けようとした過程で、『パニス村ってところに世界樹の噂がありましたよ!』とか言ったに違いない。
「一方、エルフ5人組の話の片鱗から、どうもエルフ達は元大聖堂の連中に対して、別にいい印象は持っていないっぽいことが分かる。世界樹についても嘘だと思ってて、嘘が嘘だっていう証明のためにここに来たらしいからな」
……多分、元大聖堂の連中は、エルフに助力を仰ぐのに失敗している。多分、エルフの高慢ちきな性格が災いして怒らせたとかだと思う。
で、その怒りの矛先を自分達以外に向けさせるために、わざとパニス村の名前と世界樹の噂を出したんだろうなあ!本当に碌なことしねえなあいつら!
「なので、まあ……本来、エルフが想定していた通りに事が進むと、『世界樹は嘘だった。嘘を吐いた大聖堂の連中を潰す。あと愚かにも世界樹の嘘を蔓延らせている人間も殺す』ってことになるんだよな」
「うん」
「それは当然、まずい。なので俺達はまず、このエルフ5人組をとっかかりにして、『世界樹は嘘じゃないです』っていう話に持っていくか、『そもそも世界樹が嘘だったとしても人間を殺すんじゃねえよハゲ』って話に持っていくかしないといけない」
「ハゲ……?」
続いて、エルフの今の状況だが……どう考えても、ここを滅ぼすことを決めている!
どういう理屈かは分からんが、エルフはどうも、『人間が世界樹関係の嘘をついていたら滅ぼしてよい』と考えているらしいので!マジ意味わかんねえ!
「まあ、後者は多分、全てのエルフの意見を一致させてもらう都合上、不可能に近い。でしょ?ミシシアさん」
「うん。残念ながら、エルフの中にはやっぱり人間が嫌いなエルフが多いと思うよ」
だよねー。だからこそ、ミシシアさんの扱いもこんなに軽いんだと思うし。排外主義は排外主義で別にいいんだけどさあ、他所にずかずか踏み込んでいってまで排外するタイプの排外主義はマジで迷惑だからやめてほしい。お前らの方が外から来たんだぞ!?ってこっちとしてはなる。
「よって、『世界樹は嘘じゃないんですよ。だから俺達人間は別に世界樹の嘘を蔓延らせてないので、エルフにいちゃもんつけられる筋合いは無いよ』ってことにしたい」
というわけで、そうなる。というか、こうにしかならない。
しょうがない。エルフという、本当にクソ迷惑な価値観の連中が居る以上、しょうがない。そしてその連中と真っ向から武力衝突するのは賢くないんで、やっぱりここは世界樹を見せるしかない訳である。
が……そうなると、気になるのはミシシアさんだ。
ミシシアさんにとって、世界樹は大切な存在であるはずだ。それは俺も聞いてるし、普段からミシシアさんがダンジョンの底の世界樹の世話をしている様子とか見てると、本当にそうなんだなあ、って思うし。
だから、こういう風に彼女の世界樹を利用するのは、少し躊躇われるんだが……。
「……なので、世界樹は確認させたいんだけど、いいかな」
「うん!そうしよ!」
だが、ミシシアさんは元気にそう言ってくれた。
「私、あの人達に世界樹を見せたい!……私が植えて、育てた世界樹を!」
……うん。そういうことかあ。
「……それも、いじわるかなあ」
「いや、そんなことないぜ!いいと思うぜ!見せようぜ見せようぜ!」
「しっかり認めさせてやればいいさ。ミシシアさんがこれ以上、軽んじられないように」
世界樹がエルフの誇りだっていうんなら、エルフ達にはミシシアさんの世界樹を、しかと見てもらおうじゃないか。
……ミシシアさんをバカにする奴らを、ぎゃふんと言わせてやるのだ!
ということで。
「はい。ミシシアさんの許可が下りたので、あんた達に世界樹を見せてやることにしました」
気絶から起こしたエルフ達にそう告げたところ、エルフ達はちょっとざわついた。まさか本当に世界樹があるのか?というところだと思う。
一方、寡黙な弓エルフは小さく頷くばかりである。『やっぱりあるんだな』みたいな反応。そんなに驚いてない。……ってことは、こいつはジェネリック君の登場とかで、ある程度この展開を予想してたんだろうな。いいねいいね。俺、多分このエルフとは仲良くやれる。
「その後で全員個室に入ってもらって、1人ずつ相談無しでお手紙書いてもらうね。当然だが検閲はする。あと、あんまりひでえ内容を書いた奴は当然、そういう覚悟があってやったものと考えるからよろしくな!」
「分かった。それで構わない」
「じゃ、世界樹に向かおうか。安全のことを考えて1人ずつ連れていくから、残り4人は待機ね。あ、それとも、誰か代表1人だけ見ればそれでいい?」
「いや……全員が確認したい」
まあ、そうだろうなあと思っていたのでそこは了解。というかね、俺達としても、エルフ5人全員に見せたい。その方が、ミシシアさんをちゃんと見直してくれるだろうから。
「……じゃ、最初はそのおにいさんね。やかましくない方の弓の」
ということで、最初は寡黙な方の弓エルフを連れて行くことにする。まあ、一番話がまともに通じそうなのがこの人だからね。一方、寡黙な弓エルフは『何故?』みたいな、ちょっと訝し気な顔をしていたが、リーダーと目くばせして、お互いに小さく頷き合って、特に異論は無しとしたようである。助かる。
「じゃ、ここに乗せるね」
「は?」
「トロッコ。作っておいたから」
ということで、俺達は寡黙弓エルフをクソデカスライムごと、トロッコに乗せた。移動はクソデカスライムがやってくれるから非常に楽ちん。
「じゃ、しゅっぱーつ」
「しゅっぱーつ!」
俺とミシシアさんも乗り込んで、残り4人のエルフとリーザスさんはお留守番。リーザスさんは『行ってらっしゃい』とにこやかに手を振った。俺とミシシアさんもにこにこと手を振って……。
「ひゃっほーう!」
「この速さ、いいねー!」
……そして、発車したトロッコが、早速猛烈な下り坂を駆け下りていくのを存分に楽しむのであった!
尚、寡黙な弓エルフは静かではあったが、すごい形相であった!そっかー!エルフの里にはこういう絶叫マシン系の奴、無いんだね!?
……ってことはミシシアさんが喜んでるのは、かなり珍しい反応なのかな!ねえミシシアさん!やっぱりミシシアさんって、エルフ成分で変な人なんじゃなくて、元々が変な人なんじゃないですかね!
ということで、着きました最下層。今回のこのルートは、エルフ達が使い終わったら即座に潰して岩に戻すよ。まあ、移送のためだけの特別ルートだからな。
「はい、到着。ここからは徒歩で行くぜ」
「まあ、徒歩っていうか、スライムの徒歩だけれど……」
クソデカスライムが寡黙な弓エルフを閉じ込めたまま、もっちりもっちり……と進んでいく。もっちりしたペースではあるが、まあ、しょうがねえな。スライムだし。
「ほら、見えてきた」
それに、ここから世界樹まではそう遠くない。俺は、寡黙弓エルフと共に世界樹が見えるところまで進み……。
「……本当に、あったのか」
彼が目を見開き、世界樹を見つめるのを、俺とミシシアさんはちょっとドキドキしながら観察する。
さて、彼の反応はどうなることやら……。
弓エルフは、しばらくじっと、世界樹を見つめていた。その目には驚きがあったが、それはすぐ、驚きよりももっと静かな感情に上書きされていったようである。
「……確かに、世界樹だ。間違いない」
そして彼はそう言って、ちら、とミシシアさんを見た。
「これを、お前がやったのか」
「うん。この土地の神様に許可を貰って、この土地の力をいっぱい借りたけど……」
ミシシアさんは、ちらっ、と俺を見た。どうもどうも。土地の許可を出した者です。でもね、俺はミシシアさんみたいな人じゃなかったら多分、許可とか出さなかったと思うぜ。だからこれは、ミシシアさんがミシシアさんの力で育てたもんだと思ってるよ。実際、俺、ほとんど何もしてねえからな!
「……私が植えた世界樹だよ。これが、私の誇り。どう?」
ミシシアさんが少し緊張気味に尋ね返したところ、寡黙な弓エルフはしばらく黙っていて……そして。
「……見事だ」
そう、静かながら、はっきりと言った。
「お前は確かに、世界樹に認められ、世界樹の守護者となったんだな。ならば俺も、そう認めよう」
……ミシシアさんは、にこーっ!とした。
よしよし。この調子で他のエルフにも、バンバン見直してもらわねえとな!
「あ、じゃあ帰り道もトロッコなんですが」
「……そうか」
あ、もしかしてこの寡黙な弓エルフさんはトロッコ嫌いですか?そうですか……。
でも悪いけど乗せるぜ。俺は絶叫マシン、割と好きなんでな!




