おいでよダンジョン畑*3
パニス村に例の冒険者崩れ共……エデレさんのストーカーじみた奴らが来ている、らしい。
詳しい状況を聞く余裕は無いな。だが、気になるのは皆の安否だ。
「村の皆は!?」
「その……今、村の皆をこっちに逃がしてて……」
「でかした!いいよ!受け入れる!」
よし。それなら大丈夫だ。いいぞいいぞ。
……ミシシアさんとしては、申し訳ないんだろうな。俺に迷惑をかける、って思ってるのかもしれない。まあ、その気持ちは分からんでもないよ。
でも、俺としても、こう……もう、彼らとはもう、1か月くらいずっと一緒に農業やってる仲だ。彼らはいい人達だよ。ご飯とか服とか作ってくれて、あと、時々拝んでくれたり、撫でてくれたり、抱きしめてくれたり……いや、まあ、後半はさておき、とにかく、俺としては、彼らを助けるつもりくらい、あるんだ。
「いいの?……うん、ありがと、アスマ様!じゃあ私、しんがり務めてくるから!」
「わ、分かった!くれぐれも、気を付けて!」
「任せて!これでも弓は得意なんだから!」
ミシシアさんがまた木の枝から木の枝へ、飛ぶように移動していったのを見送って……さて。
「……よし。防衛の準備だ」
俺は、村の皆を守るべく、準備を始めるのだった。
ということで。
「はい。避難、避難ー。おいそっちのスライム!お前達もだぞ!」
俺は、やってきた村人をどんどん誘導して、洞窟の中へ入れていた。スライムも入れた。ほら、台風の時には犬とか猫とか植木鉢とかをしまえって言うし。スライムも犬か猫か植木鉢か、どれかには該当するだろ。
……さて。
「アスマ様……これは一体……?」
「あっ、説明は後で。ひとまずここに避難しといて。大丈夫。皆入ったら、入口は塞いでゴロツキが入れないようにするから」
村のお爺ちゃんが困惑するのも無理は無い。今、俺が皆に避難を促している、その先には……ついさっきまで無かった部屋がある。
……洞窟の中に、村人全員が入れるくらいの部屋、作っちゃったよ。新しく。まあ、秒でできたよ。流石のダンジョンパワーだぜ。
で、その部屋の入り口はこの後、塞いじまう予定である。で、完璧に閉じ込めちゃうと流石に何かあった時が怖いから、出口を洞窟の最深部近くの迷路からつなげることにして……後は、明かり取りと換気のため、高所に枯れ草の茂みでカモフラージュした天窓をいくつか設けて……という構造。これでよし。
そうして、新しい部屋に村人をどんどん避難させていく。病気の子は負ぶわれて来て、怪我で退役した元兵士は肩を貸されながら来て……なんとかかんとか、皆、無事にここまで来れたみたいだ。
「ああ、アスマ様!」
そして、最後に来たのはエデレさんだ。エデレさんは今にも泣きそうな顔である。
「アスマ様……ごめんなさい、私のせいで、こんなことに……」
あー……この人も大変だよなあ。美人さんなばっかりに……。ただでさえ旦那さんが亡くなって大変で、なのに1人でパニス村のことを切り盛りしなきゃいけなくて……そんな時に、これ、だもんなあ。
「俺は何も気にしてないですよ。村の人達だって、気にしてないと思います」
なのでせめて、俺は笑って返しておくことにする。悪いことしてない人が嫌な思いするのって、嫌だもんな。
「岩山の中は狭くて暗くて心配だろうけれど、もうしばらくの辛抱なんで……」
「……ありがとう、優しい神様」
エデレさんは涙ぐんでそう言うと、他の村の人達に『エデレさーん!こっちだよー!』と呼ばれて、洞窟の中に逃げ込んだ。
よし。これで後は、ミシシアさんだけだけれど……。
「……村の人達の時間稼ぎのために、戦いに行ったんだよな、多分」
……心配だ。すこぶる、心配だ。
彼女、魔法は不得意なんだって言ってたけど……弓は、どんなもんなんだろう。
相手は『崩れ』とはいえ、冒険者。戦うことを生業としている連中らしいし……いや、俺、未だにこの世界の『冒険者』ってのが何か、よく分かってないけど……。
……ミシシアさん、大丈夫だろうか。
ミシシアさんが来たらすぐに皆の部屋を封鎖するぞ、と、俺は洞窟の入り口でミシシアさんを待っていた。
……だが、ミシシアさん、来ない。中々、来ない。
いよいよそわそわしてきた俺を、村の人が『アスマ様も避難した方がいいんでねえか!?』と連れて行こうとしてくれたんだけど、『俺はこのダンジョンの神なので』とお断りした。流石に、俺まで引きこもる訳にはいかないからな。
……そうして、村の人をまた部屋の中に戻して、ミシシアさんを待っていると……。
ヒュッ、と、矢が飛んできた。
「うわあおー」
思わず間の抜けた声が出ちまったが、とすっ、と地面に刺さった矢を見て、俺はすぐ、はっとする。矢には、手紙が結びつけてあったのだ。
俺は慌てて、手紙を開いて……。
『すぐ閉鎖して!』
……そう書いてあったのを見て、俺は迷わず、村人達が入った部屋の入口を閉鎖した。
閉鎖して、ほんの数秒後。
喧騒が聞こえてきて、そして。
「アスマ様!ごめん!連れてきちゃった!」
……矢が尽きたらしいミシシアさんが、半泣きで駆けこんできたのだった!
そしてその後ろから……絶対ゴロツキだろ、って連中が、どかどか走ってやってくる!わあああー!
「でかしたあああ!無事でよかったああああ!ほら早くこっちぃいい!」
「アスマ様ぁあああ!ごめんねぇええ!」
……ということで、俺は半泣きのミシシアさんと一緒に洞窟の中へと駆けこんだ。後から冒険者崩れ共も追いかけてくるが……洞窟に入っちまえばこっちのもの。
この迷路の中じゃ、俺に圧倒的な地の利がある。だから……。
「おっと。逃がさねえぞ……!」
……だが、その俺の腕が、掴まれていた。
油断した。いや、言い訳させてほしい。俺、小学生ボディなんだよ!大学生ボディのつもりで動ける気になってたら、全然そんなこと無かった!はい!言い訳終了!
「離せ!アスマ様を離せ!」
更に、俺が捕まったのを見て助けに来ちゃったミシシアさんまで、捕まってしまった。弓が得意とは言っても、こうして単純な力で抑え込まれたらどうしようもない。俺も同じく。
「こいつ、よく見たらエルフじゃねえか?なら……高く売れるよなあ?」
……だが、当然、このままではいられない。
俺自身もなんかヤバいだろうし、ミシシアさんは分かりやすく『エルフっぽい』という価値がある分、もっとヤバい。
だから何としてでも、この状況を脱しなければならない訳だ。
ここから俺が取れる手段は、『分解吸収』か『再構築』な訳だが、何を消して、何を再構築すればいいだろうか?
ここから一気に地面を削るように分解吸収していけば、洞窟のどこかの迷路の通路に行き当たる可能性が高い。そこで転落するのを期待して、俺とミシシアさん用に水を用意して着水する、とか……?
或いは、ここで檻でも再構築して、すぐにこいつらの頭上から落とす、とか……?
いや……もしかして、そもそも、この冒険者崩れ共を……こいつら自体を、分解吸収することって、できないのか?
はい。できませんでした!
だよね!そりゃそうだよね!生きているものを分解吸収しまくれちゃったら、流石にまずいってことは俺にも分かるよ!
ついでに、ちょっと試してみたんだが、ゴロツキ連中が持ってる武器とか防具とか。それらも分解吸収できないっぽかった。なんだろ、所有権が俺に無いからか?
……で、更に、だ。
「出てこない!」
「うわ急に何叫んでやがるこのガキ」
今すぐに上空に檻でも出して降ってくるようにしよう!とか思ったのに、それもできない!
地面からにょっきりタケノコとか生やして奴らの足元を掬おうとか考えても、それすらできない!
……どうやら。
俺、このダンジョンにおいて……俺以外の誰かが居る周辺には、物体を再構築できない、みたいな、そういうルールがありそうである。
いやいやいや、おかしいだろ!そんなルール今まで無かったって! だって村の人達が居るところで、俺、何度か建築してるし!なんで今になってこんなんなってんの!?
アレか!?敵対しているかどうかとか、そういうのがフラグになって判定されてんのか!?敵対してる奴が近くに居る時には何も出せないってことか!?駄目だわかんねー!まさかこんな仕組みになってるとか誰が思う!?
……とは思うが、今はそれどころではない。
この状況を脱するために、なんとか……なんとか、こいつらを洞窟の中へ誘い込めればいいんだ。
洞窟の中にさえ入っちまえば、地の利がある。俺くらいしか通れない割れ目がある通路なんていくらでもあるし、ミシシアさんは通れてもあいつらが通れない通路だってまあ、確かいくつかある。
それに、事前に準備したトラップだってあるわけだ。だから……洞窟の中へさえ、入れれば……!
「へへへ。おい、このガキもついでに売り捌こうぜ」
「エルフの女にガキが1人か。まあ、悪くねえな」
……俺とミシシアさんを捕まえて、連中が下卑た笑い声を上げている。
それを聞いて、俺は思い出した。
そういえば俺、今、小学生ボディなんだったなー、と。
「痛いよぉ……」
ということで俺は、泣き出した。見ろよ。男子大学生による渾身の演技だぜ。
ぐすぐす、とやり始めた俺を見て、ゴロツキ連中は『うわめんどくせ』みたいな顔をした。そうだよな。俺もお前らの立場なら多分同じようなことを思うよ……。
だが俺はその上を行くぜ!
「もういじめないでよぉ……ダンジョンの宝物ならあげるからぁ……」
「……宝物?」
ほら見ろ。反応した。
「宝物、ってのは何だ?」
「うん……あげるから、おねえちゃんのこと、放して……」
俺は尚もぐすぐすしながら、要領を得ないガキのセリフを漏らして、連中の興味を引きつつ時間を稼ぐ。
「そんなもんがあるならさっさと出せ!」
「いじめないで!いじめないで!」
蹴られたのでその場で丸くなる。……ミシシアさんがものすごい形相してるけど、もうちょい。もうちょいだから!もうちょい!
「あっち……あっちにあるから……」
……そして俺は、ぐすんぐすんと泣きながら、洞窟の入口を指し示してやった。
さあ、釣れてくれ!
 




