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ハロウィン

————小早川に憧れを抱いた日の事件を思い出したハロウィン前夜。唯は夢を見た。亡くなった母が物凄い形相で必死に何かを河原の向こうから叫んでくるのだ。




「デート頑張ってって事かな?ありがとうお母さん!」




唯は呑気にその日を過ごし、少し早めにお昼を食べて片付けをしてから、ハロウィンデート用の服に着替えて身支度を整えた。しばらくして部屋をノックする音がした。




「はーい!どうぞ!」


「唯ちゃん。アメリさんと音々さんが来てるよ!」


「今行きます!」


「……唯ちゃん。きれいよ」




小柄で少し白髪のある女性は優しく微笑み、唯も恥ずかしそうにちょっと俯いて微笑んだ。




「先生ありがとう!」


「どうしても行くの?」


「え、行っちゃまずいの?片付け終わったけど」


「よくわからないけどなんだか心配なの」




真顔で真っ直ぐに唯を見上げる先生。唯はちょっと俯いたが、顔を上げてキッパリと言った。




「ドタキャンは受験生なのにわざわざ時間を作ってくれた先輩に申し訳ないよ!」


「……貴方は凄く思い込みが激しくて、あまり人の話を聞かなくて、色々な人に心配や迷惑もかけるけど、優しい子だわ。私もみんなも貴方がとっても大好きよ」


「せ、先生、どうしたの」




今にも泣きそうな目で先生は唯の肩に手を伸ばした。




「気を付けて。何があってもちゃんと無事に帰ってくるんだよ。約束。困った事があったら電話してね」


「は、はい」




ただのデートなのになんでこんな悲壮感があるんだろ?と脳を巡る血液がハテナ型になるくらい疑問を感じた唯だったが。素直に頷いた。そして先生と入れ替わりにアメリと音々がやってきた。




「お邪魔しま…ゆ、唯ちゃん…本気なの?」


「失礼します。な、何考えてるの!重っ!」




ドン引きする二人。唯の仮装は、純白のウエディングドレスだった。




「紫先輩のお姉さんが、結婚式で新郎に逃げられた時のドレスだからいらないってくれたんだ。きれいでしょ」


「呪いのアイテムじゃん!」


「メガちゃん酷いよ!せっかく素敵で豪華なドレスくれたのに!袖付きヴァンパイアタイプだし、丈がドレスにしては短いから動きやすいよ……む、胸元はちょっと緩いかな…お姉さんスタイルいいんだね」




ボレロを羽織る唯に、アメリは心配そうに言った。




「エンパイアだよ。でも大丈夫なの?」


「お姉さんは今は優しいハイスペ彼氏出来て元気だって!良かったね!」


「いやそれはそれで良かったけど…これは小早川先輩もドン引きだよ」 


「小早川先輩はなんでもいいって言ったから!なるべく目立った方が見つけやすいって!」




アメリと音々は溜息を吐いた。




「とりあえずメイク道具持ってきたから、ちょっとだけ直すね。唯ちゃんも上手になったけど」


「ありがとう!」


「私はちょっとこの髪飾り今だけ借りていいかな」


「どうぞ!音々ちゃんも花似合うから髪飾り似合うと思うよ!」




屈託無く、無邪気に微笑む唯を見て、音々は背を向けて少し鼻声で言った。




「わたしは唯は少しはかわいいと思うよ…少しは」


「私も…」




アメリの手も心なしか震え、机に涙が落ちる。




「人生最大級のおしゃれしてるんだから少しじゃなくてきれいとかかわいいって言ってほしい!それにこれからデートなのに、なんでみんな戦地に行くみたいな空気なの…」




そうだ、愛は戦いか。そう思った唯は目を閉じた。彼女の脳内ではサッカーの入場曲が流れ。気合が入っていく。




「今日で決着をつける。守ってね、お母さん」




唯は胸にかけた母の形見のペンダントを握りしめた。そして、どこかへ電話をかけた。電話を切った唯に、アメリと音々は驚愕の表情を見せた。




————唯は施設の先生や子供達やアメリや音々に見送られて出発し、遊園地の最寄りの駅に約束の10分前に到着した。




「小早川先輩!お待たせしてすみません!」


「今着たばかりだから大丈夫だよ。真田さん綺麗だね…あれ、スニーカーなんだ」


「予算がないのと先生にスニーカーが良いと言われて…みっともなくてすみません」


「真田さんはスニーカー似合うよ」



小早川は一瞬だけ険しい目付きをしたが、すぐに国宝級のキラキラした笑顔を見せた。唯は思わず【ありがたや…ありがたや…】と拝みながら見とれていたが、車が少し歩道側に寄って来た。




「危ないです」




唯は小早川を引き寄せ、自分は車道側を歩いた。




「今日はお忙しい中、わざわざお時間をいただいて嬉しいです!ありがとうございます!」


「僕も真田さんに遭いたかったから嬉しいよ」


「あ、ありがたき御言葉です……」




唯は顔を真っ赤にして少し俯き、小早川を横目で見た。横顔もきれいなEラインを描いており、唯はうっとりした目で彼を見ながら歩き出した。途中黒猫が横切ったり犬が吠えてきて追い掛け回されたり転けそうになったり色々あったが。暫くして遊園地に着いた。コスプレをした人や華やかな飾りつけでジェリービーンズのようにカラフルになった会場で、唯は歓声を上げた。




「みんなおしゃれ!すごい!先輩!ティーカップ乗りませんか?」


「僕はちょっと着替えて来ないと」


「そうでしたか。ではあの大きな木の下にいます」




小早川は首を振って、遠くの、人気のない場所の塗料が剥げかけたベンチを指さした。


「いや、あっちのベンチに座って待っててくれるかな。立っていると疲れるよ」


「……承知しました」


「またね」




小早川はニコッと笑うと更衣室へ消えていった。なぜだか、その笑顔は唯を凍りつかせた。




「何だろう。どこかで見たような笑い方だ……」




ベンチに座った唯は寒気がして思わず身震いした。小早川の笑顔の不気味さだけでは無く、なんとなく嫌な予感がした唯は立ち上がろうとした。しかし。




「動くな。振り向くな。大声を出すな」




気配を感じて逃げようとした唯の首筋に、ひんやりとした固い感触がした。




「お前は黙って家に帰れ」


「すみません目眩がするので待ってください」


「少しだけだぞ。医務室はこのベンチを背にして右にすすんで、トイレの右を通って、特設のポップコーンの赤い屋台の近くにある。そこが一番近い。そこで休んだらさっさと帰れ」




少し上擦った少年の声に唯は涙目で微かに苦笑いした。刃物を押しあてる少年の声の方がさっきの小早川の笑顔よりはまだ暖かく感じたからだ。




「信じたくなかったなあ」




唯は手にポツリと涙を落としながら呟いた。信じたくなかったが、小夜や夏輝の言う通りだろう…以前襲われた自分をわざわざ人気のない場所に一人で居させる、そんな無神経な事を気が利くはずの小早川がしたのは。わざとだ…そう唯は確信した。道で犬に追いかけ回されて困っていた時や、転けそうになった時にちらっと見た冷たい薄ら笑い、そしてスニーカーを見る冷たい目も、その考えを裏付けた。そしてあと一つ、唯が確信している事があった。




「本当は弱みを握られててやらされてるだけで、手荒い事はしたくないんですよね?」




少年は前回自分を襲った時、手加減していたのでは、と唯は気付いていた。今回も殺すのは簡単なのに脅迫するだけ。蒼達を使って夏輝を襲わせた時も…蒼自身の手加減したい気持ちもあったろうが怪我を負わせないようにしていた。それはつまり。本来乗り気ではないから…誰か…小早川に命令されたからだろう、と唯は思った。




「夏輝君や蒼君も訴えないと言っていました。残りの二人も名刺は回収したし蒼君が黙らせてくれました。私も何も訴えません。ただ、何も悪くない歴代彼女さん達の事だけ自首してください。小早川先輩は私がきちんと自首させます」


「…お前には無理だろ」


「初代彼女さんがいます」


「は?」



動機を聞かされてないのか、と思った唯は淡々と説明した。結婚を反対された初代彼女と結ばれる為に、自分の歴代彼女が不幸な目に遭うという状況を作り、縁談等を持ち込まれないようにした、と。




「そんなくだらない理由かよ!お、俺はそいつ等が極悪人で、そいつ等を襲えば金をくれるって言われて!いや、金目当てだから同じか…」


「歴代彼女さん達は善良で優しい方達です。貴方もそこまで悪い人ではないと思います」




自嘲気味に項垂れた少年を否定する唯。思わず少年は怒声を上げた。




「お前に何がわかる!小早川の正体すらわからなかっただろ!もういい!騙すわ脅すわ報酬未払だわの糞ヤロウめ!俺の手で小早川を終わらせてやる!」




そういうと少年は唯を開放し、鎌を持ったまま走り出した。その背中を追いかけながら唯は尋ねた。




「刃物振り回したら逮捕されますよ!やめてください!ちなみに遠野先輩を階段から突き落としたのは別人ですよね?貴方は171cmの私より少し低いけど同じくらいの身長の遠野先輩を襲った奴はそれより高かったみたいですから」


「そうだよ。流石にそこまでするわけないだろ!もう一人雇われてたんだよ!お前は生温いって!で、俺はお前を傷付けられないでクビだ!」


「どんな奴ですか!」


「泣きぼくろと首に傷があるイケメンらしい!っていうかお前目眩あるなら走っちゃだめだろ!」


「すみません目眩はウソです!」


「…そんな嘘つきだから歴代彼女でも最低最悪の狂人と言われて唯一嫌われてたんだな!」


「えっ……最低最悪って…」


「後、お前は本当に帰った方がいいから!ソイツが来るかもしれねーし!」



最低最悪の凶人と言われたショックで一瞬立ち止まった唯は追いつけず、死神のコスプレの少年は走り去った。



「泣きぼくろと首に傷のイケメン……まさか、昔の施設の……サイコパス?」



唯は真っ青になって、体の力が抜けそうになった。

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