唯の過去
※暴力描写や性的虐待描写があります
夏輝や小夜に小早川の悪事を暴露されても、唯は心のどこかでそれを信じたくない気持ちがあった。それは、小学生の時に辛い環境から逃げ出せたのは小早川のおかげだと思っているからだった。
選挙カーが喧しい声をあげる住宅街から少し離れた建物の庭で。背は高いがまだあどけないランドセルの女の子を、中学生くらいの少年少女達が意地が悪い笑みを浮かべながら取り囲んでいた。涙目の女の子は庭を横切って建物に入って行く男と目があった。
『せ、先生!助けてください!』
『唯は大げさだなあー遊んでるだけですぅ』
『違います!助けてください!助けて…お願いします…!』
ダメ元で叫ぶ唯だったが、男の言葉で地獄に叩き落とされた。
『楽しそうだな!程々にしとけよ!』
ニヤニヤしながらそう言って建物に消えていく男。少し大人びた雰囲気の少女は髪の毛をかきあげながら陰鬱そうに吐き捨てた。
『あいつは私の言う事聞くんだよ。胸触らせてやってるから…』
少女は暗く俯き、唯は絶望して泣きじゃくった。
『部屋に帰りたいです…そうじ当番も替わるから…通してください…』
唯は弱々しく訴えるが。悪魔達の被虐心は止まらなかった。
『アンタの両親、心中したんだって?キモ!』
『お前も死んだら?大好きな母親に会いに行けよ。連れてってやろうか?』
『お前の父ちゃんホストなんだって?変態の子!汚え!』
『違う!あいつはホストじゃなくて、単に女の人が好きなだけ……いだ!』
首に傷のある、リーダー格の力の強い少年は石を投げ。唯は帽子を擦った。
『お前が賢くなるように頭に石投げてやるよ!』
少年は無抵抗の唯に石を投げつけていく。唯は父に殴られている時の母を思い出した。
(たしかこう丸まって…頭を保護していた)
唯は丸まって帽子を被っている頭を手で抱えた。背中は剥き出しだが、お母さんが買ってくれたランドセルが守ってくれる、そう唯は思った。しばらくして石の嵐は止んだ。代わりに背中が引っ張られ、結はひっくり返った。
(しまったランドセルつかまれた。トゲトゲつけてなかったからかな…体かんをきたえてなかったからかな)
慌てて上体を起こそうとする唯だが。怪力の少年に上から馬乗りに二発殴られた。
『俺に逆らうからだよー』
『だって小さな子たちをいじめるから……ごめんなさい…』
震えながら唯は思った。もっと体をきたえれば良かった。3人相手じゃ勝てない。目はつぶろう…歯は生え変わるって先生が言ってたからいいか…刃物は持ってないみたいだしがまんしよう、と。
『こいつ凝りてねえな』
怪力の少年は泣き黒子が印象的な綺麗な目を細めてぽつりと言うと、唯の頭を抑えつけた。
『ただ殴るのはつまんないから首絞め遊びしよ』
『そ、それはさすがにやばいって!』
『も、ももういいでしょ、部屋帰ろうよ!』
真っ青な顔で止める手下達を無視し。レベル1、レベル2、と言いながら可愛らしい笑顔と甲高い笑い声を上げながら唯の首を締めていく怪力少年。最低限のモラルはあったのか、手下の少年少女は必死に怪力少年の腕を唯から引き剥がそうとするが。痩せた二人の力では歯が立たない。そこに救いの声が飛んできた。
『テレビみて!すごいこがいるの!すごいかっこいいの!サッカー!』
『あっ今日か。小早川かな!』
ちいさな女の子の声を聞いて何事もなかったように走り去る怪力少年。ポケットから何か光る物が落ちても一目散に走っていった。一方。涙目で咳き込む唯を無言で見ていた手下の二人は。女の子の咳が止まって落ち着いてから、落ちていたペンダントの汚れを軽くはたいて女の子に押し付けて少年を追った。
『大事なら隠しとけよバカ』
『あ、ありがと……』
それと入れ違いで頬に青い痣がある痩せた小さな女の子…恐らく小学校低学年の子が近寄って来た。
『ゆいちゃんわたしのせいでごめんね。だいじょうぶ?』
『大丈夫だよ。みおちゃん。気をそらしてくれてありがとう』
『かっこいい人がいるのはほんとうなの』
唯はみおに手を引かれて建物に入った。部屋のテレビには何人かの子供、そして職員がテレビに群がっていた。一番後ろだった唯は椅子に立つと、見えないとぴょんぴょん跳ねるみおを肩車した。
『怖かったら下ろすよ』
『こわくない!ありがとう……わ!こばやかわくんがぼーるカットした!10ばんの子だよ。まだちゅうがくせいなんだって』
『……すごい』
画面の中の少年は迫りくる相手を華麗なドリブルやフェイントで交わし、シュートを決めた。カメラが小早川をアップで映す。美しい笑顔で皆と仲良く抱き合う姿にゆいは釘付けになった。さらに小早川はGKからボールを奪ってシュートした。
『かっこいい…一人でも戦えるんだ……1体1ならフェイントをかけたりうらをかく、数人相手ならすり抜ければいいんだ。お母さんもあいつの背後を狙って倒したってけいさつ官さんが言ってたな…』
ゆいの虚ろな暗闇の目は、夜明けを迎えた。まだ騒いでる子供や職員を横目に、ゆいは小さな子を肩車からそっと下ろして小声で言った。
(ごめん、みおちゃん。私は行かなきゃいけない)
(わたしもいく)
(今日はよっぱらい先生がいる)
以前【酔っ払い先生】に八つ当たりされて殴られた男の子は、脱走がバレてさらに殴られた。
(でもここもあぶない)
ゆいが肩車から下ろした小さなみおは、ゆいの手を両手で握ってそう言った。ゆいは少し震えているその手を握ってそっと外へ出ようとしたが。脱走経験者の男の子はそれに気がついて、ゆいとみおを隠すように立ってから囁くように言った。
(裏口からいけ。庭はやつがいる)
(ありがとう)
無人の出口から出れたゆいとみおはなんとか施設を出た。
『どこいくの』
『近所の病院も小学校もだめだったから、となり駅の小児病院。交番とちがって、さいあく連れ戻されてもごまかせる。みおちゃんもみてもらえるよ…信じてもらえたら』
『わたしじょゆうめざしてるから』
その後、二人は病院に行き、事情を話した。
『たすけてください…わたしとゆいちゃんはころされかけました…せんせいにはなしても、たすけてくれません…うわぁぁぁん』
後に人気女優になるみおは、言葉通り看護師達が涙する程のスピーチをし、二人は保護された。安全が確保された二人は施設の状況を暴露して、サイコパス怪力少年以外の保護を訴えた。
『ある先生は酒くさくてよく暴力をふるいます。わざとじゃなく食べ物をちょっとこぼしたとか、返事の声が小さいとか、ささいな事で殴ります。違う先生もいじめを笑って見過ごします。私もみおちゃんもころされかけたし他の子も殴られたのに。その先生に胸をさわられた子もいます。他の先生も見て見ぬふりです。食事の量を気分でへらされたりもします。親が面会に来ない子は差別されたりバカにされます』
『ひどい……』
絶句する看護師達、泣き出すゆいとみお。その後、脱走未遂した男の子と胸を触られた少女の証言、さらに変態先生の個人用コレクションが発見された事により、虐待をしていた施設の職員はクビ&裁判になった。一方。
『唯ちゃんがお母さんの所に行きたいと言っていたので、迷ったんですがやってしまいました…ごめんなさい』
そう涙ながらに嘘をついたサイコパス怪力少年も手下達の謀反、被害に遭った児童達の証言、さらにみおの頬の痣、ゆいの首の痣が証拠の1つとなり、他の専門施設に収容されて裁判となった。なお、見て見ぬ振りをしていた職員は知らなかったと誤魔化そうとしたが。他の児童達の証言やゆいの日記、さらに。
『あの人達はやばい。自分の身を守るには子供達に犠牲になって貰うしかない。いつかは出て行くんだから多少殴られたり体触られても我慢して欲しい』
『注意して逆恨みされたら面倒くさいしほっとくよ捨てられた子の証言なんてみんな信じないでしょ味方になってもメリットないしねー』
『胸や尻を触られたくらいで何度も相談しないで欲しいし、それくらいで泣かないで欲しい。本当に鬱陶しい』
他、友人や他の施設の先生に話した見るに耐えないLAINの内容も明るみになって職を辞した。まさにクズ職員オールスターwithサイコパスという逆奇跡な施設は解体。子ども達はそれぞれ他のまともな施設に行く事になった。不幸中の幸いは、相談先の病院が虐待に理解があった事、後遺症や跡が残る【体の傷】は誰も無く、死人も出なかったという事、行き先がメンタルケア等がしっかりしたまともな施設だと言う事だった。
————小早川の思い出の回想から帰ってきた唯は、スマホを手にしてLAINを開いた。それは唯が一番心の傷を心配していた人からであった。
【ショップの正社員になれたよ。応援してくれてありがとう】
「おおー!良かった!」
唯は思わず笑顔で拍手してから、おめでとうございます、と返事した。
「先輩もトラウマを乗り越えてがんばったし、私も……ん?」
【ところで水を差して悪いけど、彼氏さんと別れて弟にしといたら?あと、驚かないで聞いてほしいんだけど、実は…】
「ええ…心配してくれてるのはわかるけどめちゃくちゃな事言うなあ!もう!」
唯は困ったように眉を寄せ【私は小早川先輩一筋です!】と返事をすると、ベッドに入った。この昔の施設の先輩のLAINの続きを読まなかった事を、唯は後に後悔する事になる。