卒業した先輩の説教は長くて辛い
去年卒業した小早川君ファンクラブ初代会長、田中楓。浪人生の彼女は予備校帰りに可愛い後輩の顔を見ようと、母校にやってきた。事前にそれを聞いた佳凜と汐里は後輩を巻き込むまいと思ったのだが。先輩だけを犠牲に出来ないと感じた後輩達は説教を受けると志願したのであった。
「皆さん弛んでいます!このファンクラブが何のためにあるのか考えなさい!今度からデートは尾行するのよ!捜査網を敷くのよ!」
不法侵入者を警察に突き出した華やかなチャイナドレスの美女は。舞台俳優のようによく通る声でホワイトボードをバンバン叩きながら説教を始めた。
「会長である私の不覚です。申し訳ありません」
「会長はよくやっております。副会長の私が努力が足りませんでした」
正座して頭を垂れる会長の佳凛と副会長の汐里。後ろの2年生数人が慌てて美女と二人の間に割って入った。
「わ、私達が不甲斐ないからです先輩達は悪くありません!色々なアドバイスをくださったり、勉強も教えていただいて私達にとってはとても素晴らしい先輩なんです!」
両手を上げて訴える2年生達の目を見た美女はウェーブした豊かな黒髪を震わせ、大きな黒い瞳に涙を溜めた。
「佳凛、汐里、貴方達はなんて健気で素晴らしい後輩を育てたのか!誤解をしていました。貴方達を叱った私が間違っていました。申し訳ないです」
「田中先輩……」
田中は正座をして頭を下げると、当たりを見回し、形の良い頭を傾げた。
「あら、紫が居ないわ。体調でも悪いの?見舞いに行こうかしら」
「紫は夏期講習です」
「志望校がD判定なんで頑張ってます」
「それなら仕方ないわね」
懸命にフォローする2人。だが。
「来るなと言われたし色々考えたけど一応最後だから挨拶にき」
紫は悲鳴を上げながら逃げた。
————————その後、小早川君ファンクラブは2年生に引き継ぎが行われたが。たまに田中がやってくるようになった。志望校A判定の佳凛と指定校推薦を取れそうな汐里は後輩の為に田中が来る日だけは顔を出した。紫は田中に絶縁状を叩きつけられ落ち込んでいたが。切り替えて勉学に励み、なんとかB判定まで成績を上げた。一方、唯はそんな事情も知らずに忙しくも能天気に過ごしていた。
「ねえ、死神と関羽とどっちがいいかな。ハロウィンデートだから仮装するんだ!」
季節は秋、もうすぐハロウィン。唯は頬を赤らめてモジモジしながら音々とアメリに尋ねた。
「ハロウィンデートでも死神と関羽はないわ。もっとかわいいのはないの?」
「音々ちゃんに同意かなあ。唯ちゃんはモデル体型だから大抵の服は似合うよ」
「でも小早川先輩は真田さんなら何でもかわいいって言ってたよ!」
言った後でキャッ!と恥ずかしそうに大きな両手で顔を覆う唯。それを見た音々とアメリは目を合わせて少し苦い顔をした。
「鈴木先輩のお姉さんがくれたワンピースはどうしたの。そもそも小早川先輩は本当に唯が好きなの?何でもいいとかさ。誕生日も忘れるし唯に関心がないんじゃない?」
音々の言葉にアメリは頷いた。
「唯ちゃんはきちんと弟さん達に聞いて小早川先輩が応援してるサッカーチームのグッズや、施設のみんなや私や音々ちゃんや空手部の子達が何度も試食して太鼓判を押した手作りクッキーをあげたのに。小早川先輩は唯ちゃんに渡すのが一週間以上遅れたし、しかもアマゾン川ギフトカードってどうなのかな」
「ワンピースはデート直前にケチャップこぼしちゃったんだよ……誕生日はほら、小早川先輩は受験生で忙しいし、グレゴリオ暦とユリウス暦を間違えただけだよ。私の誕生日はね、グレゴリオ暦に直した足利尊氏と同じ誕生日だって小早川君のお母様が仰ってたし。ギフトカードは私がお金がないからだし、まって、何言ってんの」
2人の言葉に唯は口を尖らせた。
「だって小早川先輩から恋人として付き合ってと言われたよ?空手部クビになりそうだった時だって先輩も力になってくれたじゃん!その時に面白い女の子って言われたんだよ!いわゆる少女マンガの【おもしれー女】だから!」
「コーチ殴りたての人間に普通アプローチする?」
唯は空手部のコーチが試合で負けた真面目な後輩に暴力を奮うのを見て、コーチをグーパンし。転んだコーチは尾てい骨骨折したのであった。
「パン焼き立てみたいに言わないで!ガタイがいいからコケるとは思わなかったけど、ちょっと悪かったかな。尻は鍛えてなかったんだね」
自分ももっと鍛えなくちゃ、と空気イスをしながらしみじみと言う唯。音々はドン引きした。
「おもしれー女じゃなくてやべー女だわ……」
一方アメリはもじもじしながら尋ねた。
「あのね…私も小早川先輩がおかしいなって思ってて…今だに【真田さん】呼びだし…その、唯ちゃんは小早川先輩に好きって言われたり身体の関係というかキスとか手つなぎとかは?」
アメリのストレートな問いに唯は顔を真っ赤にした。
「な、ないよ!まだ何も!とにかく来週のデートは尾行しないでね!」
そういうと唯はトイレへ向かった。
「おかしいなあ。何回かデートしたはずなのに手つなぎすらないって。それに歴代彼女さんは誕生日プレゼントは誕生日かその前に貰ったみたいだし手はつないだよね?」
アメリは首を小さく傾げた。音々も頷く。
「そうだね。そういえば初代彼女さんはどんな人なんだろ。アメリカに行ったらしい、という事しかわからなかったね」
「弟さんや従姉妹さんなら知ってるかな?唯ちゃんは過去は気にしないと言うけど……」
「もう様子見てる場合じゃないかも。脅迫状も着たでしょ」
「里見先生に相談しようか?」
「なんか顔広いらしいからそうしようか」
「ただいま!」
元気よく帰ってきた唯はスマホを見た。
「あっ、夏樹君からだ。ええと、小夜ちゃんと二人でカラオケ黒田にいる、凄く大事な話があるから来てほしいって」
音々とアメリはアイコンタクトした。
「私達も行きたい」
「いや何となく秘密の話っぽいからダメだよ。ごめんね!じゃ!」
「……気を付けて」
同伴を拒否された二人だが。結局唯が教室を出た後、彼女達は別ルートから走って追いかけた。途中で息を切らした音々をアメリはおんぶした。
「ち、ちょっだだじょぶなの?わ私お、重いから!」
「音々ちゃんはむしろ太った方がいいよ。駅でレンタル自転車借りて先回りは無理でも現場へ行こう」
「……ごめんねアメリ。ありがとう」
「任せて!」
————こうして二人もこっそりカラオケ黒田に向かった。
一方。先に到着していた唯は突然小夜と夏樹に頭を下げられた。
「本当は兄の事をわかっていたのに……唯さんを傷付ける事になって申し訳ありません。助けていただいた時に話すべきでした」
「あの薄汚い悪魔を少しでも信じたかった私が愚かでした。本当にごめんなさい……」
二人は泣きそうな顔で歴代彼女の皆様にも謝りたい、と俯いた。