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仲直り

小早川ファンクラブ会長の土屋佳凜は、現在の小早川の彼女である真田唯の正体を確かめるべく居住地へ向かった。

夏期講習がない日に、佳凛は唯の住んでいる場所へ来た。電話で【真田唯の素行調査と勉強を教えるボランティアがしたい】と伝えたらあっさりOKが出たのだ。




「バイトのシフトを緊急で替わるから会えないと急に言われてもね。……とりあえず手土産はゼリーで良かったかしら。まあこれだけあれば足りるわよね」




ライトグレーのシャツワンピースに大きなクーラーバッグを抱えた佳凛は、セーラーカラーのシャツに同じくクーラーバッグを肩にかけた紫を見た。




「なんで紫まで来るの」


「汐里ちゃんが、一人で大量のゼリーを運ぶのは辛いだろうから手伝ってあげてって言ってたの。私は佳凜と仲直りしたかったから来たの」




チワワのような潤んだ瞳で自分を見上げる紫に、佳凛はそっぽを向いた。




「バカじゃないの?仲直りも何も。裏切り者だとしてもそんな簡単に親友を辞められるわけないでしょ」




そう言うと佳凛は時計を見た。




「さあインターホンを押すわよ」


「うん!」


「押すわよ」


「うん」




佳凛の微かに手が震えているのを見た紫は勇気付けるように言った。




「大丈夫だよ佳凛!」


「べべつに緊張してなんかいないわ!」




そういうと佳凜は白い顔を少し赤く染め、深呼吸をしてからインターホンを押した。




「彩光高等学校三年の土屋佳凛と鈴木紫です。真田さんの素行調査と勉強を教えるボランティアに参りました。よろしくお願い致します」


「暑い中ありがとうございます。どうぞお入りください」




————こうして二人は唯の住居…児童養護施設に来た。




職員達と話をしてから、彼女達は子供達の夏休みの宿題の指導をした。施設にいるのは小学生が男子1人、女子2人。中学生の男子1人、女子2人である。




「ここはこの公式を使って……」


「本当だ!お姉さんすごいです!さすが進学校!」


「こ、これくらい当然よ!わからない事は何でも聞きなさい」


「この図形の問題は図で書くとね……こうなんだよ」


「わかった!」




しばらくして佳凛は時計を見た。




「そろそろおやつの時間ね。キリのいい所で休憩にしましょう」




皆で準備して食べ始めてちょっとして。佳凛は口を開いた。




「私の真の目的は、真田唯さんの身辺調査です!真田さんについて、ご存知の事をすべて教えてください!後で簡単なアンケートを配ります!」




紫は慌てて間に入った。




「か、佳凜はっ、私が憧れていた人の彼女について知りたいだけでっ、私を心配しただけでっ、面倒見が良いからみんなに勉強を教えたい気持ちもあって来たんですよ!」


「なんで過去系なのよ!一緒に推し活しようと誓ったでしょ!」


「だからそれを辞めたいってこないだ言ったの!」


「私達は受験生だしファンクラブ辞めるのはわかったけど推す気持ちは辞めちゃ駄目よ!」


「だってもう私は諦めて唯ちゃんを応援は無理だけど邪魔はしたくなくて…」


「歴代彼女さんなら構わないけど、あんな強引で空気を読まない人に小早川君は任せられないわ!」


「ゆ、唯ちゃんはおせっかいで強引だけど優しいし私の命を救ってくれたんだよ!佳凛ちゃんはちょっと頭が固いよ!……いだぁい」


「っねだうわね!」




顔をつねり合う二人。凛々しく清楚な美少女の佳凛の顔も、小動物のように愛らしい顔の紫の顔もムンクの叫びのように歪んだ。職員さん達は苦笑いしながら二人をそっと引き剥がし、中学生はどん引きし、小学生は抗議の声を上げた。




「ゆいおねえちゃんはさみしいときにそばにいてくれたの!へたな三つあみあんでくれたの!」


「たんじょう日にケーキを焼いてくれました。編み物いっしょにやりました。私はゆい姉さんが大好きです!」


「いじめられてたぼくに正しい戦い方を教えたくれた。戦いの先生です」 


「……ご意見どうもありがとう…」




黙り込んで腕組みする佳凜を紫はちらっと見て言った。




「頭が固いは言いすぎてごめんね。とりあえずゼリー食べよう?」


「私もつねったのは悪かったわ」




二人の様子が穏やかになった頃、中学生達が口を開いた。




「私もお姉ちゃんは好きだけど確かに強引でおせっかいだし距離感?近すぎかなーっていう気はします」


「突然ズカズカ踏み込んでくる所やものをはっきり言いすぎる所が苦手な人はいるかもしれません。私も最初は結構酷い事言っちゃったけど……」


「俺は唯姉と喧嘩すると、いつも俺が悪いと疑われるのが嫌だ!あと腕力至上主義で乱暴な所!我が強すぎてかわいくないしガサツだし胸が小さいし色気もないからモテないしイケメンに弱いバカだから詐欺に遭いそう…頭天パのクルクルパーだからな!…はっ」




少年は殺気を感じて息を呑んだ。 




「人を傷付ける言動はやめなさい!」


「自分が言われて嫌な事は言うなと言ったでしょう。唯の当番を一週間替わりなさい」


「あんた言いすぎ」


「最低」


「酷い…私が唯ちゃんの立場ならフリスビーで殴ってた…」




救いを求めるように少年は佳凛に振り返った。




「お、お姉さんはお、俺に同意だよね!」


「……私は身辺調査がしたいのであって、侮辱や誹謗中傷が聞きたいわけじゃないの」




仁王立ちした佳凜の色素が薄い灰色の目に見下された少年は、小さな小さな声でごめんなさい……と言うと、ゼリーをさっさと食べて食器を洗って部屋に帰った。


————施設からの帰り道。夕暮れのオレンジ色が深い紺色に変わっていく道を佳凛と紫を乗せた車は走っていた。




「無記名かつ他言無用を約束してアンケートを取ったけど、不満はあってもそれなりに人望はあるのかしら。みんな【唯姉さんをよろしくお願いします、交際を認めてあげてください】みたいな感じだったわ」


「一人ひどい子いたけど一応あの子も心配してるのかなあ」


「多分ね。弟だったらビンタしたくなったけど。流石にあれは言葉が過ぎるわ。……客観的に考えたら真田さんはそれ程悪い子ではないでしょうね。でも乱暴な所や強引でマイペースで人の話を聞かない所がどうも好きになれないのよ。上手く言えないけどちょっと怖いし。それにどう考えても気が利くが故に繊細な小早川君とは合わないわ」


「乱暴なのは私も人の事言えないけど、私も小早川君とは唯ちゃんは合わないんじゃないかなとは思う…」




えっ、と佳凜は驚いたように目を白黒させて紫を見た。




「なんていうか、失礼だけど小早川君には闇を感じるの。唯ちゃんみたいな陽キャラ強引系タイプは疲れるんじゃないかなって……でも、唯ちゃんはあんなに好きだから邪魔はしたくないの。小早川先輩に誕プレあげるんだってバイトも増やしてたんだよ?小早川先輩の為にお百度参りにも行ったって……」


「……私達が黙っていてもあの田中先輩が黙っているかしら」


「でも卒業なさったよ?」 


「そうだけど、先輩は志望大学に落ちて浪人中なのよね」




嫌な予感がする、と佳凛は呟いた。




———その1週間後。




「ウォォォ!」




大輪の花のように豪華で美しい女性は、雄叫びを上げながら教室のベランダに舞い降りた。彼女は持っていた長い棒を畳むと、真っ赤なチャイナドレスの裾やウェーブのある艷やかな黒髪を軽く整えてから教室に侵入。目があってそっと教室から出ようとした男に尋ねた。




「貴方はメッフィーとペータラビット、殴りあったらどちらが勝つと思う?」




メッフィーとペータラビットは、世界的ベストセラーな絵本の主人公でかわいいうさぎだ。決して殴り合ったりしない。女性の大きな黒黒とした目と赤い唇から発せられた謎のワードに男は逃げ腰で答えた。




「え、え?あっわかりませんなんですかそれごめんなさい失礼します」


「お持ちなさい。この高校の図書室にはメッフィーとペータラビットの英語版の絵本があって、一年生は感想文を…待ちなさい」




彼女は逃げようとする学生に先回りした。




「貴方どこか可笑しい。よく見るとうちの制服と少し違うし学校は髭禁止の筈…あら」




ナイフを突き出して突進する男を避け。彼女は後ろに回り込んで背中を棒で突いた。男は前のめりに倒れ、ナイフを落として呻いた。彼女は倒れた男の背中を棒で突いたり上履きで踏みつけた。さらに、自分の髪の毛を纏めていた組紐を解いて男の手首をきつく縛り上げた。




「防犯対策がなっていない。ご忠告申しあげねばなりませんね」




彼女は気絶した男を軽々と担いで、人気の少ない廊下をパレードした。




「これを始末したら可愛い後輩に会いに行きましょう」


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