紫と汐里と佳凜と謎
四天王なのにファンクラブを抜けると言い出した紫に怒りを覚えた佳凜は、彼女を家庭科室によびだした。一方、音々とアメリはある人物を訪ねた。
佳凛に呼び出された紫は、【貸切】と書かれた家庭科室に入った。
「し、失礼します……」
サラサラストレートのショートカットの頭をぴょこっと下げて、紫は部屋に入った。
「ナニコレ!!」
何箇所かの机にろうそくが計18本立っており、部屋の奥では佳凛が仁王立ちしていた。
「遅い!」
「か、佳凛…こ、これは」
円らな瞳を潤ませて怯える紫に、佳凜は冷たく告げた。
「貴女には炎の罰を受けて貰うわ」
縁は息を呑み、佳凜を見た。佳凛は小柄な紫を見下すように続けた。
「一人虚しくHappy Birthdayを歌いながらろうそくを消し、一人虚しく気持ち悪いぬいぐるみと過ごすのよ!怯えるがよい!」
高らかな声でそういうと佳凜は部屋の電気を消して部屋から出た。そこには欠伸をした汐里が待っていた。
「あのぬいぐるみ紫が欲しがってたやつだけど、渋谷店限定発売だよね。日曜日の朝にわざわざ並んだの?」
「違う!並んでない!たまたま通りがかったの!なんで裏切り者の為に!」
佳凛の透き通った灰色の目は冷たい光が灯り、声は甲高くガラスのようにひび割れた。汐里は呆れたように肩をすくめると、佳凛と部屋を覗き込んだ。紫は真面目に歌いながらろうそくを消していた。意外と速く完了し、汐里は感心したように言った。
「おー、全部消したか」
「汐里、もう行くわよ!」
「私はこの後紫と遊びに行くよ」
「あの子は裏切り者よ!だから私は今日は必要事項以外は口を聞かなかったのよ!紫の誕生日……正確には夜20時32分だけど誕生日なのによ!」
趣味は丸暗記の佳凜は、友人が言ったささいな事も忘れない。汐里はニヤニヤしながら言った。
「そんなこと言ったってさぁ友達だから。佳凜も行こうよ。それに仲間外れは禁止って会則忘れたの?」
「あぁぁあー!あなうたて!」
佳凛は怒りながら四股を踏んで雲竜型のポーズをすると、足早に去って行った。
「ファンクラブもそろそろ解散かな…私達も小早川君も卒業しちゃうし」
汐里は明るく華やかな顔を少し曇らせて、スマホを見た。そこには今とは違って眼鏡をかけて俯く佳凜や周囲を伺うようなオドオドした表情の紫、さらに。背が高い美少年が左上の楕円形の中にいた。
「武闘派の田中先輩が噂を聞いて出しゃばらないと良いけど……」
————その頃、唯の親友の音々とアメリは、小早川の元カノ……歴代彼女で唯一重症を負った14代目の彼女の病室にいた。ただし重病ではなく単純骨折で予後の良い部位の骨折、しかも退院間近なのに個室であった。
「お会いしていただきありがとうございます。突然ですが、先輩は襲って来た人物に心当たりはありますか?」
「ないって言ってるでしょ」
「友達が今、小早川先輩と付き合っているんです。前回のデートではいきなり襲われて…」
「そ、その子大丈夫だったの!?」
こわばった顔で思わず身を乗り出した彼女に、アメリは頷いた。
「はい。音々ちゃんから借りたスタンガン付き槍を振り回したそうです」
「そう…」
ほっとしたような長い息をはいた彼女に、音々は眼鏡をクイッと上げて続けた。
「犯人を庇っても得はしませんよ」
「得の為じゃない!本当にわからないの!」
患部を動かしそうになる彼女をとめながらアメリは頷いた。
「わかります。咄嗟に恋敵でもある友達を心配してくれる方が、損得で動くはずがありません。ただ、私達は友達が心配なんです」
「友達は救いようの無いバカで愚かで浅はかで、小早川先輩がどん底の時に救ってくれた神だと言う理由だけで深く考えずに付き合ってしまいました。この学校には奨学金で入ってるから、トラブルを起こしたり巻き込まれて退学になったらと危惧しています」
奨学金、という言葉に少女は目を見開いた。
「その子もなの?」
少女は思わず口を抑えたが、音々は小さな機械を持ち上げて言った。
「盗聴器は回収しました」
「音々ちゃんはお父さんが警備会社、お母さんが防犯用品の会社で働いていて詳しいんです。去年は私にセクハラする先生の家に……」
「ちょっ、ちょっと仕返しの為に置いただけだから!……言わないでくださいね」
いつもはクールな音々だが珍しく慌てて手をパタパタさせて少女に訴えた。少女は頭に手を当てていたがポツリポツリと語りだした。
「犯人は暗くてよくわからないけど、173cmもある私より背が高かったし、男性だと思う。それに…」
少女は少し言い淀んだが。意を決したように言った。
「小早川グループは結構強引なやり口で同業他社を潰してきたから、恨まれてるんじゃないかなって小早川先輩が言ってた」
「そう言えば小早川先輩も大事な大会の前に骨折させられましたね」
「小早川先輩は悪くないのに…酷いことをする……本当に…」
少女はギュッと布団を握りしめて涙ぐんだ。その後、少女から色々知ってる話を聞いた音々とアメリは、少女の友人から預かった授業のノートのコピー、友人から好物と聞いていたフルーツゼリーを渡して病室を後にした。その帰り道。アメリは悲しそうに音々に言った。
「優しくて綺麗な人だったね。警察に行ったり、小早川先輩と付き合い続けたら小早川先輩を襲うって言われて別れるなんて…悲しいね」
「……アメリは違和感感じなかった?」
「え?」
アメリはふわふわした髪を揺らして頭を傾げた。音々は当たりを見回してから小さな声で言った。
「いや先輩は疑ってないよ?犯人見つけて欲しくてやっと話してくれた感じだし、先輩の友人だけでなく、そのクラスの1番大人しそうで地味な先輩達ですら優しい人だって本心から言ってたように見えたから疑ってないよ。まあ私の方が地味だけど」
「人を地味地味言うのは失礼だよ」
ムッとしたように言うアメリに音々は宥めるように言った。
「わかってるよ!私が言えた義理じゃないし!でもね、そういう私みたいにカーストが低い人にも優しい人って事だよ。とにかく言いたいのはね」
「だからカーストって言い方も良くないよ。それでなあに?」
「アメリにも付き合ってもらってさ、歴代彼女さんに何人か会ったけど、みんな奨学金もらってて、自己犠牲が強いタイプで、優しくて、口が固くて、メンタルが強いんだよ。誰も警察行かないんだよ。庇ってるのなんて一人でしょ」
「そんな……」
顔が青ざめるアメリに音々は続けた。
「でも本人も怪我してるんだよね。だから意味がわからない。しかも初代彼女は行方が判らない。それに小早川先輩の妹さんや弟さんも怖い目にあったらしいから小早川家への怨恨の線だってある」
「……私達で警察に行くべきかな」
「唯に拒否されたし証拠がないでしょ。それに小早川先輩のご両親が何とかするんじゃない?」
アメリは黙りこんで天を仰いだ。
「唯ちゃんは自分で決着付けたいのかな」
「バカだからね」
「でも音々ちゃんも唯ちゃん大好きだよね」
「……私にとっても恩人だから」
音々は遠くを見ながら過去を思い出していた。
ーーー音々と唯は高校1年の時クラスメイトだったが、特別親友というわけではなかった。音々は気弱で人見知りで人間不信でぼっち、唯は音々にも声をかけていたが基本的に空手部の女子と過ごす事が多かったからである。しかし。体育祭をきっかけに音々は唯に恩義を感じるようになっていた。
『目賀がコケたからだぞ!』
『目賀さんがいなかったら紅組優勝だったのに』
『あーあー誰かのせいでー』
体育祭の全員リレーでコケたり800m走でビリだった音々はクラスで吊し上げにあっていた。当時、唯と音々のクラスは隣のクラスと仲が悪くて、そこには負けられないという空気だったからである。
『ご、ごめんなさい』
泣きながら謝る音々を見て、責める生徒を宥めたり、音々を慰める生徒もいたが。責める生徒の中にクラスの人気者がいたために収集がつかなくなっていた。そこに、他のクラスの友達と話してた唯がヘラヘラ帰ってきた。
『ただいまー』
『ゆ、唯ちゃん…』
唯の友人達は音々を励ましたり、背中を擦りながら事情を話した。唯はなるほど、と頷くとデカい声で言った
『体育祭に優勝したって体育の成績変わらないじゃん。お金もらえないよ。泣いて謝ってるメガちゃんをリンチしてるヒマあったらバイトしたいわ』
『お、お前何いってんだよ』
『確かに賭けに負けて3000円は損した人は気の毒だけどさー。先生にバレたらやばいし』
みんなザワザワし始め、唯に注目した。
『デタラメ言うなよ!誰なんだ言ってみろよ!体育祭を馬鹿にするやつはぶん殴ってやる!』
『い、いや、もうよそう。誰かを吊し上げは善くない』
声を荒げていた生徒達は静かになり、音々も無罪放免となった。
ーーー音々の過去話を聞いて、アメリは音々をヨシヨシ、と撫でた。
「辛かったね」
「でも、唯もだけど、友達でもない私を励ましてくれたり、庇ってくれた子達には感謝してるし、人間不信がちょっとだけ和らいだよ。ただ」
音々は低い声で言った。
「クズはいる」
「うん」
アメリも深く肯いた。