唯と小動物のような美少女
小早川ファンクラブ四天王の鈴木紫という小柄で中性的な美少女に決闘を申し込まれた唯。だが、思いがけないアクシデントが彼女達を襲った。
「いゃあああー!」
小早川君ファンクラブ四天王の1人・鈴木紫に呼び出された唯が指定時刻5分前に屋上に辿り着くと。少しキンキンした悲鳴がこだました。悲痛な声の先には柵、柵を掴む白い手。柵にぶら下がる紫を見た唯達は絶叫したくなるのを堪らえた。
「メガちゃんは陸上部!マット借りて!」
「り、りょ!」
「ちーちゃんは来て!」
「うん!」
唯は走りながら指示を飛ばした。メガちゃんこと目賀音々はスリムな体型の割にスローでぎくしゃくした動作で走り出し。ちーちゃんこと千歳アメリはほんのちょっとだけふくよかな腕をまくって唯を追いかけた。
「せーの!」
唯は右腕、アメリは左腕を引っ張って紫をなんとか釣り上げた。息を切らしてひっくり返った紫の細い腕に、唯は音々から借りたデジタル時計を巻いた。黒い画面に数字が並んでいく。心拍数が高い。
「…ちーちゃんサンキュー!」
アメリが電話をかける横で、唯は紫にジャージをかけながら答えた。
「大丈夫ですか?」
「…て、てきとはしゃべ…ら…ない」
そっぽを向いた紫を見て、唯は息を呑んだ。
「先輩まさか…じ」
「ち…ちがう!そんなわけないでしょ!」
紫は跳ね起きるとつぶらな瞳を細めて唯を睨んだ。唯はそんな彼女の視線を受け止めて長い息を吐いた。
「それなら良かったです。じゃあなんであんな事に」
「……柵に立って登場した方がかっこいいから……」
「危ないじゃないすか!もうこんな事しないでください!屋上使えなくなっちゃう!」
後輩に説教を喰らい、小柄な体を更に小さくした紫は、ポロッと呟いた。
「小早川くんは……かっこいい子が好きって言ってたの……だから…ずっと伸ばしてた髪も切ったの」
紫はうつむいたまま、言葉を続けた。
「でも……私かっこ悪い…」
両手で顔を覆ってポロポロ泣き出す紫の背中をよしよし、と唯とアメリが励ましていた頃、保健室の先生と音々がやってきた。両手で顔を覆ったまま中々振り返らない紫の顔を隠す様に、唯はジャージをかけた。
「明日返してください」
紫は心なしかぴょこっと軽く頭を下げて、ジャージを頭から被ったまま保健室に向かった。その様子を見ながら唯は音々とアメリにちょっと苦い笑顔を向けた。
「メガちゃんちーちゃんありがと!」
「唯」
「なーに?」
「同情はあかんよ」
音々は眼鏡をくいっと治して唯を見た。
「…うん」
唯はストレッチしながら空を見上げた。
ーーーー翌日。紫は唯達の教室にやってきた。
「これ。あ、ありがとう!」
押し付けるように渡された高そうなお菓子と洗濯済みのジャージには、手紙が添えてあった。唯がありがとうございます、体調はどうですかと言い終える前に紫は走り去ってしまった。
「三人で食べてって書いてある。これなんて読むの?」
音々とアメリは箱を見ながら感嘆の声を上げた。
「ゴディーバ。お歳暮とかで見る高級チョコだわ。凶暴な割にお嬢様だったのね」
「反省して気を遣ってくれたんだね」
唯は箱の包みを開けると中からはチョコを挟んだクッキーが出てきた。
「あのフリスビーは当たっても痛くないやつだし凶暴はかわいそうだよ、お、クッキーだ!美味しそう!さあ食べよう!」
唯はクッキーを一枚食べると、手紙をハサミで切って開けた。
「ふむふむわ昨日はごめんなさい、と。大丈夫ですよ」
そこには唯達へのお礼が丸っこい字で書いてあった。一見落着とのんびり笑う唯だったが、小さな声をあげた。小早川と付き合った人は皆怪我をしたり精神的苦痛を受けている事は既知の情報だったが。さらに。
「歴代彼女は運動神経が良くてメンタルが強い、全員血液型がО型以外」
音々は眉を潜めた。
「血液型占いを信用するタイプ?」
「もしそうなら小早川先輩はA型だからO型と相性は良かった気がするよ。ちなみに私はAB型だけどO型さんと相性悪いとは思わないなあ。小学生からの親友もO型だよ」
「じゃあ体質?O型の生物学的特徴は感染症に強くて血がちょっと止まりにくいとかだっけ?」
「うーん正直よくわからないけど、もしそれが本当で血がちょっと止まりにくいなら彼女が怪我したとかのトラウマがあるのかな…あ、ごめん唯ちゃん」
「ごめん臆測で色々言って」
「気にしてないよ大丈夫。ちょっと待ってて」
ちょっと唯に失礼かな、と見上げる二人。唯は首を擦ってから腹筋をしていた。