唯と14人の美少女
落ち込む唯を見た莉子は、小早川と別れた当時の自分と唯が重なって放って置く事が出来なかった。そこで、唯の気持ちがわかるであろう元カノ全員を集めれば彼女の気持ちに寄り添えるのではないかと考え、元カノサミットを計画したのだった。
都内の和室カフェを貸し切って、元カノサミットが始まった。集まるのか不安な莉子であったが。なんと15人全員揃った。付き合っていた期間が重なってはいなかったので、殺伐とした雰囲気もなく、どちらかというと同窓会という空気で皆は元気に自己紹介を始めた。
「市川莉子です。やられた事は酔ったカスの父に怒鳴られたり叩かれたり、金貨を何枚か豆まきみたいに顔に投げつけられた事です。幸い怪我はありませんでした。なお、カスは助けてくれませんでした」
「二宮葵です。やられた事はシャツを切り刻まれた事です」
「三沢さくらです。やられた事は体操着を盗まれた事です」
「四谷美羽です。私は上履きを盗まれました。」
「五島美咲です。私はローファーを盗まれました」
「六田結依です。テストの日に何度かペンケースを盗まれました。教科書を破られました」
「七森美優です。私は柔道着に脅迫文を書かれました。髪は自分で切ったのですが、何度周りに説明してもわかってもらえませんでした」
「八田凜です。時々弁当を盗まれたり水筒の中身が変えられていました」
「九井優奈です。机や椅子に脅迫文を書かれました」
「重田七海です。コンクールに出そうと思っていた水彩画に怪文書を書かれました。時間がなかったので事情を顧問の先生や主催者の方に話して、【見知らぬ人との合作】としてそのまま提出しました。入選したけど、落書きされた字ばかり褒められて正直複雑です……あと絵の具が盗まれました」
「東野結菜です。まっ白なおばけ…のコスプレイヤーに追いかけられましたが、逆にこっちが追いかけたら逃げました」
「冬馬優花です。私は死神のコスプレイヤーに追いかけられました。咄嗟に傘振り回したら逃げました」
「東山美月です。後ろから走って来た人に怪文書を背中へ貼られました」
「遠野心優です。神社でジョギング中、階段で後ろから押されて骨折しました」
大丈夫なの?と心配する皆。心優はふわっと微笑んだ。
「心配していただいてありがとうございます…今は後遺症も無く治りました。犯人も捕まりました」
心優はふっと隣を見た。目の下にはくま、表情にも光がなく、口も半開きな唯を見て、優しく肩を撫でた。
「無理しなくてもいいから……来てくれただけで充分だよ…」
もう吹っ切れて元気な皆に対し、唯だけはまだ先日の小早川の言葉が頭に包丁のように刺さっていた。しかし、どうして皆に伝えなくてはいけない事があった。彼女は震える手で原稿を読んだ。
「真田唯です。すみません。詳細は話せません。申し訳ないです。小早川氏は皆様に対し、今までの行いを反省して謝罪の意思を持っています。また、慰謝料も支払いたいそうです。皆様の電話番号が変わっていたり連絡が取れないとの事で、お手数ですが、以下にご連絡ください」
唯はカバンから人数分用意したプリントを出して配った。さらに全員のLAINに送信した。全員が受け取った事を確認すると、今度は先日の録音を音々に教わって編集した物(自分への暴言等をカットしたもの)を流した。仕事を終えた、と思った唯は虚ろな目で折れたひまわりのように頭をがくっと下げた。
「さ、真田さん!」
「横になりな!」
隣の心優と莉子は唯をそっと横たえ、カーディガンをかけた。
「ごめんなさい、感染症とかノロウイルスとか人に映るものではないです…熱も咳もないです…すみません……受験勉強とバイト疲れです……ご迷惑をおかけします」
「迷惑かけてないから!来てくれてありがとう!」
皆は唯を心配して飲み物を持ってきたり、落ち着いたら車で送るかとか病院に行くかとか声をかけたが。唯はちょっとだけ休ませて欲しい、皆さんはケーキとか注文してください、とだけ告げた。しばらくして唯が落ち着いて来た頃。唯の虚ろな目と時々首を触る動作を見ていて、心優は何となく気が付いた。彼女は唯の首の傷を学校で見たのだ。
「もしかしてカットされたのって真田さんへの暴言だったりしない?」
「ち、違います!違います!短くまとめただけです!」
皆は口々に、そう言えば編集が不自然だった、小早川ならやりかねない等、小早川への憤怒の空気が部屋を満たした。
「訴える気は無かったけど、ここまで人を追い詰めるなんておかしい!私は証言します!」
綺麗で優しい顔が般若になる心優。自分も証言に回ると言い出す皆。唯はしまった、と思った。
【お前は恐ろしいよ。有名人がやる手だろこれは。自分は《◯◯という場所でこういう事がありました。悲しいです》とだけ言ってファンに攻撃させるパターン。多分お前の場合はファンじゃなくて出自に同情してだろうけど。お前がもし無自覚でやってるなら逆にもっとこえーよ】
また周りを巻き込んでしまった、と唯は冷や汗をかいた。もし小早川が訴えられたら、小早川に唆された田中、何も悪くない小夜や夏輝が週刊誌に追われたり、会社に悪影響が起こる…どうしよう、そもそも示談で話は進んでいたから守秘義務がある…慌てた唯は必死に訴えた。
「申し訳ないのですが!私はお金が欲しいのでっ!皆さんも殺されかけたとか性的に何かされたとか健康を害されたとかでなければ訴えないで慰謝料もらってくれたら嬉しいです!勝手でごめんなさい!」
「真田さんがそこまで言うなら。私も元々訴えない方向だったから訴えません」
皆様に訴えるのをやめろって勝手で残酷で申し訳ない…そう思って深く頭を下げた唯だが。唯以外で大きな傷を負った心優が訴えるのを断念したのと、皆はお金で苦労した経験があった為アッサリ納得した。
「真田さんと遠野さんが訴えないなら私も訴えない。貰えるものは貰おう」
「証拠もないから裁判で勝てないしそれがいいかな」
「慰謝料で絵の具買おうかな」
「謝罪に来てくれた田中君が芋蔓式で何かあったらかわいそうだしね」
ありがとうございます、と唯は頭を下げた。そしてちょっと空気が落ち着いた所で、彼女は遠慮がちに口を開いた。
「ありがとうございます。実は皆様と小早川先輩に厚かましいお願いがもう一つあります」
それからしばらくしての事であった。季節は冬に差し掛かる時期である。
「これから小早川春翔の断髪式を始めます」
小早川は訴えられない代わりにたまに死人が出る厳しい寺に高校卒業後2年預けられる事になった。小早川の父母達が見守る中、歴代彼女は全員バリカンを持って順番に小早川の髪の毛を剃って行った。そして、唯の出番が来た。唯は真っ赤な目でフラフラしながら、順番を終えた背が高い葵とさくらに支えられて前に出てきた。しかし。空手部をクビになりそうで落ち込んでいた時に小早川がかけてくれた言葉、デートした時の言葉と優しい笑顔、そして本心ではなかったものの自分とは別れないと言ってくれた事を思い出して、座り込んでしまった。
『君は後輩を守って立派だよ』
『真田さんは何を着てもかわいいよ』
『そんなイタズラで別れるわけないだろ。僕は真田さんが大好きなんだ!』
唯の脳内でキラキラ輝く小早川と、そのサラサラした綺麗な髪。その髪を切るのは唯には苦痛であった。
「で、でぎまぜん…ごめんなざい…言い出しっぺなのに」
メイクが取れそうな程号泣する唯。彼女を支えていた葵、さくら、さらに歴代彼女達も涙を拭った。小夜と夏輝と莉子は思わず駆けつけた。
「唯さん無理しないで!」
「大丈夫ですか?休みますか?」
「唯ちゃん…疲れたよね。戻ろう」
葵とさくらも戻ろう、と声をかけたが。唯は首を大きく振って、呼吸を整えてから言った。
「私は重いのに…支えてくれて葵さんもさくらさんも…ありがとうございます…莉子さんにも…小夜ちゃんと夏輝くんにも…付き合っていた彼女の皆様にも…この場を設けてくれた小早川先輩のご両親にも感謝しています…もう大丈夫です…一人で立てます」
唯はバリカンを莉子に預けて会釈すると、ハリのある声で小早川に尋ねた。
「先輩の美しい髪を切るなんて私には辛いです。代わりに思い出の数だけ眉毛を抜かせてください」
ざわめきドン引きする皆、ビクッとする小早川。しかし小早川はナイフで傷つけられた唯の白い首筋が綺麗になっているのを見て、ほっとしたように長い息を吐いて頷いた。
「…それで済むなら安いものだ。抜けよ」
「やだこの子面白いわ!やっちゃいなさい!ヒヒヒ!」
小早川にそっくりな母は若々しく美しい顔で笑いながら毛抜きを差し出し、過呼吸寸前までけたたましく笑い転げた。それを横目で震えながら見ていた小早川の父は、後に多額の浮気の慰謝料を払って離婚した。一方、唯は頭を下げて丁重に受け取ると小早川に一礼して毛抜きを構えた。
「はじめでぜんばいをみだのは…」
「いだっ!」
唯は号泣しながら小早川の眉が焼け野原になるまでどんどんブチブチ抜いて行く。それと比例して、唯の心から黒く暗く沈んだ物も消えていった。




