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本音

遊園地で唯の宿敵は警察に捕まった。しかし初代彼女の莉子達が心配した通り、小早川の本性を知った唯は深いショックを受けていた。自分の何がここまで小早川を狂わせたのか、唯は小早川に直接聞く事にした。

 唯のキラキラしたべっ甲飴のような茶色の目は、焦げたキャラメルのように光を失い。いつも姿勢が良い背中は少し丸まっていた。出迎えた里見先生は一瞬だけ悲しげな三角目でそんな唯を見たが。すぐに優しく微笑んだ。  



「おかえり!どうだった?今日は唯ちゃんが好きなカレーだよ」


「楽しかった…ありがとう…」


「掃除当番とかは蓮が替わってるからシャワー浴びて着替えてゆっくりしなさい」 


「えっ」



 唯の目が一瞬だけ元に戻った。



「あっ、いや、当番やる。遅れてごめん。これは市川先輩にいただいたお土産なんだ。みんなで食べてねっておっしゃってくれたの。棚に入れとくね」


 そういうと、唯は小走りで家に入っていった。


「走らないで!足元に気をつけて!」



 里見は走りながら悩んだ。何かをやっていた方が元気になるのだろうか、それとも気力を振り絞っているだけなんだろうか…と。唯はわりと顔に出るタイプだから辛い時はわかるが、こんなに生気のない顔をしているのは初めてやってきたあの日以来だ……。そう思った里見は唯がこけないよう見守りながら、何が正解なんだろう、と小さく呟いた。




 ———莉子と会う数日前の事であった。唯は夏輝に頼んで小早川家の応接間で小早川と二人きりで話させてもらっていた。


『お忙しい中すみません。私の何ががいけなかったのでしょうか……どうか教えてください』



 唯の涙を溜めた瞳を見た小早川は眉間に皺を寄せ、苦悶の声を発した。


『全てだよ……』


『……え?』


『お前の見た目。考え方。行動。全部だよ!』



 小早川は目を見開き、忌々しい物を見るような目付きで唯の心を壁に叩き付けるように続けた。


『まず俺はお前みたいに体も態度もデカい女は生理的に嫌いなんだよ!守ってあげたくなるような、昔の莉子みたいに小柄で可憐で健気でかわいい女が好きなんだ!歴代彼女はまぁそこそこかわいかったがお前だけは嫌いだった!ブス!』



 唯は思わず耳を塞ぎたくなったが。確かに自分の出自や容姿、立ち居振る舞いや性格や能力等は小早川と付き合うには役者不足だと納得。続きを聞く事にした。



『そ、そうなんですか。態度が失礼だったり厚かましかったのはすみませんでした……なら、どうして私に付き合おうと言ってくれたんですか?』


『あの頃はちゃんとあいつに色々やらせて俺はアリバイあったのに何故か疑惑がかかってきてたんだよ。だから義憤からコーチを殴って部活をクビになった後輩を助けるっていう、皆が感動する空気を作りたかったんだ。それにお前と付き合ったら見た目で判断しない小早川君すごい!となるだろ』



 顎を突き出し、ソファーにふんぞり返って話す小早川。唯はだんだんそんな彼を見てももう感情も表情もあまり動かなくなってきた。そんな乾いた冷めた目に気付いたのか、小早川は身を震わせてクッションで顔を隠した。



『な、なんだよその目!お前が聞いたのに被害者面すんなよ!』


『失礼しました。他にはありますか』



 普段とは違う低く落ち着いた声で、淡々と警察官のように事情聴取する唯。小早川は目をそらして早口で呟いた。



『俺の周りの人間をどんどん取り込んで逃げられないよう包囲される感じが怖かった……。お前の両親が心中したキチガイって母さんに話したら、付き合いを反対してくれると思って会わせたのに…なんで取り込んじゃうんだ…。そんな状況で頑張ってすごいって…俺はもっと頑張ってる!』


『お母様が私に身を引くよう説得してもらいたかったんですね…』


 親公認!と勝手に舞上がっていた自分が恥ずかしくなった唯は思わず顔を覆った。一方、小早川の話は激しさ憎しみを増して続く。



『それなのに…夏輝も小夜もさぁたった一回たまたま助けられただけで信者になるし意味わかんねーよ!あんだけもっとかわいい子にしたら?と言ってたサッカー部の奴らもお前がマネージャーが足りない日に一回代わりに来ただけで半分は取り込んじまった!おかしいだろ!洗脳する薬でもやってんのか!』



 頬を紅潮させて、テーブルを叩きながら喚く小早川。途中心配した夏輝と小夜達が出て来たが、唯は大丈夫、と目線を送ってまた小早川を見た。



『母はキチガイじゃないし、薬も私は市販の睡眠薬しか服用していません。もちろん他の人には何も飲ませていません。あとは?』



『学校で毎日嬉しそうに話しかけてきたり、毎日LAIN送ってきたり、たまに電話してきたり…俺受験生だよ?デートに誘ったのも社交辞令だったんだよ?本当に行くのかよ俺受験生なのに。弁当作りたいとかも重いんだよ…そもそも俺金持ちなんだから貧乏人の素人料理なんか食べたいわけないだろ。もう別れたかったからお前に逃げ出して欲しくて襲わせたのにアイツはお前からも逃げ出すし、もう一人はナイフ持ってる癖に、薙刀や縄がトラウマってなんだよ。なんなんだよ?生物学上メスのお前らには勝てるはずなのにバカ?』


『それは彼が本当は人を傷付けたくない人だからです。もう一人……いやゴミカスは自分よりフィジカル弱い子にしかあたれない汚い肉塊だから論外です。……先輩が受験生という事に配慮が無かったのは申し訳ありませんでした。浮かれすぎて先輩の事を考えてませんでした』



 確かにそれは悪かったと素直に思った唯は頭を下げたが。小早川は舌打ちした。



『今更謝られてもどうしようもねえよ!謝ったらすっきりするもんなお前は!』


『し、失礼しました!不快ならもう切り上げます!』


『不快だけどお前のせいで時間あるんだよ!停学中だしな!』




 小早川は思わずテーブルを蹴りそうになるのをやめて、頭を抱えた。




『お前が天涯孤独でしかもいい子ぶってるから、もし俺がお前をふったら白い目で見られるからさ、別れる為に手紙書いたのに。なんで友人達の前で読んで友人達引き連れてクラスに来るんだよ…お前』


『も、申し訳ありません』



【小早川と別れなかったらお前じゃなくて小早川を被害に遭わせる。警察にも誰にも言うな】



 差出人のないその手紙を一人で休み時間に開けた唯。手が震えて顔色が悪くなった唯を心配した音々と空手部友人達は、手紙を盗み見ると唯を物理的に担いで小早川のクラスまで来た。



『先輩!変な手紙が着たんですが!』


『唯が先輩と別れないと、先輩が被害に遭うって!』


『警察に相談した方がいいです!』



 体育会系の通る声で叫ぶ空手部員。ざわめく皆。青い顔のまま無言の唯だったが、彼女は涙をすすりながら鼻声ではっきりと言った。



『ぜんばいどわがれまず…ありがどうございまじだ』



 小早川は内心苛ついたが綺麗な笑顔で宣言した。



『そんなイタズラで別れるわけないだろ。僕は真田さんが大好きなんだ!』



 号泣する唯。拍手するギャラリー達。こうして小早川はさらに別れられなくなった。



『お前は恐ろしいよ。有名人がやる手だろこれは。自分は【◯◯という場所でこういう事がありました。悲しいです】とだけ言ってファンに攻撃させるパターン。多分お前の場合はファンじゃなくて出自に同情してだろうけど。お前がもし無自覚でやってるなら逆にもっとこえーよ』



 目を睨むように細めて、深いため息を吐く小早川。唯はまた頭を下げた。確かに一人じゃ心細いと思ったのは確かだからだ。



『はい。正直友達が来てくれて心強いと思ってしまいました。友達も普段はそんなに騒ぐタイプじゃないんです。私が不安そうなのを見抜いて来てくれたんです。先輩の立場を考えず、追い詰めて申し訳ありませんでした。一人で来て二人で話すべきでした』


『いや普通本当に俺を思ってるなら黙って身を引くだろ。歴代彼女はそうだった。お前はイケメンハイスペの彼氏が欲しかっただけで、俺の安全をちっとも考えていなかったんだよ!』


『確かに先輩の安全を考えたら別れるべきだったですね…確かに結局私は自分の事しか考えてなかったです。ごめんなさい。でも、イケメンハイスペだったら誰でも良かったわけじゃないです。小早川先輩が良かったんです』



 不信感丸出しで鼻で笑う小早川を、唯は真っ直ぐに見た。



『私がボロボロで辛かった時、先輩が出ているサッカーの試合を見たんです。一人で道を切り開いて、シュートする姿を見て、勇気をもらったんです。悪の集積所から、逃げ出す勇気をくれました』


『そんなの……勝手にそんな事言われても知らねえよ…俺はもうサッカー出来ないし…』



 少し涙目になる小早川。さっきテーブルを蹴らなかったのは。やっぱり足を大事にしてるからなのか。足を怪我してサッカーが出来なくなった事が彼が病んだ原因の一つか。唯はそう思った。しかし、小早川はそれを否定した。


『怪我でサッカーが出来なくなって心が疲れてしまったという事ですか』


『サッカー辞めたのは怪我のせいじゃない。元から母と約束してたからだ。難関大学受験の為に猛勉強しろと。ちなみに襲ってきたのはお前の言う【怪力アタオカクソ野郎】だ。カツアゲに遭ったんだよ』


『な、なんでそんな奴を雇ったんですか?』


『金を払えば何でもしてくれそうだったからな。お前の知り合いだと知ったのはだいぶ後だったが。あいつに心優をやらせた』


『遠野先輩を骨折させたのは最低です!先輩は優しい方です!友達もそう言ってました!私の事まで心配してくれたって!』



 唯は思わず目を血走らせて怒鳴った。小早川はちょっと、きまり悪そうに小さな声で俯いた。



『色々嫌がらせにあっても別れたくないと言うし、警察に行くって言うから…ただ、悪かったとは思ってる。お前と付きあってから、いかにみんなが優しかったか大事にしてくれたかがわかったから…』


『今は私以外のお付き合いして来た方には申し訳ないと反省してるという事ですか?』


『ああ、今更だが謝りたいと思っている。向こうは顔も見たくないだろうが。せめて慰謝料は払わないといけないと思う…あいつにも未払いだったし』



 後悔したような哀しげな、憂いのある目でそう言う小早川。何となくだが最初にテレビで見た時の誠実にサッカーに取りくむ目と同じで、本心から反省してるんだろうと唯は感じた。自分に対しても反省して欲しい、とも思った唯だが。小早川が人でなしなりに反省していた事、歴代彼女達に償おうという気持ちがあった事に少しほっとして長い息を吐いた。



『……そう言えば彼女さんはなんでO型さんは一人もいなかったんですか』


『莉子がO型だったから。それにO型は怪我をすると血が止まりにくいと聞いたからだ』




 その後、唯は小早川邸を出た。車で施設まで送ってくれる、という事で、行きは小夜もついてきた。


『……本当に訴えなくていいんですか?私達に気を遣わないで訴えるべきだと思うんです。弁護士もうちに忖度しない方を紹介しますよ』


『ありがとう。でも遠野先輩も訴えないみたいだし、私もまあ無神経で勝手で悪かったし小早川先輩の安全も考えなかったし首も傷が残らずに治ったし、まあ慰謝料は相場くらい欲しいかな!ハハハ!…小夜ちゃんは優しいね。小夜ちゃんと夏輝君のお陰で本当の事がわかったよ。感謝してる』


『里見先生や千歳先輩と目賀先輩ならいつか辿り着いたと思います。それに色々証拠を集めたのは夏輝君で私は何もしていません』


『夏輝君は小夜ちゃんも手伝ってくれたと言ってたよ。私はそういう小夜ちゃんの謙虚で正直な所が素敵だなって思う。でもちょっと疲れちゃって、もう考えたくないんだ…色々あったけど小夜ちゃんに会えて良かったと思うよ!たまに遊べたら嬉しいな!』



 泣きながら抱きついてきた小夜の頭を、唯は優しく撫でた。一方その頃。小早川はふんぞり返りながら、少し痩せて自分に似てきた夏輝を見た。



『確かにお前の方が経営者に向いてるな。損切りが早いわ。俺を差し出して真田さんへ謝罪する事で、彼女が訴える意欲を削いで、小早川家から刑事犯が出ないようにした。俺が騙して扱き使って酷い事をしてしまった田中君も懐柔した。あたおか君も被害者を探したりあちこちに相談して二度と施設だか刑務所だかに行かせて出れないようにする気だろ。まああいつの虚言癖はバレてるからどうとでも出来るし野放しにしないのは賛成だが』



 一応唯を真田さん呼びしながらも、皮肉っぽく薄ら笑いする小早川に、夏輝は首を振った。


『ゴミ処理だけは正解。後は違う。田中君は兄さん程自分に甘くないし、反省してたんだよ。唯さんも最初から訴える気はなかったと思うよ。兄さんが大好きだったからね。本当はわかってるでしょ?なんであんな悪態をついたの?』


『母さんに似ていて怖いから常に攻撃しないと落ち着かないんだよ…お前もいつかわかる』


『……唯さんは母さんとはちょっと違う。俺も母さんは苦手だよ。尊敬してる部分もあるけど、やり方が強引すぎて配慮がなくて俺達を振り回すからね。吸収合併だって最初の約束を反故にして、多くの人を苦しめたのも許せない。だから母上を追い落とすか母上が一目置く人かつそれなりに人情がある人にそばにいて欲しい』



 小早川兄弟の母は信頼する側近以外の話は殆ど聞かない。だが、唯の言葉は何故か響くらしく、吸収合併した会社の社員達の環境や待遇はやっと見直す気になったという。恐らく田中君の事が大きかったのもあるけど…そう夏輝は思った。



『お、お前…』


『好きになった人がそういう人で、邪魔な兄上も勝手にコケて本当に僕はついている。ちゃんと償いが終わったらサッカー頑張って。田中君はもう謝罪に行ったよ』


『いだっ!』



 無邪気にかわいい笑顔で微笑み、小早川の手をギュッと跡が残る程強い力で掴む夏輝に小早川はゾッとした。彼は直ちに部屋に逃げ帰った。夏輝も部屋に帰ってポツリと言った。



『唯さん、小夜ちゃん、田中君、間接的には蒼君も、優しい彼女さん達も苦しめたんだからあれくらいいいよね』



 そう言うと、夏輝は部屋に飾った写真の一枚を見た。そこには今とは違う小早川や家族が映っていた。昔の兄さんに戻れなくても…近付いてくれたら嬉しいな…そう夏輝は思った。

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