8人の武士
ハロウィンデートで小早川に人気が無いベンチへ放置された唯。彼女は小早川の命令で歴代彼女何人かを襲ったという少年に「帰れ」と鎌を首に突きつけられて脅された。しかし少年によると14代目を骨折させた凶悪犯は別にいるという。給料未払い等にキレて小早川をぶっ殺すと宣言した少年に逃げられた唯は、とりあえず小早川達に警告メッセージを送ろうとするが…。
『唯一嫌われた最低最悪の狂人』
その言葉は頭上からフライパンやらハンマーやらが落ちてきたように唯の頭に響いた。
「わ、私何かしちゃったのかな……受験生なのにデートに付き合わせたから?でも先輩から誘ってくれたのに…よくわからないよ…」
唯は頭を抱えたがとりあえず小早川、そしてもう一人にLAINを送り、死神から逃げて家に帰るように伝えた。
「会場の警備さんとかには連絡した方がいいかな…でも」
痩せた少年の背中を思い出して唯はスマホを弄る指を止めた。サイズの合わない安っぽく毛玉やほつれが目立つ黒のフード付きコート、ペラペラした生地の黒いシャツを縛ったマント、白いガーゼマスク、という質素なコスプレ。変色して傷んだスニーカー。
「こないだ夏輝君が見せてくれた写真でも思ったけどほんと細い…ご飯抜かれた時の私達みたいだった…。失礼だけど父親の会社が吸収合併されてお金が無いのかな…切羽詰まってるのかな…しかも未払いって」
あの必死な言動は本物だな、と貧乏経験者の唯は思った。彼がもし前科者になってしまったら余計就職や進学に苦労するのではないか?どうしよう…唯は出口のない迷路をぐるぐる回るハムスターの様な気分になった。
「でも、あの人はそのつもりがないだろうけど、会場の人が止めようとして巻き添えになったら…警備責任者の人が責任取ってリストラとかになったら……」
唯は激しく悩んだ末、この遊園地の本部に電話する事にした。
「あれ、また嫌な予感が……あ」
唯は後ろから首をガッチリ腕で締められて、スマホを落とした。
「よお、唯。会いたかったよ。向こうでゆっくり話そう」
「あ……ぁ」
二度と聞きたくなかった奇麗な悪魔の声。唯の顔はドレスのように真っ白になった。しかし、人混みの喧騒で誰も気付かず、唯は彼に引き摺られて、また人気の無いベンチまで引き戻された。
「お前がチクッたせいでさぁ、大変な目にあったんだよ。ヤバイ施設に入れられたり、監視されたり……責任取って貰えないか?」
「ぁぁあ…」
「あーそっかぁ喋れないのかあ」
口笛を吹いて楽しそうに微笑んだ男は、首元をロックしていた腕を少し緩めた。
「ケホ…ケホ…ゲボ!…!」
男はちょっとホッとした唯の首にナイフをスーッとスライドさせたあと軽く喉元に当てた。首にピリッとした痛みが走り、赤い線が薄っすら滲む。唯は冷や汗をかいて、横目で男を見た。昔よりさらに冷たく綺麗な顔が視界に入り、首を締められた記憶が蘇って、息が苦しくなって、唇が少し紫色になって、胸がバクバクするのを自分でも感じた。声も恐怖で出て来ない。
「今ならあいつに罪擦りつけてお前を殺せるなあ。小早川には感謝だわ!でも簡単に殺すのはもったいない…そうだ!体中滅多刺しにしてやろうかな。それともライターで火炙りがいいかな?池で溺死がいいかな?」
子どもがプレゼントを開ける時のように、弾けるような生き生きとした笑顔でそう言い放つ男。唯は人生で一番後悔した。体を鍛えるだけでは駄目だったと。もしかして昔の施設の陽菜先輩のLAINにあった【驚かないで聞いて欲しいんだけど】ってコイツが解き放たれるって事だったのかな…最後まで読まなきゃだめだった…【人の話を聞け】とよく言われるけど、人の話を聞かないせいで死ぬ事になるとは…陽菜先輩も折角教えてくれたのに、みんな心配して忠告してくれたり、色々助けてくれたのに…ごめんなさい…そう唯はこころの中で皆に謝罪した。その時だった。
「何すんだてめぇ!」
「はわぁぁぁあ…」
「ゆ、紫先輩…?」
鈍い音がして、円盤がガタガタと音を立てて転がった。男は背中を擦りながらナイフを持って走り出す。赤ずきんのコスプレをした小柄なショートカットの少女はテコテコ走り、薙刀を構えたアメリ、佳凛、汐里、陽菜、楓、モデルガンを構えた織田信長の甲冑コスプレの小夜の下へ逃げていく。正気に戻った唯も二人を追った。
「な、なんで!に、逃げて!」
「GPSとか付けた!ごめんね!」
楓の後ろからぴょん、と飛び出した後しゃがむ戦力外の音々。彼女は唯の髪飾りに高精度GPS等を付けていた。一方、ズラリと並ぶ薙刀を見た男は舌打ちすると90度横に転換して走り出した。やや筋肉質な体格の見た目通り速い。
「逃すかァァァ!」
唯は人生最大級の助走を付けて人生最大級の物理エネルギーと人生最大級の怒りを込めた飛び蹴りを人生最大級の威力で男にぶちかました。
———その後。男は陽菜が持ってきたロープで手足をがっちり縛られた。
「あんたの嫌いな物持ってきたよ!」
「ひ、陽菜、お、お前…」
「黙りなさい外道!」
男は昔ロープで縛られて虐待された記憶や様々な恐ろしい記憶が蘇り、さらに鬼の形相の楓に睨まれたのがトドメとなり。口から泡を吹いて気絶した。楓、佳凛、汐里、紫に工事現場の資材の様に担がれ、本部の屈強な警備員達に無事引き渡された。一方、アメリに応急処置をしてもらった唯は、アメリ、音々、小夜、施設の里見先生、中学生男子・蓮とともに、小早川を探した。その後楓達も合流した。さらに空手部の2年生と、以前唯が庇った1年生もやって来た。小夜は深々とお辞儀した。
「以前は大変お世話になりました。誠にありがとうございました」
「いえ、差し入れありがとうございました!」
学年は上なのについ丁寧語になる空手部。ちょっと逞しくなった一年生は手を上げた。
「差し入れおいしかったです!ありがとうございました!…先輩!私も力になりたいです!」
「せっかく強くなったのに、頑張ったのに、活動停止になったらやばいよ!皆も帰って!」
「やばくなったら帰らせてもらうから大丈夫。面白そ…唯を助けに来たよ!」
人混みの中、比較的空いている場所に集まり、空手部の少年はゴツい手で遊園地のマップを広げた。
「真田、小早川先輩が行きそうな所はないのか?」
「どうしよう…わからない……」
蓮はため息を吐いた。
「唯姉ちゃんの彼氏だろ。なんでわかんないんだよ!」
「……そうだよね。私は、先輩をよく見てなかったし、理解しようとしてなかった…」
「な、泣くなよ…誰にでも間違いはあるよ…」
珍しくオロオロする蓮。一方楓は、暗く俯いて涙を零した唯のちいさくなった肩をバシッと叩いた。
「泣いてる場合ではないッ!こうなったら手分けして探すのです!」
「はい!皆様すみません!お願いします!」
深く頭を下げる唯を心配そうに眉を寄せて見ていた小夜は、ポン、と手を叩いた。
「……もしかして、市川さんに告白した、両思いの池かもしれません」
こうして皆は、広大な遊園地の敷地の端の両思いの池まで走った。たどり着いた先では。まさに黒いコートの男が鎌を小早川に振りかざそうとしていた。




