唯とセピア色の美少女
「小早川先輩ー! おはようございます!」
「おはよう」
窓から手を振る女子生徒に笑顔で答えるその少年は、美少年であった。白い肌、セピア色の髪とくっきりとした二重の瞳、細く繊細に整った鼻と、柔らかな孤を描く眉、バランスの良い形の唇、きれいな眉。彼を構成する全てが当に国宝であった。しかし。黒髪を三つ編みにした色白で痩せすぎ一歩手前の眼鏡の少女は、彼を窓から見下ろし溜息を吐いた。
「カッコイイけど、歴代彼女達は全員悲惨な目にあっているんだよね。唯、本当に付き合うの?」
唯、と呼ばれたウェーブがかった茶髪のショートボブにキラキラした茶色の目の少女は。スラリとした長身でスクワットしながら答えた。
「大丈夫だよメガちゃん!体鍛えてるから!」
「でも十四代目さんは骨折で入院してるよ?後遺症はないらしいけど……」
ふわふわした茶色の長い髪をハーフアップにした小柄で色白で豊かな胸の少女は、黒目がちな可愛い瞳と困り眉で米を見上げる。唯は一瞬首を擦ったが。今度はペットボトルでダンベル体操しながら答えた。
「ちーちゃんも心配してくれてありがとう!大丈夫!泣きぼくろと首に傷があるイケメンじゃないし、体鍛えてるから!……あ!小夜ちゃん!」
「真田先輩、ちょっとよろしいでしょうか」
教室にざわめきが起こる。皆の視線の先には、小早川そっくりの妖精のように美しい少女。セピア色のサラサラした長い髪が、光に当たってさらに神々しかった。セピア色の透き通った大きな目で唯を探し出した彼女は、水琴を奏でたような澄んだ声で唯を呼び出すと、屋上に連れて行った。
「兄と付き合うというのは本当でしょうか?」
「うん!小夜ちゃんもよろしくね!」
「噂の事は……」
「大丈夫!体鍛えてるから!」
大きな美しい目を不安げに細める小夜に爽やかに答える唯だったが。突如背後に気配を感じた。唯は咄嗟に小夜に覆いかぶさった。唯と小夜がいた空間をフリスビーがスライス。唯は震える小夜に声をかけた。
「大丈夫?」
「先輩……後ろ!」
唯が振り返るとそこには、黒のショートカットで中性的な雰囲気の小柄な美少女がフリスビーを掴んで立っていた。
「私は小早川君ファンクラブ四天王鈴木紫!今すぐ小早川君と別れなさい!」
「絶対嫌です!」
「じゃあ勝負よ!放課後またここでね!」
紫はそういうと、サラサラしたショートヘアを靡かせて走り去って行った。
「先輩……」
「仕方ない、戦うしかないんだね」
「どうしてそんなに兄を……」
「ドン底の私を助けてくれた神様だから。ちょっと話が長くなるけど…」
「では今はいいです。先程はありがとうございました。では」
そういうと小夜はスッと立ち上がって歩き出したが、くるりと唯を向いた。
「あ、あの唯先輩とお呼びしてもよろしいでしょうか」
「もちろん!嬉しいな!」
「で、では失礼いたします」
小夜は一瞬だけ微かに微笑むと、速足で去って行った。その後の休み時間にメガちゃんこと目賀音々は眼鏡を拭きながら尋ねた。
「なんで小早川さんは唯をあんなに慕ってるの?悪い子ではなさそうだけどクールそうに見えるのに」
「いい子だよ。義理固いんだと思う」
唯は、以前の出来事を話した。
————それは、唯が空手部でランニング中の時であった。男性に腕を掴まれた生徒が引きずられるように歩いているのを、唯と目が良い部員達は視界に入れた。唯は列から出て叫んだ。
『コーチ!不審者かもです!誘拐かも!』
『白昼堂々そんな事するわけないだろ。ランニングを続行だ!』
『……すみませんお腹が痛いんでトイレ行きます』
『サボる気か!』
『ゆ、唯ちゃんの様子見に行きまーす』
『私も!』
唯はそう言うと現場に向かって走った。その後ろに何人か付いてきた。女の子はもう車の近く。唯はありったけの声で叫んだ。
『おーい!先生が呼んでたよ!』
『俺は親戚で、今この子の親が急病で乗せていく所なんだ』
一見するとよくいる顔立ちで泣きぼくろ以外特に不審感の無い中肉中背の若い男性。むしろどこか洗練された雰囲気すらある。だが雪のように真っ白い女の子の細腕をガシッと掴む様子がどこかおかしい、そう唯達は思った。
『でも進路に関わる重大な事らしいんです!』
『だから急ぎだって言ってるんだよ!ねっ、小夜ちゃん。もし誘拐なら小夜ちゃんだって叫び声あげるだろ』
小夜は強張った顔で奇麗な唇や体を震わせていた。怖くて声を出せないんだ、と皆はわかった。男性は電子キーで車を開けた。その直後に唯は男性の腕を捻り上げた。小夜を掴んでいる方の腕だ。
『この子を保護して!』
『な、何するんだ!は、離せ!さ、小夜ちゃんは無言だし拒否してないんだぞ!』
開放された女の子は震えて、その場にへたり込みそうになったが、左右の女子部員に支えられた。それに安心したのか、なんとか必死に声を絞り出した。
『す、すとーか、ストーカー、ストーカー、こいつは』
『頑張ったね小夜ちゃん!110番出来る?それか誰かにスマホ貸してくれるかな』
『は、はい通報します』
こうして男は逮捕され。唯達は小夜に付き添って警察が来るまで一緒にいた。
————回想を聞いた音々は首をかしげた。
「なんでそんなそっくりなのに小早川先輩の従兄弟だとわからなかったの」
「誰かに似てるなーかわいいなとは思ったけど、カスの腕捻り上げるので精一杯だったんだ。カスはクソ野郎Bに顔が、Cに泣きぼくろの位置が似てて」
首を擦りながら珍しく影のある表情をする唯。
「私もあるんだけど泣きぼくろ!悪人と一緒ってやだな!」
「ごめんねメガちゃんのは似合ってていいと思うよ」
「何それ。まあいいや」
「大変だったんだね」
アメリは唯の肩を優しく立たいた。