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学園が始まってからしばらくたった頃にローゼリア様は一度帰国された。数日は実家で過ごしてまたこちらに戻って来られたのだが、その間は平和な日々だったと言えるだろう。何かにつけて私に対抗するように張り合おうとするのはやめて欲しいし、こちらは最低限にしか関わっていないのにしていない事まで捏造して私達にいじめられていると報告したりするのもどうなのかと思う。すぐに調べればわかる嘘をついてまでそんな事をするなど逆に彼女の評価を下げている行為でしかない。アバスカル夫人との勉強会もすぐにさぼろうとして怒られているが、以前はできていたはずの事ができなくなっている彼女は偽物なのではないかという噂まで出てきている。もちろんそれは噂にすぎず彼女は本物のローゼリア・エレティコス侯爵令嬢なのだが、そのように考えてしまうのもしかたがないのかもしれない。
学園では月に数回ほどお茶会をひらくのだが、今日のお茶会は同学年の令嬢が参加する大規模なものだった。私は前回にあった大規模なお茶会で主催を務めたので今回は別の方が主催者となる。その方は伯爵家の令嬢だったが緊張しながらも見事に勤めあげていた。学園に入学してから何度も体験しているので皆が和やかに過ごしているのだが、ここでもまたローゼリア様の乱入によって問題が起きてしまうのだった。
「ごきげんよう。わたくしはアルフレド様の婚約者であるローゼリア・エレティコスですわ」
会場に堂々と入って来て高らかに自己紹介をしているが、全員驚いて彼女を見ている。それを自分が注目されていると思ってか、何故か私の方を見て「どうだ」と言いたげに笑っている姿に頭が痛む。
「つまみ出してちょうだい」
「了解しました」
本来は主催者が対応すべきだろうが伯爵令嬢である彼女では荷が重いだろう。急な事でおろおろとしているのが見えたので私が代わりに専属でついている護衛騎士に頼んでおく。仮にも兄の婚約者なのだから本来は準王族として扱うべきなのだが、それは仮婚約時の契約から除外されているそうだ。この場合は乱入してきた不届き者として対処してもいいはずだ。
ローゼリア様は女性騎士達に無理矢理外に出されて、急いでやってきたダナ様が代わりに私達に謝っているのを不憫に思いながら、皆が謝罪を受け取ってようやく会場全体が落ち着いたのだった。
「皆様には私からも謝罪を。あれでも一応は王家の客人ですので……あなたもごめんなさいね」
「と、とんでもありません。殿下が謝る事などでは……」
主催の伯爵令嬢はそう言ってくれるが、せっかく彼女が色々と考えて主催しているお茶会を駄目にするところだったのだから謝らなくては気がすまない。
「あいかわらずですわね、あの方は」
「まさか学園に乗り込んでくるなど思いもいしませんでしたわ。またアバスカル夫人がお怒りになるのが目に浮かびます」
「あの侍女も振り回されておかわいそうに」
ダナ様も強くは言いにくいでしょうに、それでもローゼリア様の事を思ってか厳しく言い聞かせているのに結局はこのように謝罪行脚を繰り返す事になっている。むしろ最近はダナ様の方が彼女よりしっかりしているように感じていた。
とりあえずローゼリア様はこの学園への立ち入りを禁止していただくのがいいだろう。すでに王家に報告はおこなわれているが、私からも伝えておく方が良いのかもしれない。
ローゼリア様の学園への立ち入りが禁止になり、学園で過ごすこの時間が私にとっての息抜きのようになっていた。そんな日々を過ごしていれば彼女の噂はどんどん広がっていき、頭痛の種はどんどん大きくなっていく。気を抜けばため息ばかりついてしまう私を友人達は心配してくれるが、これも海神様からの試練だと思って乗り越えていくしかない。
「ごきげんようクレスセンシア殿下」
「ごきげんようプラージャ公爵令嬢」
学園のカフェテリアで昼食後のお茶を友人達と楽しんでいたら、ひとつ下のデルフィナ・プラージャ公爵令嬢が可愛らしい笑顔で挨拶をしてくれた。オレンジの髪にアクアグリーンの瞳をした彼女は私の姿を見つけるとこうやってよく話しかけてくる。彼女の兄が私の婚約者候補として名前があがっているのでその関係で何度か話はした事があったが、私は少し苦手な印象を持っていた。直感でしかないのでそれで判断するのは失礼かもしれないが、海神様も水の精霊達もあまりよく思っていないのか首を横に振って関わらないようにと伝えてくる。精霊達は私達の身近に存在していて声は聞こえなくても誰もが目にする事ができる。稀に何らかの理由で精霊達が避けている人がいるが、そういう人には精霊も目に映らないそうだ。
「前にも言いましたがデルフィナとお呼びください。兄と結婚されれば殿下はわたしの義姉になりますもの」
「プラージャ公爵令嬢はずいぶんと図々しいのですね。まるでどこかの誰かのようですわよ」
「ファビアナ様……そんな、わたしは姉妹になるのだから仲良くしたいと思っただけですわ」
「名前で呼ぶ許可を与えた覚えは無くってよ」
大きな瞳をウルウルとさせているのは庇護欲を誘うが私も特に庇うつもりはない。ファビアナ様がどこかの誰かと言ったのはローゼリア様の事だろう。たしかに二人は少し似ているところがあるので、私以外にもそう思っていたのは他の友人達も同じようで納得するような顔をしていた。
「プラージャ公爵令嬢、あなたの兄君は候補として名前があがっていましたがおそらくそれも無くなるでしょう」
「え、どうしてですか? 殿下とお兄様は仲も宜しかったではないですか!?」
「語弊がありますわね。彼は王国騎士団の近衛部隊に所属していますので仕事の関係でお話をする事はありますけど、あなたが考えているような関係などではありません」
彼女の兄であるエミリオは近衛部隊に所属と言っても実働部隊ではない。高位貴族の令息が箔をつけるためだけに所属する事がよくあり、そういった者達は式典などの水増し要員に回される。近衛部隊の実働部隊はレジェス達のように常に私達王族の身辺などを守っている。エミリオも実家の公爵家を継ぐために来年には退団するだろう。そういった水増し要員にあたる予備隊員は二年で退団する事が決まっているのだ。
「プラージャ公爵もすでに知っている事で納得されています」
「そんな、それじゃあ……」
最後の方は小さすぎて聞き取れなかったが顔を青ざめてふらりと一歩下がった後に「失礼します」と力なく答えてから彼女は去って行った。