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 ローゼリア様が残していった「悪役王女」という言葉に一気に空気が張り詰めていくが、私がため息をついた事でその空気も消えていく。


「彼女から見れば私は悪役に見えてしまうかもしれませんわね」


 おどけるように肩をすくめてみせれば兄も困ったように笑って頭を撫でてくれる。友人達も「ならば私達も悪役ですわ」と言ってクスクスと笑っているので、徐々に和やかな雰囲気に戻っていった。


「悪役……なるほど、では私は悪役公爵令嬢ですわね!」

「でしたら私は悪役侯爵令嬢ですの? ふふっ、面白いですわね。今度から彼女の前では役に成りきって悪役を演じて見せましょうか」

「それにしてもあの方はどういうつもりなのかしら? クレス殿下の事を敵視しているように見えましたが……アルフレド殿下は本気であの方を妃に迎えるつもりですの?」


 ファビアナ様はじっと兄を見つめて返事を待っている。そんな彼女に兄は微笑むだけで何も答えないので、扇子を片手に叩きつけて苛立っているようだ。私も兄がいい加減にどのように考えているのか聞きたいので見上げるのだが、困ったように笑うだけで教えてくれない。


「ごめんね。今ここで説明はできないかな。でも近々きちんと話すからそれで見逃して欲しいな」

「お兄様、わかりましたわ。その時は洗いざらい吐いてもらいますわよ」

「それは怖い。でも大丈夫だよ。何度も言っているけどクレスが心配するような事は何ひとつないからね」


 最後にもう一度だけ頭を優しく撫でてから兄は護衛達を連れて戻って行った。


「アルフレド殿下がそうおっしゃるのなら待つしかなさそうですわね。あの様子ならローゼリア様に懸想しているわけでもなさそうですし、彼女を選んだのは都合がよかったのでしょう。彼女に悪いですが私はそう思いますわ」

「えぇ、それに相変わらずのシスコン殿下でしたわ」

「彼女より愛されておりますわクレス殿下」

「皆様ったら、もう!」

 私を励ますように冗談交じりにそう言ってくれる彼女達とお茶の席に戻りながら心強い友人達に感謝する。支えられてばかりではいられないので、私も彼女達に何かあった時は力になれるようにしたい。

 再開されたお茶会はそのまま和やかに時間が流れていった。






「なによ、なによ、なによ!!」


 無理矢理に部屋に連れ戻されて髪を整えられた後にアバスカル夫人の元に向かったローゼリアは厳しい言葉を夫人にもらい、再び戻った部屋でひとり憤っていた。


「せっかく乙女ゲームの世界に転生できたのに、ぜんぜん上手くいかない!」


 この世界に転生したと気づいたあの日の事を思い出しながら、今日までを整理するために振り返っていく。




 思い出したのは学園の最終学年である四年生の時であったが、卒業が迫っていた時期だった。廊下を歩いていれば急に眩暈がしたので友人達が救護室に連れて行ってくれたのだ。ベッドで少し休んでいればどんどんと頭の中に流れてくる知らない記憶に驚きながらも、少しすればそれが自分の前世の記憶であると理解できた。完全にそれがよみがえった時は血の気が引いてしまい、焦って救護室から飛び出して誰もいない空き教室の中で頭を抱えていたのだ。


「ここって『パラディソスの精霊姫2』の世界ってこと? わたしはローゼリア・エレティコスでたしか悪役令嬢じゃなかったっけ……え、もしかして最後に断罪されるとか!?」


 口に出して設定を確かめていたが、そもそもわたしはこの乙女ゲームをやった事がなかった。友達が話しているのを少しだけ聞いたのでそのうちやろうかなと考えていて、その頃には続編である3の情報が出始めていた。


「ヒロインは巫女を目指しながら恋をする……それってエレナ・クスィラ子爵令嬢の事かしら?」


 彼女はわたしの婚約者であるクリストバル王子とよく一緒にいる。これってすでに攻略されているじゃない!他にも攻略キャラっぽい人達もそばにいたはずだ。


「やだ、やっぱり断罪されて婚約破棄される悪役令嬢じゃないの!」

「違いますよ」


 誰もいないはずの空き教室に知らない女の子の声が聞こえて、驚きから咄嗟にそちらに目を向ければひとりの女子生徒が立っていた。


「あ、わたし、わたくしはその……」

「落ち着いてください。私も転生者なんですよ」


 シッと人差し指を口元で立てて小さく囁くようにそう言ったのが、ダナ・ボルケ子爵令嬢だった。


「転生者……え、あなたもそうなの?」

「はい。前世は日本人で『パラディソスの精霊姫』シリーズは全キャラ攻略済みなんです。3の情報も知っていますから、だからあなたが断罪されない事もわかっています」


 知っている単語が彼女の口から出てくるたびに落ち着きを取り戻して、彼女が語るこの世界についての考察に耳を傾けた。


「そもそもこの世界は乙女ゲームが基本となっているようですが、設定が違うのです」


 彼女が言うには、まずヒロインであるエレナはすでに聖女として確定しているそうだ。これは彼女が生まれた時から決まっていて学園卒業時に正式に発表されるらしい。それに続編に出てくる攻略キャラの王太子が留学しているはずなのに実際はその妹王女が来ている。この王太子はモブキャラとして2に出てきたが人気が出たので3でメイン攻略キャラになり、そこでは彼の婚約者としてローゼリア・エレティコスが出てくるのだと教えてくれた。


「わ、わたしが婚約者!? でもわたしはクリストバル王子の婚約者なのにどうやって……」

「ローゼリア様はこのゲームに詳しくないのですか? 3の情報はどこまで知っているのでしょうか?」

「ごめんなさい、少し聞きかじっただけなの。3の情報も隣国の王太子や他の何人かの攻略キャラだけ見た事があるわ」

「このゲームについてはほとんど知らないという事ですね」


 3が出たら買おうとは思っていたのだけどその前にきっと死んでしまったのだろう。その時の記憶は曖昧でわからないが就活をしていたような覚えがある。


「3は隣国である海洋大国のマナンティアール王国が舞台なのです。ですが先程も言いましたが設定が少し変わっているんです」

「え、もしかしてエレナも転生者で彼女が何か違う行動をして変わっているとか?」

「いえ、実はこのゲームには小説があるのです。そこで婚約解消されたローゼリア様が隣国の王太子殿下と婚約されるまでの話が乗っていて、その設定のまま3に繋がるんですよ」


 それで私が婚約者になっているという設定になるのね。でも3にもヒロインはいるし、メイン攻略キャラの王太子が攻略されたら私はまた……。


「そこで私が思ったのはここがゲームではなく小説の世界なのではないかという事なんです。その小説ではローゼリア様が主役になっていていわゆるライバル令嬢のポジションは妹王女なんですよ。ヒロインは別の攻略キャラと結ばれていましたし、万が一に王太子殿下を狙ってきてもローゼリア様が繋ぎとめておけば問題ありません」

「わたしがアルフレド様と……」


 彼の隣に並ぶ自分を想像してうっとりとしてしまう。ランプブラックの癖のある髪にフレンチグレイの瞳をした聡明な王太子の立ち絵と説明が載る雑誌を何度も読み直していた記憶が浮かんでくる。そう、わたしの推しはアルフレド様だった。一目で気に入ったので2もせずに3から始めて一番に彼を攻略すると決めていたのだ。


 ダナとは仲良くなりそれからも一緒に行動するようになったので、わずらわしい自称友人だった取り巻き達を切り捨てた。何度もダナと打ち合わせをしてなかなか婚約を解消してくれないクリストバルにしびれを切らしたので、こちらから破棄を申し出る事に決めたのは王城の庭で最後の打ち合わせをした時だった。ダナは反対していたが彼がエレナと不貞をしている証拠だってあるのだからこちらから破棄すればいいのだ。そしてそれを実行したあの日、わたしはこの世界の主人公になったのだ。




 ここは「悪役令嬢が主役の世界」なのだ。なのに、うまくいかないのは何故?


 この国に来るまではトントン拍子で上手く行っていたのに、もしかして悪役王女がわたくしに嫉妬して妨害しているのかもしれない。ダナもせっかく侍女見習いで連れてきてあげたのに役に立たない。


「なによ。なんで悪役王女がアルフレド様の瞳の色をしたドレスを着ているのよ」


 あれはわたくしにこそ似合う色でそれ以外が着るなんて許されない。それになんでかアルフレド様はわたくしを庇ってくれないし、あのまま妹と一緒に残るだなんて酷い。酷いと思う事は他にもある。この世界には美味しいお菓子がなくて特にこの国のお菓子なんてありえない。寒天みたいなゼリーと果物とスパイスが効いたクッキーくらいしかないので甘いものが好きなわたくしにはつらい事だった。砂糖も蜂蜜も少量しか使わせてくれないので、実家で暮らしていた頃のように贅沢に使えない。


「王族の癖にケチよね」


 それにあの悪役王女はわたくしを部外者扱いして庭に入れてくれないし、その取り巻き連中も意地悪な女ばっかり!


「類は友を呼ぶっていうからあの王女にはお似合いの連中ね。ほんと、クレスセンシアって悪役王女だわ……きゃっ!?」


 いきなりどこかから水を浴びせられて驚いてしまう。ここに来てから悪役王女の事を考えているとたまに起こるこの現象に、彼女がやったに違いないのでいつかこれも断罪する時の理由として今は甘んじて受けておいてあげる。


 主人公であるわたくしが必ず断罪してみせる。物語の主役はわたくしなのだと絶対に思い知らせてやるんだから覚悟しておきなさいよ!



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