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庭園の入り口付近が騒がしくなっているのでどうしたのかと思っていれば、護衛のために入り口にいた騎士が困惑した様子で報告をしてくれた。
「お楽しみのところ申し訳御座いません。庭園の入り口にローゼリア嬢がいらっしゃったのですが、何度も立ち入りを禁じているのに引き下がらなく……」
「あら、噂をすればご本人様が現れましたの?」
ファビアナ様が獲物でも見つけたかのうように目を光らせて楽しそうに笑っている。それはアナベル様もエステラ様も同じで、彼女の事を知っているベアトリス様まで苦笑いを浮かべているが好奇心を隠そうとしていない。
「私に何か用事でもあったのかしら? たしかこの時間はアバスカル夫人との勉強時間でしたわよね」
念のために夫人へ伝言を指示して私は直接ローゼリア様にうかがう事に決めたのだが、あきらかに友人達は彼女に会ってみたいと目が語っている。ため息をついて椅子から立ち上がった私に続くように友人達も後ろに続いて皆で向かえば、何とか丁寧に対応して帰ってもらおうとしている騎士達の姿が見える。
「何事ですの?」
「王女殿下! 騒がしくして申し訳御座いません」
「かまわなくってよ。あなた達は自分の仕事をしているだけなのですから。ところで、ローゼリア様はこちらに何か急用でもありましたの?」
やっと来たのかと言いたげにフンっと鼻を鳴らしている。それに反応するように私の後ろからは冷たい視線が一斉に彼女に降り注いでいるが、それにも気づかずに腰に手を当てて私を頭の上から下まで見て何故か睨んでくる。
「気分転換に庭園を散歩していただけです。なのに、急に行く手を阻まれたからこの方達に通してもらおうとしただけです」
騎士達を睨んでそう言っているが、それも女性騎士だけを睨んでいる。一応は王子の仮婚約者なので男性ではむやみに触れないと配慮して女性騎士が二人で止めていたようだ。ローゼリア様は助けて欲しいと言いたげに男性騎士の方をちらちらと見ているが、彼らはその視線には無反応だ。
「そうでしたの。ですがここからは私の専用庭園ですので許可を与えていない部外者は入れません。彼女達はただ自分の仕事をしていただけですので許してさしあげてくださいな」
「部外者ってわたくしは!!」
「わたくしは何でしょうか? ローゼリア様には許可を与えていませんので部外者ですわよね?」
ますます目を吊り上げて私を睨んでいるが、何も間違った事など言っていないつもりなので首を傾げて不思議そうに聞いておく。
「うふふ、クレス殿下。先程から怖い顔でこちらを見てくるこの方はお知り合いですか? 私達にもご紹介をしてくれません事?」
「あら、ごめんなさい紹介を忘れていましたわ。こちらエザフォス王国のローゼリア・エレティコス侯爵令嬢です」
意地悪かもしれないがわざと兄の仮婚約者である事を付け足す事はなく、そしてローゼリア様にも友人達を紹介していった。皆は穏やかに語りかけているが目だけは未だに獲物を狩る勢いでらんらんとしている。ようやくその目に宿る物に気づいたのか一歩下がって顔を引きつらせているが、すでに彼女は獲物として友人達に目をつけられているので今更だろう。どうしたものかと私は考えていたが、ローゼリア様にとって救世主となるであろう兄が現れた事で考える事を放棄した。
「クレス、庭園の入り口に立って皆で何をしているんだい?」
「あら、お兄様」
まわりは兄の登場にさっと礼をしているのを顔を上げるように言って、ゆっくりと状況を見極めるように見ている。ローゼリア様は先程までの怖い顔はしまって目をウルウルさせながら兄の腕にしがみついた。
「アルフレド様! わたくし……」
「あれ? ローゼリア嬢、頭に葉が付いているよ。ふふっ、まるで生垣の中を突き抜けて来たかのようになっているけど……」
気づいていて誰も指摘しなかったが、ローゼリア様の髪には生垣の葉が絡まっていて兄が言ったようにまさか突き抜けて来たのだろうか。
「まずは髪を整えるべきだから部屋に戻った方がいい」
「でしたらアルフレド様も……」
「ローゼリア様!」
先程から会話を遮られてばかりいるが、今度はローゼリア様の侍女見習いであるダナ様が急いでこちらに駆け寄って来た。邪魔をしてしまったダナ様を睨んで「何?」とそっけなく聞いているが、ダナ様もそんな彼女の態度に少しムッとしている。
「何ではありません。勝手にサボって抜け出されては困ります。アバスカル夫人が今すぐローゼリア様を連れてきなさいとお怒りです」
「なっ!? アルフレド様、違いますよ。ちょっと休憩していたら道に迷ってここまで来てしまっただけですわ!」
あなた、散歩がどうとか言っておりましたよね?
やはりサボっていたみたいなので夫人に報告をしておいてよかった。兄にも報告がいくとは思っていたが、先に兄の方がこちらに着いたのだろう。
「とにかく、一度部屋に戻って髪を整えた方がいい。アバスカル夫人は元女官長だったからね。そんな姿で戻っても余計に怒られてしまうよ。ではダナ嬢、彼女の事をよろしくね」
「は、はい!」
「あの、アルフレド様も一緒に!」
「ん?」
何で自分もと不思議そうに彼女を見てから兄は私の手を取って「妹に用事があるからごめんね」とあっさりと断っていた。そんな彼女を無理矢理連れて行くように手を引っ張っているダナ様は「ざまぁみろ」とおそらく声には出さずに口だけを動かして彼女に向けていた。この二人、たしか仲が良かったはずではないのだろうか。
引っ張られながらも名残惜しげに兄を見た後は私を見て睨んでくる。
「なによ、悪役王女のくせに……」
最後にその言葉を残してローゼリア様は去っていった。