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夕凪と朝顔が咲くのを待つ日々  作者: 尾仲庵次
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新しい生活

『行ってきます!』

 夕凪(ゆうな)は元気に学校に向かって歩いていく。

 あたしは以前に介護施設で仕事をしていたのだけど、実家に帰ることにしてからは仕事を変えた。

 夕凪(ゆうな)が生まれてからずっとお世話になってきた施設だったのだけど、働いている6年の間にあたしは介護福祉士の資格をとった。そして、今は実家に帰ってきたタイミングで通信制の高校に入りなおして、卒業できなかった高校をきちんと卒業しようと思って勉強している。

 実家に帰ってきたおかげで経済的には随分と楽させてもらっている。

 家賃がいらないというのは大きいし、夕凪(ゆうな)を両親に任せることもできる。

 いつまでも両親に頼ってばかりではいけないと思うには思うのだけど、今はもう少し甘えさせてもらおうとも思う。


 父親はあたしより早く家を出る。

 まだ現役で仕事をしているので満員電車に揺られて東京まで仕事に行っている。

 こちらも昔は何も思わなかったけど、夕凪(ゆうな)を産んでからは本当に大変なことだと感じるようになった。


 親という存在は本当にありがたいものだ。


 経済的に楽になったからと言っても仕事をしないわけには行かない。

『帰ってくるんだし、仕事しなくてもいいじゃない』

 母親はそう言ってくれたけどそういうわけにはいかない。

 せっかくいろいろ助けてくれているんだから、貯金するなら今なのだ。

 もちろん、必要以上に仕事をして稼ぐつもりは一切ないのだけど、何かあった時の貯金だけはしておきたいのだ。

 頼れるのはお金だけ……ということではない。

 あたしが夕凪(ゆうな)を産んで独りでアパートで住んでいた時……お金はまったくなかった。

 両親は助けてくれたけど、経済的には正直……しんどかった。

 でもそんなときに多くの人があたしたち親子を助けてくれた。

 だから頼れるのはお金だけではないのだ。

 だけど……お金があればどうにかなる時もある。


 金は身の守り……やっぱり貯金は必要なのである。


『今までみたいな夜勤のある仕事は辞めとくけど、昼間だけ働けるような仕事を少しするよ』


 あたしは母親の申し出を丁重に断りながらそう言った。

 家計に困っているわけではないからあたしが働く必要はないのだろう。

 一度は喧嘩同然で出て行った娘が、素直になって孫を連れて家に帰ってきた。

 これを喜ばない親はいない。

 あたしだって夕凪(ゆうな)が同じような感じであたしのもとに帰ってきたら母親と同じことを言うと思う。

 でも親の好意に甘えてはいけない。

 いつかは自立しなければいけないのだから。


 夕凪(ゆうな)の後ろ姿を見送ってからあたしは振り返って母親に言った。

『行ってきます』


『行ってらっしゃい』

 笑顔で母親は返してくれる。

 自分で言うのもなんだけど……ここ数年であたしは少し母親に似てきたなと思うことがある。

 まあ、親子なのだから当然の話なんだけど。

『お昼には一度帰るからね』

『お昼ご飯作って待ってるわよ』

『ありがとう』

 あたしが実家に帰ってきてから就いた仕事は在宅の訪問介護の仕事である。

 在宅と言ってもテレワークをするわけではない。自宅に住んでいる高齢者の家に行って必要な介護を行う仕事である。


 施設の時と違うのは……

 まずこの仕事は資格がないと就くことはできない。

 あたしがいた施設は無資格でも仕事ができた。この違いがどこにあるかということは……たぶん、常に一人で仕事をして一人でなんでも判断しなければならないというところにあるのかもしれない。

 在宅の仕事で助かるのは、拘束時間が少ないところである。

 拘束時間が少ないということは収入も減るということだけど、幸いそこは実家に帰ってきたのだから大きな問題にはならない。


 あれやこれやと忙しい毎日に仕事の拘束時間が少ないのは助かるのだ。


 自転車に乗って自宅から十数分の距離にある訪問介護の利用者の家に向かう。

 事務所には行かない。基本的には直行直帰の仕事だ。

 上り坂の坂道を立ちこぎで昇っていく。

 息が切れてしんどいけど、このぐらいの運動は健康維持には欠かせない。夕凪が大人になるまであたしは死ぬわけにはいかないのだ。


 新しい生活が始まった。

 あたしたちにはどんな出来事が待ち受けているのだろうか。

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