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夕凪と朝顔が咲くのを待つ日々  作者: 尾仲庵次
15/16

夫婦仲は良くない

 都会の街並みの中に古い集合団地。

 昔からあるこういう団地に住んでいる高齢者は多い。


 自宅から自転車で数十分のところに団地があって、そこに住んでいる野島さんという高齢の女性の部屋の掃除をするのがヘルパーとしてのあたしがやる朝一番での仕事である。


 野島幸恵さん。

 ご主人と二人暮らし。

 寄り添いながら二人で生きている。

 ご主人も介護保険の認定を持っている。

 今日の掃除はご主人の分と幸恵さんの分と半分ずつの時間で行う。


『ふうう……』

 あたしは自転車を止めた後、団地の上の階を見上げて深呼吸した。


 悩みはあるけど、それは一度忘れる。

 仕事に集中しないといけない。


 ゆっくりと踏みしめるように階段を上がる。

 それにしても足が悪くなってしまった高齢者が団地の3階に住むのはちょっと無理があるのではないだろうか。

 確かに足が弱らないように階段の昇降を続ければそれなりに筋力は衰えないのだろうけどそれにだって限界があるだろう。

 誰しも老化にはかなわないのだ。


 そんな事実はすべての人が分かることなのに……なぜかエレベーターのない団地に住む高齢者は多い。


 3階の302号室。

 表札にも『野島』と書いてある。


 あたしはチャイムを鳴らした。

 しばらくするとのんびりした幸恵さんの声がする。

『どうぞ』

『おはようございます。ヘルパーの浦野です』

『はい。おはよう。今日もよろしくね』

 幸恵さんはヘルパーに何かしてほしいという感じではない。

 一応、仕事は『掃除』ということになっているが、作業をしている間にも幸恵さんが話しかけてくるのでそのたびに手をとめなければいけないから、野島宅はいつまで経っても綺麗にはならない。


 こんなに汚い部屋でよく暮らすことができるな……。


 失礼ながら、そう思うことがある。

 確かに幸恵さんもご主人の大悟さんも足が悪くて歩くのもちょっとおぼつかない。

 だから掃除が行き届かないとしてもそれはおかしな話ではないのだけど……よくよく見てみるとこの二人、実は元から少しだらしがないのかもしれない。

 というのも、いくら足が悪くても自分が座っている長椅子の周りは少し綺麗にしておくことができる。

 ゴミ箱を近くにおいて出したごみはそこに捨てるようにするとか、近くに紙タオルのようなものを置いて、汚れたらすぐに拭くようにするとか……大々的な掃除はできなくても汚さないように努力することは可能ではないかと思うのだ。


 そういう意識がこの老夫婦には実に少ない。

 二人とも食べたものは出しっぱなしにしているし、食器は洗わずに置きっぱなしにしていることが少なくない。

 もちろん洗い物で水場が使えないということはないが、数日分の洗っていない食器が出しっぱなしになっているということは日常茶飯事(にちじょうさはんじ)である。


 まあ……そうやって二人で生きてきたのだろう。


 もしかしたら幸恵さんは若い頃はもう少し片付けていたのかもしれない。

 でも基本的な性格というものはあまり変わっていないわけだから、彼女は今も昔もそんなに家事は好きではないと思う。

『よろしくお願いします』

『悪いねえ。こいつが掃除しないもんだから』

 大悟さんはニコニコしながら言う。

 人当たりのいい人なのだけど……

『あなたが掃除してくれてもいいんだけどね』

『いつもそうだ。自分の仕事だろ』

『だれがそんなこと決めた』

『昔から決まってる』

『あたしはそんなこと聞いたことない』


 そう。

 大悟さんも幸恵さんも人当たりが良くて穏やかな人なのだけど、お互いに対してだけは辛らつだ。

 夫婦仲はあまり良くない。

 夫婦というのは、長い間一緒にいるとこんなふうになってしまうのだろうか。


『まあまあ……』

 あたしは二人の口喧嘩を軽く受け流しながら、まずは洗い物がたまっている流し台を片付けることにした。

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