それは冗談なのか否か
『これ……』
父親があたしに差し出したもの……
それは以前、見たことがある。
夕凪と二人でアパート暮らししていた時に、隣に住んでいた二階堂さんが持ってきてたA4判の写真。
そう。
それはお見合い写真。
あの時は彼女のお父さんの写真だったんだっけ。
少し苦虫をつぶしたような顔をした二階堂さんの顔を思い出して、あたしはつい笑ってしまいそうになった。
あの時は彼女のお母さんのいたずらだったのだけど……
目の前の両親の表情を見る限り至極真面目な顔をしており、冗談を言ってるわけではないことは一目瞭然だ。
そもそも、あたしの両親は二階堂さんのお母さんみたいなユーモアのセンスはない。
基本は真面目な二人なのだ。
あたしは上目遣いで両親を見た。
いや……
なんと言っていいか分からないけど、基本的に今は結婚とか考えたこともない。
それにあたしのように子供がいる女は相手を間違うとろくなことにならない。
世の中には悪い人間も少なくないのだ。
もちろん大半の人間は心ある誠実な人だと思うけど、それでもテレビから流れてくる幼児虐待のニュースなどを目にすると、なんでこんな人を伴侶として選んでしまったのだろうと思わざるおえない夫婦生活を営んでいた人が多い。
多分……それは分からなかったのだろう。
結婚するまで相手がどんな人間だったのか理解できなかったのだろう。
ただ……そんなことは言い訳にすぎない。
いずれにせよあたしには夕凪を守る責任があるのだ。
下手に結婚などして、それが果たせないようなら困るのである。
複雑な思いであたしはお見合い写真を開いた。
そこに映っていたのは誠実そうな男の人だった。
スーツが少し窮屈そうながっちりした体形は、昔何かスポーツでもしていたのだろうか。
『え――と……ごめん。なんて言っていいか……』
あたしは気持ちが整理できず言葉が出てこなかった。
『あのね……別に強要したいわけじゃないんだけど』
『うん。それは分かる』
『お父さんとお母さんはどうしても春海よりは早く死んでしまうから……支えてくれる人がいればと思って』
父親はすこしバツが悪そうに言った。
別にそんな顔しなくてもいいのに……
気持ちは分かる。
一人で生きてくのは大変なのだ。
特に子持ちの女性が世間で一人で生きていくのは難しい。
弱いものに優しい世の中とはお世辞にも言えない。
だから両親があたしの結婚相手を探したいという気持ちは決して間違ったことではない。
『春海の人生なのだから晴海が決めればいいと思う。だけど、やっぱり一人で生きていくのは大変だと
思う。だからもし良い人がいればと思ってね』
あたしの場合……
結婚したいか否かが問題なのではない。
娘がいる。彼女を真っ当に育てていかなければならない。
果たしてそれには女手一つでできるのか……という問題もあるのだ。
『ちょっと考えさせてもらってもいいかな?』