よく晴れた夏の空の下
『あの……』
天ちゃんは唐突に話を始めた。
高台から見る街の風景に、彼女の感性を刺激する何かがあったのかもしれない。
『あたし……なんかうまくしゃべれなくて』
『そうなの?』
『はい……』
『あたしは大丈夫だと思うよ。無駄なこと話す人よりよっぽどいいから』
『でも……周りからは暗いって言われたりして』
『暗い? あたしには思慮深く見えるけど』
あたしの返しに少し当惑したような顔をする天ちゃん。
自分が短所だと思っているところは言い方を変えれば実は長所だったりするのだ。
『ちびまる子ちゃん』の作者でもあるさくらももこは『あきらめがいいのが自分の長所だと思っていたが、それは単に根性がないだけなのでは? と他人から指摘された』というようなことを自身の作品で綴っている。
あたしはどんな人にでも短所もあれば長所もあると思う。
天ちゃんのように自信のない子は自分の長所に気づけない。
だからいろんなことで悩んで立ち止まってしまうのだ。
やりたいことがあってそれに向かって猪突猛進できる若い子というのはドラマの中でしか存在しないのだ。
『あたし……どうしたらいいのかな……』
目に涙を浮かべながら彼女は言った。
漠然としない悩みを話せるほど気を許せる相手は、彼女にはいないのかもしれない。
親や兄弟にはこんな悩みはなかなか話せないものだ。家族は自分を気遣ってくれる。それは間違いのない話なのだけど悩みの内容を自分自身が理解できていないのだ。
家族は気遣ってくれる反面、忌憚のない意見も出やすい。
多分、こんな話を家族にしたところで『何が言いたいの?』と聞かれるだけ。
天ちゃんはそれが怖いのだ。
だから目に涙まで浮かべている。
『そのままでいいと思うよ。てゆうか、天ちゃん……座ろ……』
あたしはベンチに座るように彼女に勧めた。
彼女は黙ってこくりと頷いてベンチに座った。
『天ちゃん……あたしね。17歳で子供産んだんだ』
『え……あ……はい……』
反応に困ったような顔をする天ちゃん。
そりゃそうだろう。
そんな重い話が出るとは思ってもいなかっただろうし。
彼女にとっては重い話かもしれないがあたしにとっては今のあたしを語る上で欠かせない話。
他人の話を聞きたいなら、自分の話からしないと本当の意味で心は開けないのだ。
『もうどうしたらいいか分からなかったんだけどね……』
困ったように下を向く天ちゃん。
聞いてくれているようなので構わずあたしは続ける。
『とにかく産んでこの子を育てようって思ったの』
『……はい……なんかすごいですね』
『ところがすごくないのよ』
『な……なんでですか?』
『だって一人じゃ何にもできないから』
『あ……そうか……』
『だからね……未だにどうしたらいいか迷ってる』
『そうなんですか?』
『そう。分からないのはあたしも同じ』
天ちゃんは顔を上げてあたしをじっと見た。
たぶんほんの数秒の出来事なんだろうけどその時間は長く感じられた。
髪の毛はボサボサで化粧もしていないのだけど、よく見ると目はくりくりしているし可愛い顔をしている。
彼女が何か自信を持つきっかけができればいいのにな……とあたしは良く晴れた夏の空を見上げながら思った。