わとんのコロッケ
『わとん』という名前のお肉屋さんは安くてなんでも美味しい。
駅からT高校までの道のりは商店街で、道路沿いにお店がずらりと並んでいるのだけど、授業が終わってすぐに帰らなければならない時や、お財布がピンチの時にも、この商店街のどのお店も面白そうでつい覗いてしまいそうになる。
覗いてしまうとやっぱりじっくり見てしまいそうだし……お金もないのに何かを買ってしまいそうなので、そういう時はお店を覗きたい気持ちをぐっとこらえてまっすぐに駅に向かっている。
そうは言うものの……
基本的に、学校に通うスクーリングの日は1日家を空けてもいいようにしてから来るので、学校帰りにこの商店街をうろうろしながら時間をつぶして帰ることは少なくない。
そんな中、特に目を引いたのが坂の途中にあるこのお肉屋さんだ。
とにかく安い。
家での食事には基本的に豚の細切れを使うことが多いのだけど、通常のお店で売っている細切れがロースであまり脂身のない赤身のお肉が多いのとは対照的に、『わとん』では細切れと言って売っている豚肉の中身はほとんどバラ肉であり、そんな質の良い肉が細切れと同じ値段で売っているのだから実に良心的である。
そんなたまに買うお肉よりもあたしがいつも気になっているのは一つ50円のコロッケ。
大抵は揚げたてが置いてある。
店先はいつもいい匂いがしている。
コロッケの横にある唐揚げも美味しそうだ。
学校帰りのお昼ごはん前にこのお店の前を通るからお惣菜の方に目が行くのだろうか……。
そういえば……
以前に住んでいたアパートの隣に住んでいた二階堂さんは唐揚げや焼き鳥に目がない人だったので、もし再会するようなことがあったらこのお店をぜひ教えてあげたい。
『ねえ、天ちゃん。ここでコロッケ買って行かない??』
『え……あ、はい……』
何かにおびえているような表情で少し下を見ながら目を合わせずに話をしてくる彼女が少し愛おしい。
それは彼女の自信のなさの表れなのだけど、中学卒業したばかりの16歳の女の子が何をするのも自信満々というのは、それはそれでなんだか少し可愛げがないような気がする。
あたしたちは安いコロッケをいくつか購入して公園に向かった。
『わとん』から少し駅の方面に歩いたところから細い脇道に入って少し住宅の間を抜けてまっすぐ歩くと小さな公園がある。その公園は高台にあって、町全体が見渡せる。
『ここ、いいでしょ』
あたしは後ろを歩いている天ちゃんに言った。
振り返って彼女を見ると、天ちゃんは顔を上げて公園からの風景に見入っていた。
高台からみる夏の風景というのは何か自分が物語の主人公になったような気にさせてくれる。
こんな風景を見ながら美味しいご飯を食べたら……
天ちゃんの悩みも少しは晴れるだろうか。