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1月24日月曜日、午前10時20分。目が覚める。遅刻した。
俺は急いで準備する――訳でもなく、ゆっくりと学校の支度をする。今更行ったって仕方がないのだが、単位がかかってるんでな。今ならギリギリ4時間目には間に合うだろう。
朝は何を食べようか、と考えながら、テレビをつける。そんな暇ないだろ、て思うかもしれないが、どうも行く気になれない。面倒くさい。なぜか嫌な予感もする。
今日も消費期限が本日までのパンでも食べるとしよう。いつも母が大量に買ってくるので、古いのから順に食べても減らないし、それに対抗するように新しいパンが追加されていく。これが負のスパイラルか。
最近のテレビもつまらなくなったな。朝だからニュース番組ばっかりだからだろうか。
――いや、それだけではない。そこに出ている芸能人も面白くない。テレビ番組の漫才の大会で優勝したお笑い芸人が出たりするのだが、一向に面白いとは思えない。
初めはいろんな番組に引っ張りだこだが、半年もすればテレビで見なくなる。代わりに、優勝ができなかったお笑い芸人たちが、テレビでよく見かけるようになる。
これは父も同意見である。最近の芸人は叫んでばかりだ、だってさ。俺もそう思う。
朝食を済ませ、制服に着替える。現在、10時43分。大丈夫だ。4時間目には間に合う。
うちの制服は、至ってシンプルで、Yシャツにスラックス、ネクタイ、ブレザー。明るいグレー色のブレザーが特徴ってだけだ。
あとはネクタイがYシャツにつけるボタン式。これがクソ扱いづらい。調節できないから、首回りが苦しくて苦しくて仕方がない。しかもYシャツに依存してるから、これでしか使えない。不便だ。
流石、学校法人グループ――財前といったところか。制服を作っている会社も、財前が運営している。どれだけ金が欲しいのやら。
学校の支度を済ませた俺は、玄関の前で、ため息を一つ。行くか。靴を履き、外へ出る。――クソ。曇ってやがる。より嫌な予感が増してきた。
家の最寄りのバス停に行く。はぁ。今日で何回目の遅刻だろうか。
中学では遅刻するなんて考えられなかった。一度だけ遅刻しかけたことがあって、今までにないくらい血の気が引いたことがある。
だが、高校に入ってみればなんだ。朝目が覚めれば、いつもこの時間帯である。今はもう、これが日常と化している。
バス停に着くと、ちょうどバスが来ていた。運が良い。
バスに乗る。いつも通り、一番奥の座席に向かう。よし。今日も空いている。俺はそこへ座る。この座席が一番落ち着くのだ。俺が降りるバス停は終点の駅だから、一番奥に座っても問題はない。
俺はイヤホンで音楽を聴き、窓から外を眺めながら、今日も反省文を書かされるのか、と考える。そう。遅刻を繰り返すと、反省文を書かされるのだ。今は400字詰めの原稿用紙を3枚渡される。これで短編小説でも書いてやろうか。
反省文とかメンドクサイ。学校に着くまでに事故に巻き込まれないだろうか。もちろん、俺が死なない程度で。まだ死にたくはない。童貞だし。我ながら自分勝手な考えである。
終点の駅に到着して、駅のホームに行く。すると、改札へ行こうとしている男性が、ポケットにスマホを入れようとする。だが、入れたつもりが、落とす。気づくだろうと思ったのだが、気づいていないようだった。どうやら急いでいる様子で、男性はそのまま改札を出た。
俺はそのスマホを拾うと、改札を出て、その男性を追いかけた。俺はこういうのを放っておけない主義でな。困っている姿を想像すると、同情して気が気でない。
その男性の肩をトントンと叩き、一言。
「すみません。スマホ落としましたよ」
そういうと、男性はポケットに手を入れる。ほんとだ、と少し驚いたような表情をする。少し早口で話してくる。
「おお、すまない。ありがとう。今日は大事な会議があって、実は遅刻しているんだ。連絡を入れようと思っていたのだが、スマホが無かったらできなかったよ。君のおかげで助かった。本当にありがとう」
と言って、急ぎながらも、俺に笑顔で手を振る。俺も自然と笑顔になる。
よくやった、俺。人助けって良いものだ。こんなにも気持ちが晴れ晴れするなんて。クセになってしまうじゃないか。
俺は再び改札を通り、駅のホームへ。俺が乗るはずだった電車は行ってしまったが、そんなことどうでもいい。どうせ遅刻だ遅刻。人助けのほうが大事だ。こんなこと学校では教えてくれない。人に迷惑をかけるな、しか教わらない。どうかしている。
次の電車が来た。俺はそれに乗る。電車の中でも、事故に巻き込まれないか、と考えてしまう。さっきまでの善良な俺はどこへ行ってしまったのやら。
人間なんてそんなもん、と俺は思う。自分に都合が良い出来事が、一番幸せなのである。まあ、あくまでも俺の場合はな。
電車が目的地に到着する。俺は降りて、駅を出る。そこから歩いて数分で学校に着くのだが、ここまで来たのに帰りたくなってきた。『単位』という言葉が頭を過ぎる。クソ。
俺は学校に向かった。