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【注意】
カクヨムのほうでも連載予定です。あくまでもなろうは書き溜めとして利用させて頂きます。感想は作者の餌なので、どうかよろしくお願いします。
俺がこの世界に来てから、一ヶ月が過ぎようとしていた。
この世界とは何か。俺はこれを言いたくて仕方がない。この世界、俺がいるこの場所は、異世界だ。紛れもない異世界である。
証拠として、ほら、左手が取れる。あれ? 違う? 答えになってないって? たしかに。他には……そうだな。右手が取れる――あー、違う? そうですか。
真面目に証拠を見せたいのはやまやまなのだが、俺はあいにく魔法が使えなくてな。異世界に来たというのに、魔法が使えないとか……俺はどうやって生き抜いていけばいいのだろうか。
もちろん、魔法が使えない人も、この世界に存在する。だが、命は短いと聞いたことがある。理不尽な話だ。こうしてモンスターと戦って勝てる俺は、運が良い。
さっきまで空は厚い雲に覆われていたのだが、いつのまにか快晴になっていた。
顔を出した太陽が、俺に日差しという名の槍を突き刺してくる。暑い。暑苦しい。しかもこの世界は太陽が三つもある。意味が分からん。気温がバグってら。
俺は今、クエストを受けている。――ご主人様と。
そうそう、俺を盾にしている女だ。黒いローブを着た、薄い空色がかった銀髪の美少女である。腰まで伸ばしたサラッサラな髪は、とても丁寧に手入れされていた。
身長もそこまで高くなく、推定150センチぐらい――いや、それよりも低いかもしれないな。
気になる胸は、残念ながら大きくはない。当の本人も気にしているようだ。歳は俺とほぼ変わらない。
「ほら行け。下僕」
「はいはい。行けばいいんでしょー?」と言って、俺は呆れたようにため息をする。たまには先に行ってほしいものだね。毎度毎度俺が先頭を行くなんて飽きました。
今回のクエストはスライム退治だ。いつもの王国から少し離れた、山奥の森でスライムが発生したらしい。
なんで今更スライム退治だなんて? て思うかもしれないが、実はこの世界のスライムは凶悪である。なんせ、人を体内に飲み込んでしまうからな。
ギルドでは初心者におすすめ、なんて言われているが、圧倒的な初見殺しである。
そして俺の目の前にいるのが、今回の標的のスライムである。大きさはだいたい中型犬と同じくらいだ。黄緑色だ。
だが、今の俺なら、こいつは敵じゃねぇ! こんなもん、ちょちょいのちょいだ!
「喰らえ! 雑魚が! この俺に勝てるとでも思ってんのか?」
スライムを踏み潰す。重い一撃を喰らわせる。グチャリと音が鳴って、バラバラになる。だが、すぐに合体する。うげぇ、気持ち悪い。エイリアンの血液みたいだ。水色だったら水に見えるのにな。
「おらっ! もう一発喰らいやがれ!」
俺はもう一度踏み潰す。またバラバラになる。そしてすぐに合体する。
また踏み潰す。次は、バラバラになったスライムが合体しないように、両足でドタバタと踏み潰す。だが、すぐに合体する。
「クソッ! 埒が明かねぇ!」
「お前はバカか? スライムに物理攻撃が効くわけないだろ」
美少女が言った。おい。先に言えよ。恥ずかしいじゃねぇか。駄々をこねる子供みたいになっちゃったじゃねぇか。
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「スライムの体の9割は水分で出来てるんだ。火の魔法で蒸発させれば良い話だろ」
俺が魔法を使えないこと分かってるくせに。なんちゅうことを言うんだこいつは。
「魔法担当はお前だろ?」
「そうだが」
「そうだが、じゃねぇよ。さっさとこいつを――ゴボボボボボボボボ」
その時だった。スライムが俺の顔に飛びついてきた。そして、俺の頭がスライムに飲まれる。離そうとするが、なかなか離れてくれない。
息が……なんてな。俺にはそんな攻撃は効かない。”普通”の人間なら、これで窒息死して終わるだろう。
「ゴボッ、ゴボボボボッ! ゴボボボボボボッゴボボボボボ、ゴボゴボ!」(フハッ、フハハハハッ! 俺にそんな攻撃は通用しないぞ、スライム!)
俺は調子に乗った。
「――おーい、何してんだ? 死ぬぞ、お前」
「ゴボッ?」(えっ?)
突然、顔からジュワーという音が鳴り始めた。何か、溶けているような……まさか。
俺は顔を触る。すると、手もジュワーと……。
う、うぎゃあああああああああああああ!
「ゴボボボ⁉」(溶けてる⁉)
「そりゃそうだ。そいつの体、王水で出来てんだから」
なんでスライムがそんなやべぇので出来てるんだよ! やばいやばいやばい! 流石の俺も無理だ! 死んじまう!
俺は必死になってスライムを離そうとする。離れない。どんどん顔が溶けていく。手も溶けていく。た、助けてくれ……ッ。
「あーもう、仕方ないな。下僕のくせに使えねーな」
「ゴボボッボボ! ゴボボボボボ!」(悪かったな! 使えなくて!)
美少女は一つため息をつくと、人差し指を俺に向ける。彼女の指先から火の玉が生成される。その火の玉は徐々に大きくなる。
「《ファイヤー》」
澄ました声で美少女は言った。大きくなった火の玉は、俺を目掛けて飛んでくる。そして、俺の全身が火の塊となる。
――な? ここが異世界って証明できただろ? 言うてる場合か。
スライムは蒸発したが、俺の体は燃えたままだ。
「アチャーッ! アチチチチチチチチーッ!」
俺は地面を転がり回る。火を消すためだ。
――やっと消火を済ませると、俺はその場から立ち上がる。お尻についた砂をはらう。何事も無かったように言う。
「ったく。死ぬところだった」
「その気持ち悪い顔でこっち見んな」
「仕方ないだろ。溶けたんだから」
流石に今回はガチで死ぬかと思った。王水なんて聞いてない。そんなのこの世界に存在してたんかよ。
「とりあえず、”直”してくれ」
そう言うと、美少女はまたため息をつく。俺に人差し指を向けると、また魔法を唱える。
「《リペアー》」
――すると、美少女のカバンから、鉄の塊が宙に浮いて来た。鉄の塊は俺の溶けた顔、手にフィットするように変形する。見る見るうちに、鉄の銀色から、元の肌色に変化する。なぜ肌色に変化するかって? 俺も分からない。
俺の顔が直る。手も直る。元の体に戻った。
「サンキューな」
「お前が壊れては困る」
「じゃあなんでため息つくんだよ……」
美少女はぷいっと顔を逸らした。黙っていれば可愛いのだが。喋ると鬱陶しい。まあ、なんだかんだ俺の言うことを聞いてくれている。いわゆるツンデレってやつだ。
地面に何か、光ったものが目に入る。それを拾う。恐らく、スライムがドロップしたものだろう。
「ほー、金か。これが討伐の証拠になんのか?」
「ああ、そうだ」
俺が拾ったのは、米粒一つぐらいの金だ。流石金だ。こんなに小さくても重みを感じる。本物だろう。無くさないうちにポケットにしまう。
「――そろそろ帰るぞ。腹が減った」
「そうだな。……飯が食えるなんて幸せだな、お前は」
「残念だな。だってお前は”ゴーレム”だもんな」
――そう。俺はゴーレムなのだ。
応援よろしくお願いしまああああああああああす。