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ジョゼット

 アーレインの同僚にジョゼット・コーツという男がいる。いかにもお調子者といった軽薄な見た目で、得意なのは風魔法。だが魔法よりも人の輪をつくる術に長けている、とは師であるラダンの見立てだ。

 実際、彼がやたらと構ってくるようになってからアーレインの周りには人が増えた気がする。周囲からすると、あの『落ちこぼれのジョー』が大魔法師候補と共にいるのが不思議で仕方がないらしい。当の本人にしてみれば、別にジョゼットに限らず来る者を拒んできたつもりもないのだが。

 彼は魔法学校を落第寸前で修了したと聞いたが、働き学費を稼ぎながら通っていたためで、特に才能がないわけではないそうだ。興味もなかったが、酒に酔ったラダンがよく話題にするものだからすっかり覚えてしまった。時々援助をしていたらしい大魔法師は、きっと指導者としても優れていると言って良いのだろう。何せ得体の知れない男を弟子として面倒を見るほどだから。


「よお、飯行こうぜ!」

 昼時。気安く肩を組んでくる男は周りより少しばかり年上のはずだが、むしろ最も若々しくさえ見える。

 悪魔にしろ人間にしろ、頓着なく絡んでくる輩というのはどこにでもいるようだ。お喋りな旧友のことを思い出しながら、承諾を返して席を立つ。道中でまた同席者が増えていくことは想像に容易い。

「なあなあ、今日こそ水獣の魔法を見せてくれよ」

「断る。見世物じゃない」

 それにあれはいま家にいる、とは口に出さなかった。時々は任務の補助として呼び出すものの、シエラが気に入ったものだから、リリィのことは護衛も兼ねて側につけているのだ。

 先日ヒトになった件だが、本人の意思で獣とヒトの姿とを使い分けられるらしく、また妙なことを口走らないかというのは不安の種だったが。


 食堂にて無料で供される献立は日替わりの一種類のみだ。定番はパンにスープ、副菜や果物が数品。おかわりは自由。

「お前、光魔法の勲章って持ってるか?」

「なんだ急に」

 料理を取り、席に着くやジョゼットが切り出した。予想通りに十名近い大所帯で一画を占領する羽目となり、更にその中心が有名な《犂星の悪魔》とあっては否が応でも目立つ。

 なるべく声の調子を落として聞き返し、そのまま食事へと手をつける。

「いやいや急じゃないって。最近どいつもこいつもその話ばっかりだぞ?」

「フォークを他人に向けるなと習わなかったのか」

 視線すら向けず淡々と返せば不貞腐れたような気配。できれば食事中に面倒な話はしたくないのだが。

 ジョゼットの言う通り、認定試験が近く行われる。各部門の長である大魔法師三名の前で魔法を実践して見せる決まりで、実力が認められれば晴れて勲章を得られる。

「持ってるに決まってるだろジョー。あの噂を知らないのか?」

 周りから声が上がる。

「噂?」

「アーレイン、満場一致でなかったら認めなくていいって、大魔法師様方に啖呵きったって」

「まじかよ……」

 通常は多数決、二名以上が認めれば合格となるところを、アーレインは前回の試験で自ら断った。ラダンの弟子ゆえの贔屓と難癖をつけられてもたまらないからだ。ヒトの世で生きるのは難しいが、不平を潰すほどの力を見せれば済むという単純さは、悪魔の理に近く馴染みがある。

「喧嘩を売ったつもりもないが。で、光魔法がどうかしたか」

「対策法を教えてほしいっ」

「対策も何も、魔法を見せるだけだろう」

「ほら天才はそういうこと言うー!」

 両手を合わせるジョゼットに呆れ顔を向け。周囲からは笑い声が上がる。

「不平は鍛練してから言え。大魔法は使えるのか?」

「んなわけ! お前と一緒にするなよ」

「では上級魔法はいくつ扱える」

「ええと……」

 はにかみ指折る様に鼻を鳴らして応じる。

「今回は諦めろ。落ちても死にはしない」

「悪魔!」

 無視し、食事を再開すると。

「アーレイン……は受けないのか?」

 まだ戸惑いを孕みながら話し掛けられた。これでもだいぶ馴染んできた方ではあるのだ。最初はジョゼットのような例外を除き、日常会話すら儘ならないくらい距離を置かれていた。

「今回は見送るつもりだ。何といったか……そう、《紫の蛇》のところから出される課題が面倒で気乗りしない」

 特級である雷魔法を持つこともあるし無理に揃える必要もないのだが、どうせなら誰に文句を言われない程度の証を揃えてもいいと思う。

 それに時間をかけることで、少しでも大役からは遠ざかっていたかった。あくまでも己のために鍛練しているに過ぎないのだし。

「ああわかる、いやらしいよな」

「あそこ、俺達に嫉妬してるんだぜきっと」

 しみじみと賛同の声が続く。

 試験の際は単に魔法を使って見せる以外にも、審査員から要請される課題をこなす必要がある。自部門の長ラダンと《緑の雄牛》を束ねる『聖女』は、目は厳しくはあるが難題を課すことは少ない。残る一部門だけが、複雑で高い能力を要するような注文をつけてくるのだ。特別に彼らの組織が敵視されていることもなかろうが、苦戦した経験のある者は多い。


 勝手に展開される愚痴を聞きながら黙って食事を続けていたアーレインだが、ふと傍に人が立ったのを感じ、手を止めてわずか振り返った。

 果たしてそこには数名の女性達。いずれも同じ《白の鷲》に所属する魔法師だ。名前は……よく覚えていない。

「なんだなんだ? 大勢で……遊びのお誘いか?」

「いつでも誘えるあなたに用はないわよジョー」

「ひっでえ!」

 冷やかすジョゼットには容赦ない言葉が浴びせられる。顔の広い彼は当然ながら彼女達とも親交があるのだろう、少なくとも冗談を交わせるくらいには。

「ね、今度あたし達ともお昼、どうかしら?」

 水を向けられ、アーレインは金色の目をわずかに泳がせた。唐突だが、初めてのことでもない。結局はいつもジョゼットら数名の同僚がくっついてくるのだが、それはこの時点でわざわざ教えてやることもないだろう。

「……食事くらいなら、まあ」

「やった! じゃあ約束よ」

 眉間の皺に気付いたかどうかはわからない。ともかく嬉しそうに去った集団を尻目に、再びジョゼットがフォークをゆらゆらと向けてくる。

「なあ、はっきり言ってやった方がいいぜ? 嫁がいるって」

 作法を咎めるより驚愕の伝播のほうがずっと速い。魔法師達は口々に詰め寄ってくる。

「え! 結婚してるのか?!」

「やっぱりその指輪!」

「……別に隠してたわけじゃない」

 何のことはない、訊かれなかったから言わなかっただけだ。この銀の輪だって魔道具でも何でもない。シエラが重視しているらしいから着けているに過ぎなかった。

「そういうの全然興味なさそうなのに」

「そうそう、いっつも誘いを断ってるじゃないか」

「というかジョー、なんでお前が知ってるんだよ」

「へっ、オレはなんでもお見通しなんだよ」

「なら認定試験も余裕だな」

「うぐっ……!」

 種明かしは単純だ。撃沈した魔法師とは以前、たまたまシエラと買い出しに行った先の市場で出くわした。その時に問い詰められ、今に至る。

「嫁さんは何をしてる人なんだ? まさか魔法師じゃないよな?」

「西の町で食事処を」

「ああ、だからいつも魔法で通ってるのか」

 一人が合点のいったように言う。

 もし再会した時に少女が同僚だったならどうしただろう、とふと考える。きっと何がどうあっても魔獣討伐の任は肩代わりしたに違いないし、正直に言えば、魔法を使わせること自体が落ち着かなかったに決まっている。

 だが、いずれにせよ……彼女が誰かのものになっていなくて良かった。

 乱暴にむしりとったパンの切れ端を黙々と咀嚼する。頷きを返して、飲み込み。

「まあ、良い土地だ」

「ラダン様の弟子が言うなら間違いなさそうだ。行ってみたいな」

「確かに」


 笑い合う彼らの行動力をこの時のアーレインは知らなかった。会話から数日後。ジョゼットを筆頭として本当に食堂を訪れた同僚達のため、シエラだけでなく大魔法師候補ですら厨房へ立つ羽目になったのである。

 西の町は馬車を使えど王都からは遠い。転移魔法を習得した証として、魔法師達に馴染みの店となるのは少し先の話。

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