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再会と戦女神 前編

からすき』は難読の類いかと思いますが、彼にぴったりでどうしても使いたかったのです……

 普通の兵士では歯が立たないと、魔法師が魔獣討伐へと召喚されたのは何名もの怪我人が出た後だった。

 国軍と特権階級たる魔法師、双方の組織とも自尊心が高く連携は滅多にないことだが、実害が出れば背に腹はかえられない。そもそも魔獣の相手であれば本来は魔法師が本業を名乗ってもいいくらいだが、依頼されるまでは互いに領分を侵さないという暗黙の了解がある。


 他部門と合同の任務と聞き、アーレインは正装である白銀の外套に身を包んだまま、軍の詰め処に転移する。といっても行軍は数名のみと聞いていた。魔法師の基本戦法は人海戦術などではない。存分に大魔法を使うには、むしろ少人数の方が都合が良い。

 案内役の兵士へと礼を述べる。転移の目印となる魔石をここへ運んでもらう必要があったからだ。机上の魔石は他に一つ。小屋には彼以外に人の気配はない。

「あ、やはり貴方でしたか! 《白の鷲》からと伺っていたので少し期待していたんです」

 嬉しそうな声に見下ろすも知り合いではない、はずだ。記憶を辿っていると丁寧に頭を下げられた。

「失礼しました。あの蜥蜴の時の伝令兵です!」

「……ああ」

 以前の討伐任務でも案内をしてくれた伝令兵だ。ようやく思い出し、腰元の鞘へと視線を遣る。どうやら当時のようにまっさらな新品ではないらしい。

「見違えたな」

「ええ、まあ、多少は」

 はにかむ少年リックの横、机上に置いていた魔石が小さく震え出す。アーレインと同様、転移魔法を使って姿を見せたのは長身の女性だった。

「光の聖女に仕えし騎士にして魔法師、我が名はヴェルレッティ! さあ、栄誉が欲しくば――」

 結い上げた癖のない長い葦毛の髪、くっきりとした目鼻立ち。美人と称して差し支えないであろう容姿の彼女は、観衆が二名のみと見て取ると声高な名乗りを途中で止め固まった。咳払い。

「……失礼、他の者はまだか?」

「これで全員のようだが」

 気の強そうな瞳がアーレインを捉える。と、ヴェルレッティと名乗った女性は「わ!」と声をあげるや否や、距離をとって身構える。手にしているのは剣ではなく、先に宝珠のついた大きな杖だ。

「そっその目の色……貴様まさか《犂星の悪魔》?!」

「誰だ?」

 指を差されたことと大声とに顔をしかめると、慌てた様子のリックが服の裾を引っ張る。

「ぎ、《銀嶺の戦女神》……《緑の雄牛》イチの魔法師様ですよ!」

 魔法師の遊撃部隊である《緑の雄牛》。そこに所属する者はいずれも高い戦闘能力を持っているそうだが、中でも優秀と名高いのが彼女だった。珍しくも移民の出だというが、次期大魔法師に目す声も少なくはない。

「なるほど。で、」

 そんな有名人を前にしてもアーレインの表情は変わらなかった。

「からすきぼしのあくま、とは俺のことか?」

「貴様、本気で言ってるのか……?」

 拍子抜けしたように言う。騎士道を重んじる彼女にしてみれば、適当な得物で野生の獣のような狩りをして去っていくと噂の男は、顔を合わせたことはなくとも、何となく気に食わない存在だった。周囲が高く評価しているから尚のこと。彼女が崇拝し仕える『聖女』こと《緑の雄牛》を束ねる大魔法師ですら、彼には興味を抱いているらしい。

 だが本人は想像よりよほど覇気もなく、苛立ちをどこにぶつけるべきか迷うほどだ。

「生憎と興味がなくてな。……まあ、あながち遠くもないが」

 かつては星の名を持つ本物の悪魔だった身として、なんという皮肉だろうか。小さく鼻を鳴らす。

「すごい、こんなお二人とご一緒できるなんて……!」

 会話もそこそこに若い兵士の感激はすぐさま緊張へと変わる。目の前に揃った大魔法師候補二人に対してはもちろん……彼らほどの魔法師でなければ敵わないとの判断なのだろう。それだけ今回の相手は手強い。

 用意した剣を丸腰のアーレインにだけ念のため渡し、二人の魔法師を連れてリックは小屋を発った。


「魔獣は人狼のような姿だそうです。今までのどの魔獣より素早いと、皆が口々に言っていました」

 重苦しく淀んだ空気、日の光さえ入らない森の奥深く。すぐ後ろにヴェルレッティ、その後ろをアーレインが着いていく。

「せっかくの保護色が、磨き上げられた鎧では目立つだろうに」

「これは騎士の誇りで……って、なぜ貴様に野戦の心得を説かれなければならんのだ!」

「大仰だな。生存確率の問題だろう」

 純白の衣に簡素な胸当てを覆うのは深緑の外套。比べれば確かに《白の鷲》の色は目立つ。

 相変わらず淡々とした物言いの男は、やはり動きにくい外套のことが好きではないらしい。それでも、他部門と合同だからと決まりを遵守するあたりは妙に真面目ではある。

「あの……?」

「ああ失礼、私としたことが。狼と言ったな。群れなのか?」

「ええと、いえ、報告では一体と……」

「一体?」

 兵士達とて素人ではないものの、巨大な魔獣相手では数で上回ってすら勝てないこともある。

 それにしても今回はこちらが痛手を負いすぎた。もはや形振り構っていられない、というのが上層部の本音だろう。

「ならばこの人数というのも頷けるか。……そうだアーレイン、貴様、勲章はいくつ持っている」

 外套の裏、胸の部分に留められているのは各魔法の力を認められた証だ。ヴェルレッティが見せたのは三つ、風魔法、それから光と闇のもの。

 対するアーレインが示したのは火、水、風、光の四つ……それから。

「それは?」

「雷のものだ」

 どの属性にも分類されない魔法の勲章など珍しい。しかしこの証があるということはつまり、『聖女』含めた大魔法師三人が認めたということに他ならない。

「フン……足手まといにはならないというわけか」

「力を示せば文句を言われないのはヒトも同じだな。……お前、一番得意なのは何魔法だ」

「《緑の雄牛》で……いや全魔法師の中で、光魔法で私に敵う者はいないだろう」

「それは頼もしい」

 感情の籠らない声で返事をするものの、それを気にするような騎士でもない。アーレインは喧嘩を売る気も買う気も毛頭ないらしい。

 内心ハラハラしながら小競り合い未満のやり取りを見守るリックだったが、足を進めるうち徐々に彼らの口数も減っていく。

「この土地……何かが……」

 呟いたのはヴェルレッティだった。いくら森の深奥だからといってこうも大気が淀むものだろうか。

 それに魔素の量が少なすぎる。その存在を感じ取ることのできる魔法師にとっては、どうにも違和感しかない。

「魔素がまるで足りない。本当に魔獣がいるか疑わしいくらいだ」

「だが現に……厭な感じがする。気を抜くなよ」

 魔法師は意図して深く呼吸をする。息苦しいほどの気配は純然たる魔素からは程遠い。これだけの自然の中にありながら、どれも不自然に歪んでいる。取り込んだ魔素の流れが歪めば魔獣は生まれるが、そもそも存在する魔素自体の様子がおかしいのだ。


 鳥や虫の鳴き声一つしない。ただ三人が枝を踏む音だけが響く中。それは眷属を従えた元悪魔にしか聞こえない警鐘――羽根を模した彼の耳飾りが『鳴いた』。

 突如飛び出してきた黒い影が狙ったのはアーレイン。鋭い爪を咄嗟に鞘で受け止めるも勢いを殺しきれず押し倒される。黒々とした体毛に覆われた腹を思い切り蹴り飛ばし、怯んだ隙に地を転がって避ける。魔法なしの生身では無事で済まなかっただろう。

「無事か!」

「ああ」

 舌打ちを一つ。話に聞いていた通りこの状況は一筋縄ではいかなさそうだ。

 肥大化した腕を引きずる二足歩行の巨大な狼は、じりじりと距離を詰めようと機会を窺っている。どうやらそれなりの知性を有しているらしい。

「……おい、騎士。『魔法を使えるか?』」

「いや……」

 小声での問いかけに、ヴェルレッティは杖を構え直し歯噛みする。

「駄目だ、全然足りない」

 わずかな魔素を身体強化へ流すので精一杯、通常魔法を発動するほどの量も集約できない。まして転移魔法による移動を併用するなど困難だ。強化なしの単純な力比べではこちらが不利とわかっている。しかし敵は一体だけ……勝機はあるはずだ。

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