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悪魔の竈

「……どうしてお前がここにいる」

 アーレインは部屋の入口で眉間を押さえ、心底嫌そうな声を絞り出した。眼前には堂々とくつろぐ少年の姿。彼は浮世離れした美貌がいっそ台無しになるくらいの、人なつこい笑みを家の主へと向ける。

「友達の結婚をお祝いするのは人として当たり前じゃない?」

 ニコニコと細められる艶やかな碧眼。灰白から緑へ染まる髪は陽光に透けて、さながら物語に出てくる天使かのよう、だが。

「お前は悪魔だろ。……で、お前も」

 その向かいに座り固まるシエラ。

「なぜ普通に茶など振る舞っている」

「あなたのお客さんだって言うから……」

 シエラにしてみれば、きちんと玄関から訪ねてきた客人を拒む理由はない。能天気な茶会にはこれ以上の理由も背景もないと悟り、青年は嘆息しながら外套を脱ぐ。

 来客の名は悪魔ライアス。アーレインがヒトになる前の……謂わば、同志だ。

「俺の居ない間に知らん男を家に招き入れるな」

「お、もしかしてヤキモチ?」

「やかましい、つまみ出すぞ」

 睥睨をものともせず、ライアスは頬杖をつき少女に変わらぬ笑みを向けた。

「と、わざわざ言うってことはつまみ出す気はないんだねー。シエラちゃん、君の旦那は優しい」

「ええっと、はい、アーレインはいつも優しいです」

「シエラ」

 いつになくドスのきいた声に身を縮める。ライアスは腹を抱えて笑っていた。

「そっか、悪魔様……てっきり魔法師様かと思って」

 然程の驚きも示さずに納得する。生まれる前から『優しい』悪魔に親しんできたのだ、相手が人間でないからといって今さら恐怖心など抱かない。言葉は通じることだし。

「だからリリィちゃんが隠れてしまったのね。――おいで、怖くないよ」

 リリィはアーレインが魔法で顕現させている霧の犬だ。シエラが気に入っているから時々は家に置いていた。常に魔法を保っておくことにはなるが、大魔法師候補にとってはそこまでの負担でもない。

 ライアスは部屋の奥からおずおずと顔を覗かせたリリィを見。

「あ、付きまとい魔法」

「殺す」

 ごう、と床から燃え上がった炎が、狙いすましたように彼を捕らえるべく大口を開けた。注視していれば、金眼が炎の色に染まった一瞬の様子に気付いただろう。

「おっと!」

 躊躇なく行使された元悪魔の法。対して翼もないのに悪魔は宙に浮き避けてみせた。それを見たシエラが「あら」と口元を押さえる。

「リリィ。側を離れるなと指示したはずだが」

 一撃を外したことにかしょぼくれる獣に対してか、呼びかける声は不機嫌そうだ。怯えた悲しげな鳴き声が返され、渋々といった様子で息を吐く。

「まあ……悪魔相手では酷か」

 いくら魔法で生み出された獣とはいえ、暴力的な魔力を宿した存在には本能が勝る。ライアスはそれなりに高位の悪魔だ。己が魂に手を加えていなければ、少女とて本来はこう呑気にしていられないはずなのだが。

「ふふっ、あなたとライアス様、本当に仲良しなのね」

「冗談も大概にしろ」

「うんうん、僕らは親友だからね~」

「お前は話を……」

「君の弱点を知って何もしなかったのは僕ぐらいでしょ?」

 大半を失いながらも、アーレインは悪魔の力をまだ備えている。今も従える眷属は炎の鳥だ。扱う『鳥瞰』と呼ばれる千里眼は強力だが、眷属に視覚を奪われるために、使用中は動けないという致命的な弱点がある。その隙を襲うどころか、補い手助けしていたのが『嗅覚』に優れたこの悪魔ライアスだった。

 最初は互いに利害が一致したに過ぎなかったのだが、人間以外が友情を知らないかと言えば嘘になる。

「アーレインは目がいいし僕は鼻がいいけど、『心変わりの音を聴く悪魔』なんかもいたんだよ」

「じゃああとは……味覚、かしら?」

「残念。実はねえ、悪魔はみんな味音痴!」

「え!」

「適当なことを言うんじゃない」

 呆れを隠さないアーレインの薬指には銀の輪がある。少女のものよりは幾分か不恰好だ。彼は身につけるものにはそれなりに気を遣っていたし、あまり趣味ではなさそうに見えるのだが。そうまでしてニンゲンのために折れることができるのか、と悪魔は感心すらする。

「ね、ね、シエラちゃん。彼は君に何て言って結婚を申し込んだんだい?」

「えっ。あの……あ、そうだ首輪……」

「シエラ!」

 今度こそアーレインは反射の速度で少女を睨み付けた。

「ご、ごめんなさい」

 しゅんとするのを見て青鈍の頭を掻きむしる。

「くそっ……お前のせいだぞライアス」

「うわ言い掛かり」

 べえ、と舌を出す。とばっちりもいいところだ。

「元気出してシエラちゃん~。……そうだ、僕の『犬』も見る? かわいいよ」

「犬?」

 ライアスの足元の影が蠢く。制止する間もなくずるりと抜け出てくる三頭犬。喉を鳴らす地鳴りのような音も三つ分。これがライアスの眷属だった。

 さすがに本来の大きさではなく、一応は部屋に収まっているが、化物の見た目であるのは違いない。思わずアーレインにしがみついたシエラは、しかし、次の瞬間には好奇心に目を輝かせた。

「まあ、頭が三つ!」

 御伽噺にしか出てこないような不思議な生き物が目の前にいるのだ。しかも、シエラのことを嫌わない犬!

「どうなっているの? こんがらがってしまわないのかしら……」

 少し脅かしてやるつもりだったのだが。ライアスも一瞬呆気にとられる。

「……アーレイン、君ってばとてもいいお嫁さんを掴まえたね」

「余計な世話だ」

 それに実際は婿入りだ、と毒にも薬にもならない情報は内心で呟くだけにしておく。ラダンが誤魔化したとはいえ、身元を証明できないのだから仕方がなかった。

「あーあ、僕もニンゲンになっちゃおっかなー?」

「やめておけ、向いてない」

「なんで言い切れるのさ」

 むくれる様子に淡々と返すも、視線は三頭犬へと向けたまま。先程から牽制するようにアーレインの影から火の粉が爆ぜていることには、犬の側とて気付いているだろう。

「……何もしないよ」

「どうだかな」

 ライアスは肩を竦める。

「僕だって要らない怪我は負いたくないからね。……それよりさ、隣に建ってるお店ってもしかして……」

 訪れたのは彼らの新居だった。売りに出されていた土地を買い、シエラの夢だという店も隣に建てたのだ。ちょうど少女の実家と似たように。

「食堂や酒場の賑やかな雰囲気が好きなんです。皆が友達みたいに騒いでいるのってとても楽しいから」

「シエラがこの場所がいいと。王都に建てるかと言ったんだが」

「こ、これ以上は勿体ないもの」

 あまりに恵まれているのだと恐縮する。魔法師が特権階級だからとはいえ、まさか二つ返事で家まで建つとは思わない。

 ついでに言えば、一緒に住むことになっていたのもシエラは直前まで知らなかったのだ。どんな手を使ったのか知らないが、にこやかな両親に送り出され、気付けば新婚生活が始まっていた。実家から近いからいいものの……姉のように慕う女中のローズは、またしても嬉し泣きしていた。

「ふーん。まあ確かに、ここはいい土地だと思うよ」

 地獄の魔素の量にはほど遠いが、地上にしては悪くない。きっとアーレインが上手いことやっているのだろう。彼は悪魔にしては珍しく、少女の言葉にあった酒場のような騒がしい場など嫌っていたはずだが……


 まるで精霊かのように麗しい少年はしばし虚空を見上げ考え事。そして。

「ねえシエラちゃん、僕からもお祝いを贈らせてよ。何か欲しいものはないかい?」

 シエラが困惑して傍らを見上げると胡乱げな目線が悪魔を捉えた。

「……何か企んではいないだろうな?」

「失敬だなぁもう!」

「あの……」

 恐る恐る零れた声にはとびきりの笑顔を向ける。

「いいよ、何でも言ってみて?」

「大きな竈が欲しいなって……たくさんのパンを焼けるように」

 なんてちっぽけで愛らしく、無意味でかわいい願い事だろうか! 思わず少女を誘惑したくなったが、先に告げた通り、余計な痛手を負いたくはない。

「それなら僕の得意分野だ」

 アーレインが得意とするのが火魔法なら、少年が抜きん出ているのは地魔法に於いて。悪魔の能力は眷属にも左右されるからだ。

 呪文を唱えることもなく、ふわりと全員を店の中へと転移させ。「こんな感じ?」などと、生み出した煉瓦であっという間に新しい竈を築き上げてしまう。

「火は君が灯して。上手いだろ?」

 つまらなさそうに鼻を鳴らした青年は、その場で魔法を行使する気はないようだった。彼の能力なら薪などなくとも火を保つことができるのだから、長年の友から見て恐らく単に、気分の問題。

「悪魔の力で焼き上げたパンね」

 魔法を間近で見られた興奮に頬を染めて少女が笑えば、ますます彼は不機嫌そうに顔をしかめた。

「不味そうだな」

「そんなことないわ、おもしろいじゃない」

「……」

 ライアスは堪らず吹き出す。こんな『悪魔』の姿、傑作が過ぎる。

「あ」

 アーレインの舌打ちが聞こえたかどうか。シエラが小さく声を上げる。

「もしかして、対価って必要……ですよね?」

 悪魔と取引する時の原則だ。それがただの言葉遊びであったとしても、何も支払わずに利益が与えられることはない。

「あー……ま、この光景を見られるだけで満足してるけどね。皆に話したらとっても楽しいことになる」

「おい」

 話したところで到底信じてもらえないだろうが。それだけ彼は変わった。もちろん……ライアスにとっては面白い方に。

「じゃあさ、それで焼いたパンを食べさせてよ。美味しかったら君の魂はとらないであげる」

「え、ええ?!」

 慌てふためく少女の姿にケラケラ笑う。感情豊かで好奇心が旺盛で、彼が気に入るのも無理はないと少しだけ思う。悪魔は得てしてそういう『生きている』生き物が大好きなのだ。

「冗談冗談! さ、早く味見させて?」

「お前いつまで居座るつもりだ」

 友の言葉は無視する。あまり地上を出歩く趣味はなかったが、たまにならこうして様子を見に来るのもいいかもしれない。新しい楽しみを見つけた悪魔はにこやかに笑った。

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