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黄金の土地 後編

「浄化?」

 今度は離れなくていいらしい、肩を抱き寄せられたから。

 足元に青い魔方陣が浮かび上がる。ゆるやかな風が吹き上がり、シエラは思わず栗色の髪を押さえた。彼の耳飾りが擦れる涼しげな音色が聞こえる。

「《廻る路の鐘を鳴らせ、我ら黄金の約束を果たす》」

 ――どくん、と大地が脈動する。

 光だ。うっすらと金色をした麦穂のような輝きが、シエラ達を中心に草原の上を広がっていく。むき出しになった土には柔らかな草が生え揃い、異形の花に遮られて歪んでいた樹木が、思い切り枝葉を伸ばす。まさしく生命が満ちていくかのような。

 魔素は目に見えないものだと思っていたのに。今は大気を漂う蛍のような小さな光の粒がはっきりと見える。本当はアーレインが使った魔法の名残なのかもしれないが、この圧倒的な光景の前では正体なんて何でもよかった。

「星の位置を測ればはっきりするだろうが、恐らく非常に恵まれた土地だ。魔素が溜まりやすいにもかかわらず長年放置された結果、地質や水質に影響が出るまでになったんだろう」

 浄化というのは本当らしい。もう金色の光は見えなくとも、先ほどまでのどこか心地の悪い感覚はすっかり消えていた。

「……シエラ?」

 しばらく呆けていたシエラはアーレインからの呼び掛けにやっと我に返った。

「すごい……すごいわ! 素敵だった!」

「いや、大したことじゃ」

「大したことよ! ……あっ、ねえ、向こうに行ってみましょう? さっきお花があった場所はどうなったのかしら」

 少しいじけていたことなどすっかりどうでもよくなっていた。不思議なことに、浄化する前とは反対に元気さえ沸いてくる気がする。

 駆け出そうとした刹那、

「きゃっ?!」

「……ッ」

 転びかけ……気付けばアーレインの上に馬乗りになっていた。傾いだ体を引っ張られたのはわかったが、そのまま庇って下敷きになったらしい。片腕はしっかりとシエラの体に回されている。頓着なく触れられるのは……未だ落ち着かない。

「ご、ごめんなさい……! 怪我はない?」

「ああ。お前は」

「大丈夫よ、ああ本当にごめんなさい」

 慌てふためきながら降りるも、彼の声は咎める調子からはほど遠く。

「いつも俺の心配を先にする」

「あなたがいつもわたしを守ってくれるのに比べたら、何でもないわ」

 次いで彼も立ち上がり、体についた土や草を払ってから手を差し出してくる。何故かばつの悪そうな表情を浮かべながら。

「心配をするというのは、その……難しいな」

 一連の行動を思い起こし、不器用な優しさに愛おしさが溢れてくる。過保護だと評したのが申し訳なくなってきた。気持ちが伝わりますように、と手を握り返す。

「あ……でも、これじゃ一緒に転んじゃうかも」

「なんで転ぶこと前提なんだ」

 思ったことを口に出すとふっと呼気を吐き出す気配。彼が笑ってくれるのはシエラにとって、この上ない幸せの一つだ。

「さっきの魔法、詠唱していたけど、やっぱり難しいの?」

「普段はしない」

 驚き見上げる。アーレインはシエラを見ることなく、しかしその頬がほんのりと赤らんでいることに気付く。

「……お前の心が動くところを見たかった」

 ぶっきらぼうな物言いと裏腹、顔にすぐ出てしまうのも彼の愛おしいところ。

「うん……ありがとう」

 しっかりと手を繋ぎ、丘をもっと登っていくと。

「ねえ見て!」

 開けた空の下、そこは湖を見下ろせる土地だったのだ。陽光を反射して巨大な水面が輝く様子は自然が豊かな地ならでは。

「素敵な場所ね。こんな景色を見ながら過ごせたら……ここにお店を開けたらいいのに」

「土地をねだるか」

「さっさすがに厚かましいわよね?! 冗談、冗談よ」

 揶揄する声音に急いで否定を返す。……本当は、ちょっぴり本当だ。もちろん無茶なことを言っている自覚はある。

「昔より貪欲になったな」

 くつくつと笑い声を漏らす。こうして声を出して笑うところを見るのは久し振りだった。そのきっかけが自身の荒唐無稽な発言でさえなければ、もっと素直に喜ぶことができたのだろうが。

「店を持ちたいのか?」

 愉悦をにじませ見下ろしてきた金眼に、悪魔の片鱗を見て思わず緊張する。試されているように感じるのだ。当人にその気はなくとも、出会った時の印象というのは簡単に拭えないものらしい。

「じ、自分のお店を開くのが夢だったの」

「なるほど。だが王都でなくていいのか。向こうのほうが客も多いだろう」

「大きければいいわけじゃないっていうか……忙しすぎるのもどうかと思うし……狭くても、お客さん皆とお喋りできるほうが嬉しいわ」

 両親の姿をずっと見てきたためかもしれない。シエラは食堂の手伝いが好きだったし、料理も会話も、何より客が満足して帰っていく笑顔が大好きなのだ。こんな景色の良い場所に自分の店を持てたなら……

「って違うわよ、そんなわがまま……もし本当に叶ったとしても、あなたがお仕事に行くのが大変になっちゃうもの」

「今と大して変わらない。したいことを選べ。俺はお前の願いを叶えるためにいる」

「悪魔じゃないのに?」

「悪魔でなければ望みを聞いてはいけないのか?」

「そんなことない。けど」

 相変わらず面白がる響きはあるが彼の言葉はいつだって真摯だ。

「俺もこの土地は気に入った。ジジイの家と似た空気を感じる」

 大魔法師は自身の研究のためにも庭の魔素を整えていた。少し感じられる素人ですらそうなのだ、純粋な魔素の溜まりやすい場所は、魔法師にとって居心地が良い土地であることは確かなのだろう。

「それに、ここで魔素を整えてやればあの農夫達の土地も潤うだろう。……また相談に押し掛けられても煩わしいだけだしな」

 ……本当に、本気で言っているのだろうか? 確かにこの土地は誰のものでもないらしいが……

「あっ」

 鞄の肩掛け紐を握りしめたところで、シエラはもう一つの用事を思い出した。慌てて荷物の中身を探る。

「よかった……」

「どうかしたか」

「その、クッキーを焼いてきたの。それどころじゃなかったかもしれないけど……」

 おずおずと口に出す。先に転んだが幸い粉々にはなっていなかった。

 アーレインは面食らったようだったが、やがて大きく息をつくと、側にあった樹の幹に片手を置いた。今度は炎が燃え上がることはなく……するすると伸びた枝が椅子のような形を作り出す。

「もう危険は去った。……もらってもいいか?」

「もちろん……!」

 スカーフを敷き、並んで腰掛ける。この景色を見ながらシエラの料理を食べる最初のお客様……かもしれない、というわけだ。

「少し休んでから帰るか。お前の夢の話を聞かせてくれ」

「ええ、喜んで!」


 ――後日。魔法師様が本当に土地を買ったと聞き、シエラは今までにない悲鳴を上げる羽目になる。彼が『対価』と捉えたものが一体何だったのかは、色々な意味で恐ろしくて訊くことができなかった。

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