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黄金の土地 前編

 農夫達による集会の翌日。例の丘へと続く道の入り口にシエラは立っていた。少しだけ無理を言って、調査へ連れていってもらうことにしたのだ。

 とはいえ、話を漏らしてしまったアーレインにも非はあるだろう。家庭教師をしていた時のように通うでもなく、かといってどちらも積極的に距離を縮めることもなかなかできなかったから、こうして共に出掛けられるのなら理由はなんだって良かった。

 ところが今。待ち人でない男達に絡まれ、シエラはしばらくひきつった笑いを浮かべ続けている。

「なあ可愛いお嬢ちゃん、少しオレらに付き合ってくれないか?」

「いえ、人を待っているので……」

 若者達はいずれも近所では見かけない顔だ。褒め言葉はありがたいが、めかしこんで来たのは彼らのためでは断じてない。

 こうして声を掛けられたのは初めてでもなかったが、以前ローズに言われた通りなら「人当たりが良さそうに見えるから」なのだろう。最初は単に道を訊かれただけだったのに……。内心で嘆息する。獣はシエラの魂に残る悪魔の気配が苦手だそうだが、人間にはどうやら適用されないらしい。

 そんなことを言うなら、自分より余程……あの美しい魔法師の方が誘われた経験は多そうだ。気安い性質でないにしろ、彼は本当に人目を惹く容姿をしているから。

「頼むよ、ちょっとくらい――」

「連れに用なら代わりに聞くが」

 ぐいと肩を引き寄せられ、心からの安堵と共に見上げる。青鈍の髪の隙間に揺れる耳飾りと、周囲に柔らかく舞う青い魔力光。名残で浮いていた服の裾が、重力に従いふわりと落ち着く。転移魔法で唐突に現れた青年の姿に、若者達は目を白黒させた。

「用件は?」

「あー……ハハ、いえ、何でも……」

 彼らはそそくさと去っていく。口々に「魔法師様が絡んでくるなんて思わないだろ……!」と悪態をつきながら。

「アーレイン!」

 さて、未だ大きな鼓動を自覚しつつ改めて向き直る。予想はしていたが眉間に深い皺を見留め首をすくめた。

「やはり迎えに行くべきだったな。俺が来なければどうするつもりだったんだ」

 迎えの申し出を断ったのはシエラの側だ。いつも家まで来てもらうのも悪かったし、家族に見られるのも恥ずかしかったし……それに、『らしい』気分を味わうために外で待ち合わせたいと思ったから。

「えっと……そうよね。ごめんなさい」

「ヒトにとって指輪は意味があるのではなかったか?」

 所在なく銀の輪をいじる。今回は話し掛けられるだけで済んだが、男性数名に手を出されればどうしようもない。

 ほんの少し浮かれていたことを恥じれば、彼はどこか苛立ったように目を閉じ息を吐いた。再び見下ろしてくるのには否定の言葉が伴う。金眼が戸惑うように揺れた。

「……遅くなって悪かった。怖かったろう」

 思わず瞬きを繰り返すシエラにさっさと背を向け、道を先導し始める。少し意外な言葉に戸惑いはしたものの、斜めに掛けた鞄の位置を直して慌てて着いていく。

「丘の土地が誰の所有地でもないことを確認してきた」

 朝から王都へ行ってきたと語る声音は淡々としていて、表情を察することはできない。ああ、だから待ち合わせが昼だったのか。朝を苦手としているせいかとこっそり思っていたシエラは内心で舌を出す。さすがは勤勉な魔法師様だ。

「今日はありがとう。連れてきてくれて」

「危ないと判断すればすぐ帰すからな」

 昨夜も散々言い聞かせられた言葉だ。これ以上、彼の機嫌を損ねるわけにいかない。

「わかっているわ。勝手な真似はしません」

 ……たぶん。


「なんだか、その……ちょっと変な感じ」

 頂上に近付くにつれて何故かラダンの家を訪れた時のことを思い出す。真逆の、落ち着かない感覚があるというのに。

「お前でもわかるんだな」

 馬鹿にしたわけではなさそうだった。純粋な驚きが滲んでいたことに満足する。が、心配なのは。

「あなたは大丈夫なの? 素人にわかるくらいなら、結構、なんと言うのかしら……」

「体に不調はない。少し……不快ではあるが」

 魔法師という生き物は大気中の魔素を変換し力として扱う。まして彼の場合は(元悪魔に正確な言い回しかは別として)人一倍に魔素を感じ取る能力に優れているから、土地の影響を受けやすいと判じても誤りではないだろう。

 その証拠に、頂上の光景を見てアーレインは小さく呻いた。心を鎮めるかのように深く呼吸をする。

「これは……なかなか酷いな」

 一見しただけでシエラもすぐに違和感に気付いた。何やら植物の様子が奇妙だ。……異様に大きい? それに、色がおかしい。

「これ、全部魔素のせい?」

「だろうな。魔獣の植物版といったところか」

「魔獣の……」

 自然界に存在する魔素を取り込み、その流れが体内で歪んでしまった獣が魔獣となる。

 そこかしこに植わっている巨大な花は、毒々しい赤紫の花弁を天へと広げている。太い茎は、大人が一抱えするにも苦労するほどの直径がありそうだ。

 根に持ち上げられたでこぼこの地面を注意深く歩き、アーレインは異形の植物がみっしりと生えた一画に近付いた。

「食虫植物じゃなくて良かった……絶対怖いじゃない」

 後を着いていったシエラは身震いする。近くで見ればますます異様な育ち方をしている。魔法師は特に恐れることなく検分しているが。

「そうでなくとも自立歩行できない相手で良かったな」

「歩行? 歩くの?」

「魔獣化が進めば有り得る」

 草花が歩くところなど想像がつかない。もしかすると根が足のように動くのだろうか?

「ちょっと見てみたいかも……」

「駄目だ。養分にされたいのか」

 ぴしゃりと否定され唇を尖らせる。

「言ってみただけよ。……過保護なんだから」

 彼には聞こえないように呟いた。少しくらい冗談に付き合ってくれてもいいのに。

「根まで燃やさねばならないとはいえ、焼け野原にするわけにもいかないな……面倒だが一つずつやるか」

 言うと、近くにあった茎に手を添える。「退がっていろ」というシエラに向けた言葉だけで、やはり詠唱することなく花は燃え上がる。翳した掌に浮かぶ青い魔方陣の清廉さに比べ、なんて荒々しく激しい炎だろう。

 一つ、また一つと、歩いて周りながらあっという間に辺り一帯の魔獣化した花を焼き払ってしまう。確かに焼け野原にはならなかったが、そこかしこで立ち上る黒煙は焦げ臭い。

「これ……このまま?」

 それにまだ何というか……あまり気分のよくない空気が残っている、気がする。

 口許を袖で覆いながら見上げると、アーレインは「いや」と首を振る。

「土地の浄化を見たことはあるか」

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