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土産

 多くの魔法師達が帰宅の途につく時間帯。《白の鷲》の受付嬢達が、挨拶してくれる人々に微笑みながら軽く会釈を繰り返していると、一つの人影がわざわざ近くにやってきた。

 用件を聞こうと顔を向け、固まる。そこには部門内で恐らく最も有名な若手魔法師が立っていたのだ。

「今、いいか」

 普段こっそり鑑賞対象としていた美しい男に話しかけられ、彼女達は大層慌てた。彼が難しい顔をしているからなおのこと。何か気に障ることをしただろうか?

「ご、ご用件を伺いますっ」

「ああ、いや、執務とは関係ないんだが……」

 彼女達の中には初めてアーレインの声を聞いた者も多い。見た目に違わぬ低く艶のある声はしかし、どこかぎこちなく尻すぼみになる。

「訊ねたいことがある」

「ええ、はい、何なりと?」

「この辺りで良い菓子屋を知らないか」

「え?」

「お前達が詳しいと聞いた」

 言い訳がましくやや早口で付け加える。

「あ、甘いものお好きなんですか?」

「いや、土産だ。その……娘への」

 今度は別の衝撃を受ける番。咄嗟の声も出せずにいると、魔法師は気まずそうに微かに赤らめた顔を背けた。

「アーレイン様って、娘さんいらっしゃるんですか?!」

「ああ、まあ……」

「そうだったんですね……あんまり生活感がないから……」

 薬指の銀色が本当に結婚指輪らしいと一時期話題になっていたものの、まさか子供までいたとは。彼が伴侶に選ぶのならやはり同じ魔法師か、もしくは貴族の類いだろうか……と好き勝手に行われた憶測に対し、蓋を開けてみれば料理屋の娘というのも驚きではあったのだが。

 常に冷静で隙のない魔法師が、父親。家では一体どんな顔を見せるのか俄然興味が沸く。

「小さい子なら……三番地のミルクケーキはどうかしら?」

「ああ、あれおいしい! ちょっと遠いけど、冠印のキャラメルナッツバーは?」

「定番よね。待って、確か抽斗に……」

 あの《犂星の悪魔》と話ができるとはまたとない機会だ。退勤間際なのをいいことに、彼女達はどれがいいかとアーレインそっちのけで会議を始める。

 彼が困惑しながら突っ立っていると、いくつもの菓子が机上に並べられ始める。どれも個包装のものだ。

「味見されます? せっかくですし……」

「これは?」

「わたし達のおやつです。いつも抽斗に入れてるんですよ」

 片目を瞑ってみせる。休憩時間用に蓄えているのだと。

「こんなに受け取るわけには……」

「遠慮なさらないでください」

「いや、なんというか……俺はそういうのはあまり」

 甘いものに興味がないのは多くの男性と同じらしい。彼女達からすれば、呪文は覚えられるのに喫茶店の名前がうろ覚えだったり、まるで異なるケーキの区別がつかなかったりするほうが信じられない。

 やや居心地悪そうにしていた彼は慌てたように「それなら」と声を上げた。

「この菓子を持ち帰ってもいいか? ……色々と食べてみたいだろうからな」

 驚いて見上げるも、せっかくの好意を無碍にされたわけではないことはすぐにわかった。恐らくこれが《悪魔》と呼ばれる優秀な魔法師の、父としての顔なのだろう。



 ままごと遊びをしていたソフィーとリリィが、何かに気付いたようにぱたぱたと玄関に駆けていく。シエラにも馴染みのある気配だ。ソフィーは元悪魔である彼の血を継いでいるからか、魔素の気配を察するのは生まれながらにお手の物だった。

「パパおかえり!」

「ご主人だー!」

 外の草木の匂いを連れてアーレインが扉を開ける。二人の少女が満面の笑みを咲かせた。

「おかえりなさい。早かったわね」

 どうしたのかと問えば手を口に当て顔を背ける。照れ隠しする時の癖だ。

「夕食を共にしないのはどうかと……」

「ふふ、嬉しい。ありがとう」

 思わず笑みが零れた。どれだけ多忙だろうと家のことを慮ってくれる、本当に素敵な夫だ。シエラも出来る限り支えなくてはといつも思う。

「いい匂いするー」

「ああ……土産を」

 これまた珍しいことに、彼は菓子店の紙袋を携えている。受け取って中身を見てみると、店も種類もばらばらの菓子がたくさん。一体どうしたというのだろう。後で事情を聞いてみよう。

「すぐにご飯の用意をするわね」

「ねえパパ、今日いっしょにお風呂入ろー?」

 袖を引かれ、戸惑いつつモゴモゴと承諾を返す。

 シエラにしてみれば、このところ何故だか急にソフィーはアーレインに懐いたように見えた。二人の間で何かがあったのかもしれないが、少なくとも良いことではある。

「リリィちゃんもいっしょがいい!」

「お風呂ー!」

「ママもくる?」

「え! い、いえ、わたしは大丈夫よ」

 諸手を挙げて無邪気に跳ね回るリリィを余所に、シエラとアーレインは揃って顔を赤くするのだった。


 小さい子供のいる家庭では毎日が慌ただしい出来事の連続だが、父親に存分に甘えられるとあってソフィーは普段よりもずっとはしゃいでいた。まあ、食事中にお椀をひっくり返したのはリリィの方だったが……未だに力の加減が難しいらしい。

 アーレインが娘を風呂に入れてやるのは初めてではない。本人曰く特段遊びに心を砕いているつもりはないそうだが、子供達がのぼせかけるまで入りたがるのだから、きっと興味を惹く何かをしてやっているのだろう。歓声が聞こえるのが常だ。

 ソフィーは父親の体に刻まれた傷痕を怖がることもなかった。それに、無愛想な魔法師様が逃げ回る娘に服を着せるのに苦労している姿は、絶対にシエラだけの秘密にしておきたい光景だ。


 くたびれた娘達を寝かしつけに行った夫が戻らず、シエラはそっと様子を見に階段を上がる。親子で寝転がることができる広さの寝台は、ソフィーが生まれてから買い換えたものだ。今はアーレインが、二人の子供を腕に抱いたまま眠っていた。

 どうやら深く眠っているらしく、廊下の灯りが射し込んでも彼が目を開ける気配はない。そっと戻ろうとしたところで、ゆっくり身を起こしたのはリリィだった。

「んむ~……シエラ?」

 しゅるりと体の一部を霧状にし、器用に腕の中を抜け出す。くあ、と欠伸を一つ。

「寝ちゃいましたー」

「ごめんね、起こしちゃった?」

「大丈夫です、それにあそこはシエラの場所なので」

 小声で会話を交わす。大きな体に包まれ、ソフィーはしっかりとアーレインに身を寄せている。

 親子三人で並ぶのは幸せだ、しかし。

「リリィちゃんも大切な家族よ」

「シエラがそう言ってくれるだけで、リリィは生まれてきた甲斐があります」

 嬉しそうに破顔する。見た目こそ人間だが男の子でも女の子でもない不思議な生き物だ。それでもシエラ達にとっては大事な存在に変わりはない。

 穏やかな寝顔を二人で見つめる。気を許して眠っていることが嬉しかった。ここはもはや戦場ではないのだから。

「ご主人ポカポカです」

「ええ」

「シエラもポカポカですね。リリィは嬉しいです!」

「そうね、リリィちゃんは?」

「もちろん、ご主人とシエラが一緒ならいつだってポカポカですよ」

 どこか言動はちぐはぐだが、胸を張る様がなんとも愛らしい。するとリリィは急に声の調子を落とし、静かに呟いた。

「……ご主人、ずっとずっとシエラのこと探してましたから」

 ぽつりと。

「え?」

「あっ秘密でした! あわわ」

 一瞬だけ横顔がやけに大人びて見えたのは気のせいだろうか。「なんでもないです!」と両手を振り回す様からはかけ離れているが。

「……そういえば、リリィちゃんはこれ以上大きくならないの?」

 今でもリリィが人間の姿になった理由はよくわからず、当人も話さなければ解明されてもいない。アーレインが調べようとしたのだが、リリィ自身が拒むことに手を焼いて結局そのままになっている。

 それでもいいか、とシエラは思っていた。気にはなるが、どんな姿でもリリィはリリィのままだ。

「うーん、たぶんなれます。でもこの背丈だと、」

 シエラに身を擦り寄せ、にっこりと笑う。

「シエラが撫でやすいので!」

「まあ」

 小さく笑い、あちこち跳ねさせている白黒の髪を撫でる。犬の時とはまた違う、ふわふわとした手触りが心地好い。

「……ね、リリィちゃん。ちょっとだけお菓子を食べない?」

「え、おやつですか?」

「そう、二人には内緒で!」

「わーい! まあ、ソフィーよりリリィは大人ですからね、夜中のおやつも食べられちゃいますね」

 シエラの悪巧みにリリィは体いっぱいで喜びを表現し返す。土産に持ち帰った菓子類は、夕飯前ということもあってソフィーにはまた明日と言ったのだが……

「決まりね。夜のお茶会をしましょうか」

 せっかくの幸福な気持ちを置き去りにして、さっさと夢の世界へ入ってしまうのも勿体ない。浸るためにもう少しだけ夜を楽しもうと、小さな手を引き寝室を後にした。

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