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父娘 後編

「ねえ、どうしてパパは痛いお仕事するの? ソフィーとママよりお仕事が好き?」

 ようやく入り口の方を見ると、薄明かりの中、すっかり隠れる気もなさそうな寝間着姿の少女が立ち尽くしている。

 アーレインの側は叱る気など毛頭ないというのに。浮かぶのは迷いと怯えと、ほんのわずかな好奇心。不安げな表情に、何と名付けていいかわからない感情がこみ上げ、思わずため息を吐いた。

「おいで」

 傷つけまいと慎重になってしまうのは己の血を引くからこそ、なのだろうか。昔はむしろ、赤子など喧しいだけで大嫌いだったというのに。

 おずおずと、触れられる距離まで近付いてくる。食卓で作業をしていたものだから、隣に置いた子供用の椅子を引いてやれば大人しく座った。ちょうど処置を終えるところでよかったと思う。少女は未だ決まり悪そうにしているが。

「……お友だちが言ってたもん、魔法師さまがそんなに怪我するわけないって」

「……」

「パパ、どうしていつもお怪我してるの? 魔法師さまじゃないの?」

 難しい質問だった。肯定否定で答えれば済むものでないことぐらいはわかっている。だが仔細を語り聞かせて良いものか? こんな、幼い人間を相手に。

 手を頭に置くと首を竦めるほどだ、ましてや撫でられたことにはかなり驚いている様子。丸くなった瞳がアーレインを見上げた。

「魔獣を……大地に還している」

「まじゅー……おっきいの?」

「大きいな。大きくて……ヒトを襲う。町に出たら怖いだろう?」

「……うん」

「俺はお前を守りたいだけだ。もちろんシエラのことも」

「……うん……」

 じわりと涙が浮かぶ。撫で慰めるが、どれだけ言葉を連ねても違う、きっとこの場で言うべきは。

 再度嘆息する。苛立つのは己に対してだ。

「……すまない、ソフィー。寂しい思いをさせた」

 恐らくはシエラにも。

「ソフィーね、もっとパパと遊びたい」

「……そうか」

「一緒におでかけしたいし、パパの魔法もいっぱい見てみたい。ママがね、いつも聞かせてくれるの。パパの魔法はすごいんだよって」

「……」

「あのね、ソフィー、いい子にしようって思うけど、でも、でも……っ」

 返す言葉が見つからなかった。ただ、受け止めるしか。

「ほんとはっ、魔法なんて……ソフィーからパパをとるから、きらいだもん……っ」

 乱暴に顔を擦る腕をそっと押さえ、溢れる雫を指で代わりに拭ってやる。顔を真っ赤にして訴える少女は健気にも我慢を続けていたのだろう。

 胸の辺りが痛む感覚に戸惑う。――これはあの時と同じだ。後悔はないとタニアが答えた、あの時と。

「だけどっ、いい子にしたらママが喜んでくれるから……っ」

 真っ先に出てくるのが母親への気遣いとは。本当に優しい子だと思う、自分の娘であるとは信じ難いほどに。

「ソフィー」

 どうしたらいいのかわからなかった。指で拭うのが間に合わない。

 おろおろと名を呼び撫でていると、急にしがみつかれまた困惑する。あまりの軽さと細さに驚愕しながら、ハンカチを取りにも立てず、されるがまま服で顔面を拭く。こんなにもしゃくりあげていてはシエラが起きてしまわないだろうか。


 泣き声が落ち着いてくれば、少女はそのうちうつらうつらと船を漕ぎ始める。

 だが小さな手が服を握りしめ続けているのを見、疎まれていたのではなかったと気付く。ソフィーの側もアーレインと同じようにきっかけがなく、近付き方がわからなかっただけなのかもしれない。

「ソフィー、もう寝た方がいい」

「んーん……」

 ゆるゆると首を振る様に当惑する。衝動にも欲望にも素直だが、幼い人間には体力がない。それは理解しているが、果たしてどうやって言うことを聞かせればいいのか。

「おい」

「パパとあそぶ……」

 何を言っても動こうとしない。明日でも……と思うものの、そうして先延ばしにしてきた結果がこの涙だ、同じことを繰り返すのも我ながらどうかと思う。葛藤すること暫し。

「……少し、外へ出るか?」

 あまり褒められた行為ではないのかもしれない。唐突な提案に顔を上げたソフィーは、赤く腫れた目を何度も瞬いた。

「でも、夜は危ないからお外に出ちゃだめって」

「俺が一緒なのだから何も怖いことはない」

 多少強引だろうが、言葉で伝えられないのなら得意なやり方で示せば良い。ラベンダー色が確かに興味に輝いたのを見、小さな体を抱え上げる。

 なんて、軽い。すぐに壊れてしまいそうな癖に、しっかりと生きているあたたかさがあるのがどこか不思議だった。

「シエラには内緒だぞ」

 上着でくるんでやり、そっと庭へ出る。少し雲がかかっているものの心地好い夜だ。

「寒くはないか」

「うん、平気よ」

 秘密、内緒。少し悪いことをしているような興奮を滲ませる。先に泣き疲れていたのが嘘かのようだ。

「何するの?」

「見ていろ」

 空を指で示す。指先に小さくひらいた魔方陣から光弾が放たれると、一拍遅れて真っ暗な空にパッと光の花が咲く。音はしないが花火と似たような、簡単な光魔法だ。

 弾けた光が流星のように幾筋も降るのを、ソフィーは息を呑んで見つめている。

「魔法は怖いばかりじゃない」

 嫌いになって欲しくない……というのともまた違う。ただ知って欲しかっただけだ。世界には見たことのないおもしろいものが存在するのを。シエラなら、きっとそう言うはず。

「きれい……!」

 一つの星さえ見逃さないよう、目をいっぱいに見開いて。不思議な光景を見終えると、もう元通り、少女は元気にアーレインの服を引っ張った。

「ねえパパ、魔法、ソフィーも使える?」

 アーレインは思わず笑いを堪える。昔、同じ言葉を聞いた。

「もちろん」

 ――俺達の子なのだから。

 返し、再び別の魔法を見せてやる。今日ぐらいは夜更かしをしたって罰は当たらないだろう。

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