メランコリックなレストラン
街の路地裏を少しいったところに、一つのレストランがある。『メラコリコス』と書いてある看板は傾き、深い青色に染められた壁は所々が剥がれており、綿の飛び出たテディベアや、赤く染められた鹿の頭が掛けられていた。店内に入ると、床に絵の具やペンキでもぶちまけたかのような赤が、店外の様相と打って変わって、隙間なくべったりと塗られ、壁は店外と同じく濃い深い青がまるで初めからその色だったかのように違和感なく、しかしえも言えぬ不気味さを湛えながら存在していた。テーブルは三卓ほど、椅子はすべて合わせても十二脚とこじんまりとしている。絵画が至る所にかかっており、本物と見紛うほどよくできた『モナ・リザ』があると思えば、本物を冒涜することを目的にしているかのような出来の『プリマヴェーラ』がその隣にと、壁どころか天井にすら、ぞんざいに、不規則に貼り付けてあり、店内外含めて、まるで精神異常者の脳内を具現化したかのような状態であった。店にはいつも違う組み合わせの二、三人の客が必ず離れて座っており、どの客からも陰鬱で重たい空気が放たれていた。彼らは店主に出された料理をただ黙々と口に運び、目の下に真っ黒な隈を浮かべるウェイターに対して消えそうな声で会計を済ませ、ふらついた足取りで店を出ていく。
そんな店に、ある男が来店した。
男は今希望に満ち溢れていた。仕事も上々、二年間付き合っていた彼女とも先日婚約し、近々式を挙げる予定であった。
男は違う世界にでも迷い込んだような気分になったが、一度入った店を出るのも失礼だと思い、店の奥へ進み、誰も座っていないテーブルの周りの椅子に座る。水をテーブルに置くウェイターの隈の深さに驚きつつも、ミートソースパスタを注文し、店内を見渡す。乱雑に置かれた贋作絵画の群れに、調和のとれない床と壁、何も話さない従業員と客と、まるで自分が歓迎されていないような心持となり、彼の気分は少し悲しく、いたたまれなくなっていた。
さらに詳しく見ていくと、絵画の贋作の出来に天と地ほどの差があることや、自分以外の客がこの世の終わりかのような表情をしていることがわかり、本当は自分がこの世界に合っていない異質な存在なのではないかと感じ、男は恥ずかしさ、怖さを感じ、段々と、無意識のうちに心を暗がりに押し込んでいく。
料理が届く。もはや彼には味などわからなかった。今いるこの場所が異質なのか、それとも今までいた世界が異常だったのか、これは夢なのか、もしかしてこれが本当の現実で、今まで見ていた素晴らしき世界こそがこの状況に絶望した自分の描いた空虚な妄想だったのではないか。
男は最早何が正解で何が間違っていたのかの区別もついていなかった。スプーンとフォークを置き、立ち上がる。おぼつかない足取りでレジへ向かい、消え入りそうな声で会計を済ませ、今にも倒れそうになりながら店を出て行った。その時、店主は男に聞こえるように、
「またのお越しを」
と言った。
その後、男は婚約者を刺殺し、部屋の壁に『これは夢なんだ』と血のようなもので殴り書き、首を吊って死んだという。