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きっと誰かも同じように

作者:




少し小高い山のようなものが家の近くにあることは、なんとなく前から知っていた。

ただ行く時間なんてなくて、普通に通り過ぎていた。


















何もかもが上手くいかない日だった。


朝は目覚ましで起きることが出来なかった。15分寝坊した。そのせいで、朝ごはんは食べられなかった。昨日の夜使ったコップがシンクに置きっぱなしだが、仕事に遅刻するのだけはまずいと思い放置してきた。



家から駅までの道のりで、やたらと赤信号に引っかかった。ただでさえ寝坊して遅刻しそうなのに。



駅の改札で、なぜか定期が一発で反応せずブザーが鳴った。焦りすぎて上手く合わなかったらしい。そのせいで電車に一本乗り遅れた。本当にギリギリになる。間に合うだろうか。



駅のホームで数分待ち、次の電車に乗った。満員電車はいつまで経っても嫌いだ。将来は地方でのんびり暮らしたい。



電車から降りて少し走り、なんとか遅刻寸前で職場に着いた。危なかった。



今日もパソコンと向かい合う。仕事は嫌いではないが好きでもない。生きるためにやっている。社会の一員にならないと、生きる場所も術もなくなってしまうから。



ようやくお昼になった。朝から何も口にしていないため、お腹が空いた。近くのコンビニに向かう。



「いらっしゃいませー」

いつものようにおにぎりコーナーへと向かう。しかし、自分の好きな鮭のおにぎりはなかった。昨日も一昨日もあったのに。仕方ないから代わりに別の種類のおにぎりを購入する。



慣れない味のおにぎりを食べ終え、午後の業務が始まった。今度の会議で使う資料の作成をしなければいけない。パソコン作業の連続と猫背が相まって肩は凝るし、腰も痛くなる。姿勢を直さなければと毎日思うのだが、結局猫背になってしまうのだ。



上司に呼び出された。どうやら先日提出した資料にミスが目立ったらしい。確認したと思ったけれど、甘かったのか。やってしまった。

「すみません」

特別酷く叱られた訳では無いが、いつもより少しキツく言われた。別にパワハラなどがあるわけでもなく、普通の職場で普通の上司だ。しかし、だからこそ、偶のキツイ言葉は堪える。



ミスの訂正もあり、定時はとうに過ぎた。残業だ。窓の外がどんどん暗くなる。今の自分の気分を表しているようだ。早く終わらせて帰ろう。そして寝よう。



今日やるべき分をようやく終え、会社を出る。もう外は真っ暗だ。朝通った道をまた通り、電車に乗る。遅い時間だからか、朝よりは電車が空いていた。



今日の夜ご飯はどうしようかなどと考えながら電車に揺られていたら、自宅の最寄り駅に到着した。電車を降り、出口を出て、コンクリートの割れ目を見ながら適当に歩く。



そして、何気なく辺りを見回してふと目に入った。





存在は認識しながらもいつも通り過ぎていた、小さい小さい山のようなもの。



入口を少し覗いてみる。荒れているわけでもなく、一般人でも問題なく気軽に登れそうなだった。

──────登ってみようか

なんとなく、そう思った。いつもならこんなこと絶対にしない。家に帰って布団に入る時間が一番好きなのだから。しかし、リフレッシュとでもいうのか、『いつもと違うことをしたい』と唐突に思ったのだ。



そして、自宅方向に背を向けて一歩を踏み出した。













少々キツめの坂道を登る感覚で、上へ上へと向かっていく。所々、足元の草が進むのを邪魔してくる。思っていたより疲れるかもしれない。自分の体力の衰えを感じる。それもそうだ、運動なんてせず毎日パソコンを触って仕事して、家に帰ったらご飯を食べて洗い物をしてお風呂に入って洗濯をして、疲れて寝る。それの繰り返しなのだから。




「はあ」

膝に手を付き、息を吐く。登り始めて20分、ついに頂上に着いた。右側に小さなベンチがある。当たり前だが人は誰もいない。暗くてベンチの色が見えなかったが、近づいたら薄い水色だと分かった。とりあえず腰をおろしてみる。なぜだか風が冷たく感じる。



「はあ」

溜め息が出た。最近、無意識のうちに溜め息をついてしまう。溜め息をつくと幸せが逃げる、などと言うが、幸せじゃないから溜め息をついているのではないだろうかと思うようにすらなった。




数分間、ボーッとした。思いつきでこんな場所に来てしまった。何をしているんだろう。明日も仕事なのに。そうだ、帰らなければ。ただでさえ今日は遅刻ギリギリだったのだから、明日こそちゃんと起きないといけないのだ。



そう思い、腰を上げたときだった。





視界の端で何かが光った。

なんだろうと思い、顔を上げてみる。






流星群だった。






そうか、今日は流星群の日だったのか。

寝坊して朝のニュースを見る時間もなかったから、全く知らなかった。






───────ああ、きれいだ





キラキラと空から光が降ってくる。





───────とても、とてもきれいだ






慌ただしく過ごしている毎日では気づけなかった。こんなにも綺麗なものがあるなんて。




いつもみたいに家に帰っていたら気づけなかった。こんなにも綺麗なものが、今日、見られるなんて。








かたまってしまっていた身体を動かして、小高い山から自分の暮らしている街を見下ろしてみる。たくさんの家があり、流星群の光で照らされている。それらの家の中ではどんな暮らしがなされているのだろうか。おそらく、それぞれの家で、それぞれのちがった暮らしがあるだろう。家族団欒と過ごしている家庭もあれば、兄弟喧嘩をして部屋にこもっている子もいるかもしれない。おじいちゃんおばあちゃんが静かに部屋で本を読んでいるかもしれない。そして中には、私と同じように、今日が思うようにいかなくて一人で落ち込んでいる人もいるかもしれない。




そう、この中にはもしかしたら、私と同じように一人で落ち込んでいる人がいるかもしれないのだ。




その一人で落ち込んでいる人と、今一人で落ち込んでいる私は赤の他人でお互い全く知らない人物だ。言葉も交したことない、顔も合わせたことない、その人がいるという絶対的な根拠だってない。けれど、少しの自信はある。これだけたくさん家があり、その数だけちがった暮らしがあるのだから。




もちろん、この先その人と巡り会う可能性はものすごく低いのかもしれない。




でも今、流星群で照らされている部屋の中自分と同じように悩んでいる人がいる、小高い山の上で自分と同じように落ち込んでいる人がいる、その事実はお互いを少しだけ勇気づけることにならないだろうか。






自分と同じように悩んでいる。それでも、明日のために、家の中でご飯を食べて洗い物をしてお風呂に入って洗濯をして、寝る準備をしている人がいる。



「頑張ろう」



──会ったことも話したこともない誰かへ



「頑張ろう」



──私も、頑張るから







光に照らされた家々に背を向け、自分の暮らしがある家へともう一度歩き出す。






私も明日を迎えるために。


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