4話 勝利への兆し
「ごめんね、アリシアくん。わたしのせいで変な争いに……」
自分の勝手な行動と自分のせいで巻き込んでしまったことに負い目を感じているのだろうか。
さっきからずっと下を向いて、悲し気な表情を浮かべていた。
俺はアリスの頭にそっと手を乗せると、優しく撫でながら。
「気にするな、アリスは何も悪くない。俺のこと、庇ってくれてありがとうな」
「う、うん……」
「ま、アリスがあんなに感情的になったのはちょっと驚いたけどさ」
「そ、それは……大切な人がバカにされたんだから、感情的になるよ!」
アリスは少し慌てながらそう言った。
でも俺にとってあれほど嬉しいことはない。
ただでさえ、友人が少ない俺にとっては……。
「でも、問題はここからだ」
「うん。どうやってあのアルゴくんに勝つか……だね」
こうなった以上、俺たちは勝つための策を考えないといけない。
さっき本人の口からも聞いた通り、あいつは俺たちの通う学園では成績次席という立場にいる。
ちなみに主席は俺の隣にいるアリス。
腹立つが、このアルゴという男は口だけの男じゃない。
しっかりとした実績もある人物なのだ。
おまけに騎士家系の出身という家柄にも恵まれた男。
俺がいる世界とヤツの要る世界では雲泥の差がある。
要は今のままでは比べるまでもないほどの差が俺とアルゴの間にはあるってことだ。
普通なら逆立ちしても無理……と、言いたいところだが。
「一つ試してみたいことがあるんだ」
「試してみたいこと?」
「うん」
俺が導き出した自身の恩恵への可能性。
もし俺の予想が正しければ、とんでもない恩恵となる。
でもそのためには準備が必要だ。
上手くいくかどうかは分からないけど。
「なぁ、アリス」
「なに?」
「後で会えるか? 準備ができたら、アリスに頼みたいことがあるんだ」
「う、うん! 全然大丈夫だよ! わたしに出来ることなら何でもするよ!」
「ありがとう。じゃあ俺は先に帰るから、また後で」
「分かった!」
俺はその場でアリスと別れると、そのまま家に向かって走り出した。
♦
「ただいまー」
「あら、お帰りなさい」
「おう、お帰り」
それから少しして。
俺は自宅へと戻った。
玄関を開け、居間に行くと母さんと父さんがくつろいでいた。
「今日は早いんだね、父さん」
「ああ、仕事が早く終わったんでな。定時よりも早く帰れたんだ」
うちの父さんはギルド職員をしている。
それも【記憶演算】という天恵と【ギルド職】という恩恵を持っていることからかなり重宝されているらしく、職場ではそれなりに高い立場にいるとのこと。
対して母さんは【芸術適性】という天恵を持っていることから【画家】という恩恵を貰い、主婦をしながら芸術家として活動している。
こんな優秀な両親から何故俺が生まれたのか、未だに俺の中のミステリーになっている。
でも、両親はそんな俺のことを今まで大切に育ててくれた。
世の中には貰った天恵が悪いからってだけで我が子を捨てるような親もいるらしいからな。
そういう悲惨な現実を知ると、俺は良い両親を持ったなと改めて思う。
「そう言えば、今日は恩恵授与式だったよな? お前はどんな恩恵貰ったんだ?」
「経験力だとさ」
「け、経験力? なんだそりゃ?」
「どんな役職なの?」
まぁこうなるよな。
予想はしていた。
俺は両親に粗方事情を説明した。
「はぁ……そんなことが」
「ということは役職の代わりに能力を授かったってこと?」
「そうみたい」
謎の恩恵【経験力】。
これがどういうものか未だに分からないが、確かめてみる方法はある。
そのためにも……
「父さん、突然で悪いんだけど頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと? なんだ?」
「俺に、迷宮に潜るための許可証を出してほしんだ」
「な、なんだって!?」
目をパッチリと開き、驚く父さん。
それもそのはず、迷宮というのはモンスターの巣窟だ。
冒険者、しかも許可証を発行された者しか入ることが許されない領域。
俺みたいな冒険者でもない人間が入ることは普通なら許されないことなのだ。
でも父さんは現役のギルド職員。
うまくいえば、迷宮へ行けるかもしれない。
俺はそう踏んで、父さんに頼んだのだ。
「お、お前……本気で言っているのか? 冒険者でもないのに……」
「本気さ。前に学園で聞いたよ。冒険者じゃなくてもギルド側から許可が下りれば、特例で入ることができるって」
「た、確かに可能だが……何故迷宮に入りたいんだ?」
当然ながら理由を尋ねられる。
俺は恩恵について試したいことがあるということと決闘のことについても話した。
すると父さんは少し顔を強張らせ、考え始める。
「頼む、父さん! 俺はどうしても、その決闘に勝ちたいんだ! そのためには色々と試さないといけないことがある。だから――」
「……分かった」
「えっ……」
まさかの返答だった。
最初はほぼ確実に断られると思っていたからだ。
「お、俺がこんなこと言うのもあれだけど、本当にいいの?」
「ああ、行ってこい。俺が許可する」
「で、でもどうして……」
「愛する我が子からそこまで熱意を語られたら、断れんよ。それにその決闘、どうしても負けられないんだろ?」
「父さん……」
「お父さんの言う通りよ、アリシア。そこまで言うからには何か大きな理由があるんでしょ?」
「母さん……ありがとう!」
二人は俺が天恵のせいで周りの人間から非難の目で見られてきたのは知っている。
だから二人は少しでも俺が楽しく生きていけるようにと色々なことを教えてくれた。
母さんには絵の描き方を教えてもらったし、父さんにはギルドや冒険者のことについて教えてもらった。
こういうことを言うのはちょっと恥ずかしいけど、俺は二人の子であることに誇りを持っている。
俺には勿体ないくらいの、最高の両親だ。
「んで、アリシア。許可証はいつまでに必要なんだ?」
「明日……は無理だよね?」
「いや、大丈夫だが。というか今日から迷宮に潜っても構わんぞ?」
「でも許可証が……」
「許可証なら後で発行すればいい話だ。俺がギルド側に一言言えば話は通るしな」
「えっ、それって……」
どゆこと?
そんなに融通が利くものなのか?
いくらギルド職員とはいえ、そう簡単に……
「あれ、もしかして知らなかったの? お父さん、実はギルドでは意外と偉い人なのよ?」
「意外は余計だよ、母さん」
「あら、これは失礼しました」
おほほと笑い声をあげる母さん。
正直、全然話についていけていないんだが……
「え、えっと……父さん」
「なんだ?」
「一応聞くけど、父さんのギルド内の役職って……」
「総務統括だが?」
「えっ、それって……まさか!」
「ああ、ギルマスの一個下の役職だ」
「……え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
この日。
俺は人生で初めて、身内にとんでもない人がいたことを知ったのだった。