3話 宣戦布告
「お前は……アルゴ!」
「よう、アリシア。それと、アリスちゃん」
「アルゴくん……」
現れたのはアルゴ・フォールディング。
同じ学園の中等部に通っており、俺が最も嫌悪感を抱いている男だ。
周りにいる3人はヤツの取り巻きで名前までは覚えていない。
とりあえず知っているのは全員、家柄は良いってだけ。
それ以外は情報なし。
正直、全くと言っていいほど興味がないからな。
だがこの男だけは嫌でも覚えてしまった。
いつも色々な人間の中心にいたからな。
特に俺をバカにする時とか。
アルゴはスタスタと俺たちの方へ寄って来るとニヤリと笑みを浮かべた。
「アリシア、お前はどんな恩恵を女神様から授かったんだ? 今度こそいいもの貰えたか?」
「……わざわざ茶化しにきたのか? 結果はもう既に知っているだろう?」
実際、さっきはっきりと言ってたしな。
”無職確定”って。
「まぁまぁ、そうカッカすんなよ。それに、今回はわざわざお前をバカにしに声をかけたわけじゃねぇ。むしろお前なんか眼中にすらない」
「な、なんだとっ!?」
すると。
アルゴたちの視線は俺からアリスへと注がれた。
「アリスちゃん、ちょっと君に用があるんだけど。時間を貰えるかな?」
「ここで……じゃダメなの?」
「う~ん、まぁここでもいいか。隠すことでもないし」
アルゴはチラッと一瞬だけ見ると、不敵な笑みを浮かべる。
何か良からぬことを考えている……そう思った時だ。
「アリスちゃん、一つお願いがあるんだけど……俺たちと一緒に来る気はないかい?」
「えっ、それって……」
「実は俺たち、中等部を卒業したら冒険者になろうと思ってんだ。もちろんここにいるやつ全員でパーティーを組んでさ。そこで俺たちは今、回復職が出来る子を探しているんだ」
「回復職?」
「そ。今ここにいる連中は【魔術師】、【騎士】、【盾師】とみんな攻撃と防御職は揃っているんだけど、唯一、回復ができる支援職がいなくてね。探していたところなんだ」
「それで、わたしを貴方たちのパーティーにスカウトしたいと?」
「その通り。アリスちゃん、君はあの【大神官】の恩恵を授かったんだろう? すごいじゃないか! まだあれからそんなに時間は経っていないのにもう騒ぎになっているよ。すっごい美人な子がとんでもない恩恵を授かったらしい……ってね」
「……」
黙るアリス。
その表情には嬉しさという感情は微塵も感じない。
迷い……というか何かを考え込んでいるような感じだった。
「まぁそんなわけでアリスちゃんが入ってくれたら、俺たちは間違いなく最強のパーティーになる。学園の成績主席と次席が組めば、巷で話題のSランク冒険者と言われる日も近い。そうなれば、一生遊んで暮らせる。どう? いい話だと思うけど」
アルゴは自信たっぷりにそう言い放った。
多分こいつは確信しているのだろう。
アリスは自分に付いてくると。
だが……
「残念だけど、お断りさせてもらいます」
「な、なにっ!?」
アリスからまさかの返事が。
それも提案されてから、断るまで即答だった。
これには流石にアルゴも驚いたようで。
「ど、どうしてよアリスちゃん! 俺たちと来れば人生安泰なんだぜ? それにいつまでのそんな出来損ないといたら、人生損するだけだよ?」
必死に説得するアルゴ。
だがアリスにはそんな言葉になど一切聞く耳持たずで……
「別にわたしは安泰な人生など求めていない。だからわたしは貴方のパーティーには入らない」
「で、でもよ――」
「あと……!」
アリスはアルゴの言葉を遮り、間を置く。
そしてキッとアルゴたちを睨み付けると、
「アリシアくんは……出来損ないなんかじゃない!」
そう、強く叫んだ。
「あ、アリス……」
俺は驚いた。
何故なら彼女がここまで感情を露わにしたところは見たことがなかったからだ。
いつもおしとやかで、誰にでも優しいアリスが、ここまで感情的になるなんて……
「お、おいおい……嘘だろアリスちゃん? それ本気で言っているのか?」
「本気だけど、何か問題でも?」
「いや、普通に考えて問題だよ! そいつは女神様から役職すら与えて貰えなかった落ちこぼれだ。そんな奴といつまでもつるんでいちゃ、せっかくの【大神官】という恩恵が無駄になる。君は選ばれた人間なんだ。そういう人間は同じように選ばれた人間と組む方が世の為人の為に――!」
「そんなこと、わたしにはどうでもいいわ!」
「なっ! どうでも……いいだって?」
「ええ。わたしは別に自分が選ばれた人間なんて思ってないし、だからと言って大切な友達を見捨てるようなこともしない。それに、わたしの人生はわたしが決めます。貴方がたにとやかく言われる筋合いなんてありません」
「ぐっ……!」
会心の一撃。
これが言い合いの末に出したアリスの結論だった。
アルゴはそれを聞くと途端に表情を変えた。
「そう……それが、アリスちゃんの答えなんだね?」
「そうです。ご理解いただけたのならもう――」
「ならこうしようか」
「……?」
アルゴはフッと笑みを浮かべると、
「俺とアリシアで決闘をしよう。俺が勝ったらアリスちゃんには俺のパーティーに入ってもらう。もしアリシアが勝ったらアリスちゃんはお前のもんだ。どうだ、これなら公平でいいだろ?」
そう、提案をしてきた。
だがそれはあまりに横暴なものだった。
当然、乗れるわけがない。
「公平……だと? そんな決闘乗れるわけないだろうが!」
「何故だ? 俺とお前の力の差がありすぎるからか?」
「くっ……!」
正直に言えばそうだ。
俺とこの男の差は誰が見ても歴然。
勝ち目なんてほぼないに等しいだろう。
相手もそれを分かっていて、提案をしてきている。
それに負ければアリスは望んでもいない道に進むことになってしまう。
だからそうしよう……だなんて、口が裂けても言えない。
「ふっ、そうか。でも安心しろ。俺は悪党じゃない。十分なハンデくらいはくれてやるつもりだ」
「なんだと?」
「何ならお前が俺にハンデをつけてもいいんだぜ? それくらいは許してやるよ」
「この、野郎……!」
完全に舐めている。いや、舐め切っている。
こいつには確固たる自信があるのだろう。
ハンデをあげたとしても、こいつだけには絶対に負けないと。
「で、返事はどうなんだ? 答えようによっちゃ――」
「分かったわ。その話、乗りましょう」
「「……!?」」
返答したのは俺ではない。
答えたのは俺のすぐ隣にいたアリスだった。
「あ、アリス……! お前、自分が何を言っているか……」
「分かってるよ。でもここで返事をしないと、彼らは力づくでもわたしを連れていこうとすると思う。貴方にケガをさせてでもね」
「だ、だが……!」
「それに、何となく思うの。アリシア君は絶対に負けないって」
「……」
俺が戦うのは別に構わない。
けど、負けた時の代償が大きすぎる。
俺はもう一度、彼女に問う。
「本当にいいのか? それで……」
「うん。わたしはアリシアくんを信じてる。だから気にしないで」
アリスは何の迷いもなく、笑顔でそう言った。
いつもと変わらない、アリスの輝かしい笑顔だった。
その笑顔を見た途端、自分を縛っていた何かが解かれる感じがした。
そして同時に決心がついた。
「……分かった。決闘を受けよう」
彼女は分かっていた。
どちらにせよ、これは避けらない戦いだと。
だからこそ、彼女は覚悟を持って自分の運命を俺に託してくれた。
俺も本音を言えば彼女をあんなゴミみたいな連中に取られたくない。
アリスのことを考えれば、決闘は絶対にすべきではないのは確か。
でも、俺にだって意地がある。
こいつをぶっ飛ばしたい。
今までの積年の恨みも込めて……この男を倒したいという意地が。
「ふん、どうやら決まったみたいだな」
「ああ……やってやるよその決闘。その代わり、俺が勝ったらアリスのことは諦めてもらうからな」
「上等だ。勝負は4日後の放課後、場所は学園の修練場でいいな?」
「構わない」
「決まりだな。楽しみしているよ、アリシア」
「……ああ」
アルゴは去り際にフッと嘲笑うとその場から立ち去ろうとする――が。
何故か急にピタリと足を止めると、再び俺たちの方を向いた。
「あ、そうそう。君たちに言ってなかったことがあったんだ」
「言ってなかったことだと?」
「うん。もう知っているかもしれないけど、俺が貰った恩恵……【剣聖】なんだよね」
「け、剣聖だと!?」
「アルゴ……くんが!?」
アリスも知らなかったようだ。
俺たちの場所からじゃ誰かまでは見えなかったからな。
「ま、そういうことだ。せいぜい4日後までに覚悟を決めておくんだな。……ボコされる覚悟を」
「「「「「ハハハハハハ!」」」」」
取り巻きの奴らの高笑いが辺りに響き渡る。
アルゴはそれだけを俺たちに伝えると、何も言うことなくその場から消えていった。