第七話:もふもふレッサちゃん&王国建立宣言
小型の茶色いふわふわなケモノ。
顔の部分だけ少し白くなっていて、つぶらな瞳に大きなお耳。
太めの尻尾のもふもふ感がたまらない。
「キィ〜〜!」
二本足で立ち上がって、両手を頭の上で広げている。
ちっちゃな体を精一杯広げている、その仕草がまた可愛らしい。
そうしていても、私の腰ぐらいの背の高さしかない。
「うわぁ……か、カワイイ! 可愛すぎる!」
自分が今まで見たケモノの中で一番可愛いかも知れない。
「キィ〜〜!」
「ん〜、どうしたの?」
「キィ〜〜!」
「え、私の事が怖い!? そんなぁ〜!」
どうも初めて家に入ってきた私を怖がっているようだ。
これは威嚇のポーズだったのか。
「その子の名前はレッサ。珍しいケモノでな。とても臆病なんじゃ」
「それも、先生の故郷のケモノの名前からとってるんですか?」
「そうじゃ。この国のケモノは吾輩の故郷のケモノと似ているもの、そうでないもの、その中間など色々いるが、こいつはかなり似ておるな。レッサーパンダと呼ばれておったので、そこからとった」
ネコ先生が昔を懐かしむように遠い目をしている。
「それにしても可愛いですね! 威嚇してるのにこんなに可愛いんなんて……」
「まぁ、どんなケモノでも威嚇のときは自分の体を大きく見せようとする。吾輩たちが毛を逆立てたりするのもその一種じゃ」
「なるほど……」
「ほれ、そこの箱の中にリンゴが入っておる、レッサに食わせてやれ」
ネコ先生の目線の先に小さな木箱があった。
中に入っているリンゴを取り出した。
「こんな大きくて食べられますかね?」
「食べられるが、切ってやったほうが食べやすいだろうな」
よし!
自分が持っていた短剣を良く洗って、それでリンゴを小さく切った。
まだ警戒しているレッサに対して、リンゴを差し出すと――
「い、痛い!」
私の腕を思い切りつかんで、手の上のリンゴを奪い取っていった。
見た目に似合わず、爪はかなり鋭いようだ。
「木登りが得意でな、そのために結構爪は鋭いぞ。あとその子は結構おてんばでな」
「先に言ってください……」
しばらく跡が残りそうだ。
私は爪に気をつけながら、少しづつリンゴをあげた。
レッサちゃんは二本足で立ちながら、リンゴを両手で握りしめて美味しそうに食べている。
ケモノとしては独特なその姿がとっても可愛らしい
「でも、私、こんなケモノ見たことないですね。あの森に住んでるんですか?」
「いや、その子は、ここから遠くの山に行った時に偶然見つけてな……」
ネコ先生は少し下を向いて話している。
少し悲しそうな声だ。
「その子の尻尾、本当はもっと長いんじゃ。親に尻尾を切られてしまったみたいでのう」
「えっ、そんな!」
「……まぁ、ケモノの世界ではそういう事も起こるんじゃな……。上手く親子の生活が出来てなかったようなので、吾輩が連れ出してきた」
私と同じように、この子ものけものだったのだろうか。
こんなに可愛いのに……。
話をしている間に、リンゴをすべて食べ終わるとレッサは床でごろごろとし始めた。
もふもふのお腹も丸見えだ。
「触ってみたい……」
おどかさないようにちょっとずつ近づいて――
「むひょお!」
私は興奮で良くわからない声をあげてレッサのお腹を触った。
「うわぁ、すっごいふわふわだぁ」
こんなに柔らかいもふもふは味わったことがない。
「キィ!」
レッサちゃんはジタバタと手足を動かしている。
お腹を触られることにちょっと抵抗しているようだが、リンゴをあげたお陰なのか、さっきまでのように怖がってはいないようだ。
「むぅ……」
ネコ先生は少し複雑そうな表情をして、その様子を見ている。
レッサに触りたいのか、それとも私に触ってほしいのだろうか……。
「……先生も交ざりますか?」
「い……いや。結構じゃ」
「そういえば……」
私は一通りレッサちゃんの感触を楽しんでから、ネコ先生に向き合った。
「この家は人が住んでいるんですか?」
「いや、住んでいない。正確には住んでいたのじゃが、少し前に亡くなってのう。吾輩たちを可愛がってくれた老人の男だったのだが」
「……そうだったんですか……」
「変わり者でのう。あまり人間とは関わりを持っとらんかった」
なんだか、また湿っぽい空気になってしまった。
「すいません……変な話させちゃって……」
「いや。大丈夫じゃ。まぁ、お主が住むのに大きな問題はなかろう」
「はい! ありがとうございます!」
「付いてこい、少し周りを案内してやろう」
先生の後を追って私は家から外に出た。レッサちゃんも付いて来るようだ。
◇ ◆ ◇
家の外でコネコちゃんがホークとじゃれていた。
いや、正確にはホークがコネコちゃんをからかっているようだった。
彼らも連れて森を歩く。
ネコ先生の家があるのは森の中心部ではないので、外に出るまでそんなに時間はかからない。
歩いて十分もすると丘に出られた。
丘から猟民たちの村を見下ろす。
実際には全員が猟だけで生活しているわけではなくて、農業で生活している人もいる。
色んな作物の畑があるのが見えてワクワクする。
自然の少ない、私が住んでいた街では見られなかったものだ。
それに、牧畜のケモノを飼っている場所も見える。
ああいったケモノから乳や卵を取っているのだ。
「ネコ先生、こういう村のケモノは魔獣化しないんでしょうか? 街の人はそれを恐れてあまり近づかないのですが」
「ふむ……良い質問じゃな……」
ネコ先生は少し考える様子を見せた。
「……そんな事が頻繁に起きたら、あの村の連中だって生活できんわい」
「ですよね! じゃあ――」
ケモノを避ける理由なんてないという事なんじゃないか。
「だが、ごく稀にああいう飼われているケモノも魔獣化することがある」
「……そんな……」
私は口をつぐんだ。
「……吾輩も全てを理解している訳ではないが、人間の悪意に晒されたケモノが魔獣になるのだと考えている。あの村の場合は飼われておるケモノが大事にされておるから、魔獣にはならんのじゃ、基本的にはな……。じゃが、何事にも例外はある」
「……良く……分かりません……」
その話は私にとって悲しいものだった。
すぐに納得できるような話でもなかった。
「……いずれ、お主にも分かるじゃろうて……」
バサッ――バサッ――
気分の暗くなった私を慰めるように、ホークが大きな音を立てて私の周りを飛び回った。
足元にはコネコちゃんが頭を擦り寄せている。
レッサちゃんも私の腰に捕まっている。
「……ありがとう……」
皆の様子を見て、落ち込んでいた気持ちは一気に何処かへ飛んでいった。
風が心地よく吹いて、私の顔を叩いた。
よし! やるぞ!
私は胸を張って、手を横に広げて叫んだ。
「ここに、もふもふ王国を建立します!」
【あとがき】
[動物豆知識(現実褊)]
レッサーパンダのレッサーはlesser(〜より劣る)という意味があり、
現在は海外だと主にレッドパンダと呼ばれています。
[一言]
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