第五話:抜群! 翼獣ホークとのコンビネーション!!(前編)
「はぁ……。ネコ……ちゃん?」
「まぁ、吾輩にとって名前は特に意味はないのじゃ。このケモノに似た生き物が、吾輩の故郷ではそう呼ばれとった故に安直にそんな名前をつけただけなのじゃ」
「はぁ……」
見た目と裏腹に仰々しい喋り方をするネコちゃんに、なんだか圧倒されてしまう。
「ちなみに、こいつの事はコネコと呼んでおる。子どものネコという事じゃ」
「それは……本当に安直ですね……」
コネコちゃんはネコちゃんの側でごろごろと横になりながら、地面に落ちている木で遊んでいるようだ。
「私はリンと申します」
「ふむ……。お主、以前にこの子を助けてくれたそうだな。礼を言う。吾輩の子どもではないのだが、親と離れてしまったところを見つけて以降、吾輩が面倒を見ておるんじゃ。しかし、勝手にちょろちょろと遠出してしまう癖があっての……」
「そうなんですか……ところで……」
「なんじゃ?」
「何であなたは人間の言葉が喋れるのでしょうか?」
「ふむ……まぁ、それも色々あってな……」
ネコちゃんが遠い目をしている。表情豊かなケモノだ。
「とりあえず言える事は、元人間だったという事じゃな……」
「ええ〜、人間がケモノになれるんですか!? どうやって? 私もなりたい!」
衝撃の事実に興奮を隠しきれず、私はネコちゃんの体を両手で揺すった。
「んにゃぁぁ……や……やめろぉ」
少し苦しかったのか、ネコちゃんがうめき声を上げた。
「あ! ご、ごめんなさい!」
私は慌てて手を離して頭を下げた。
「ふぅ……まったく……」
ネコちゃんが体をブルブルと揺すって毛並みと呼吸を整えた。
「どうやってケモノになったか……それはそなたには言えん。まぁ吾輩にも色々と事情があるでのう……」
「そんなぁ〜!! ケチ〜!!」
ネコちゃんはごねる私を見て呆れたのか、大きなあくびをした。
「……そんな事より、お主、こんな森になんの用じゃったんだ?」
「それは……森の向こうの猟民の村に行きたくて……。暗かったから明日の朝にしようかと思ったんですけど、その子が……」
「ふうむ、なるほどのう……。それは悪い事をしたな」
「い、いえ、そんな事は」
「しかし、お主、雰囲気からして良いところのお嬢さんじゃろう? 猟民の村などになんの用があるのじゃ?」
「……まぁ私にも色々とあったんですが、端的にいうと、家出と言うかなんというか……」
改めて説明を求められると話が長くなるし、簡潔に伝えようとすると、自分自身でも何だか陳腐に聞こえてしまう。
「ふむ……まぁ人生色々あるでのう……」
私が喋るのをためらっているのを察してくれたようだ。
ネコちゃんから大人の雰囲気というか、人生の先輩の風格を感じる。
よし! これからは、ネコ先生とお呼びしよう。
「とりあえず吾輩に付いてこい。この近くに山小屋がある故、今夜はそこで一泊するが良い」
「あっ、ありがとうございます!」
私がお礼をいった瞬間、近くからガサガサと草を踏み分ける小さな音がした。
「む……」
ネコ先生が身構える。コネコちゃんの方は毛を逆立てて警戒していた。
「あれは……ベアル!? 魔獣化しているわ!」
私たちから五十メートル少し離れた所に大きな黒いケモノがいる。
私の二倍はありそうな全長、私の数倍は重そうな体格。
びっしりとした茶色い体毛にするどい爪。周辺の空気が魔力で黒く歪んでいる。
私たちとは距離があるが、うろうろと歩きながら私たちと周辺の様子をうかがっているようだ。
「吾輩の故郷にも、あれに面影が似ているケモノがおる。クマというのじゃが……まぁ、あんな風な魔獣にはならんがな……」
「……魔獣をケモノに戻す事はできないんでしょうか……」
「できない。少なくとも吾輩の知る限りではな。吾輩もそれなりに研究してきたが……。生まれたときから魔獣だったもの、生まれた後に魔獣になったもの、そのどちらも普通のケモノに戻す事はできん」
「……」
「さて、お主どうする?」
「背を向けて逃げるのが最悪の選択肢だという事ぐらいは分かりますが……」
魔獣だろうと普通のケモノだろうと、背を向けて逃げるものには飛びかかるのが本能だ。
「ふむ、そうじゃな……。吾輩としては奴を倒したい。魔獣は他のケモノをも無慈悲に殺すからの。奴らは常に攻撃本能が暴走しているような状態なのじゃ」
「でも、どうやって!? 私は補助魔術しか使えないんです! 実戦だって初めてなんです!」
「そうなのか……。では、お主の弓は飾りかの?」
「これは……本物です。でも私、止まっている的しか射った事がなくて――」
「なるほど……では仕方あるまい」
ネコ先生が近くにある小さな岩の上に登った。
「ネコ先生が戦うんですか!?」
「いや、お主の助けをしてくれるモノを呼ぶ。右腕を水平に上げろ!」
「はっ、はい!」
私は言われたとおりに右腕を動かした。
「んにゃぁ〜〜〜〜〜〜!!」
ネコ先生が上を向いて大きく鳴いた。
数秒待つと――
シュゥと風切り音を立てながら、何かが音を立ててすごい勢いで私に向かって飛んでくる。
「きゃあ!」
私はびっくりして目をつむった。
「腕を下げるな!」
「はっ、はい!」
腕に着けている革の篭手の上に何かが止まったのを感じて私は目を開ける。
その目に映ったのは、とても大きな翼、鋭い眼光に鋭い爪。
ギョロリと私を見つめていた。いや、にらんでいるようにも見える。
「これは……アシビット?」
私たちの世界ではそう呼ばれている翼獣だった。オスのようだ。
「うむ……吾輩はホークと呼んでおる。これも吾輩の故郷のケモノと面影が――」
「いや、そんな事より、この子とどうやって戦えというんですか! 怪我するかも知れない! 危険ですよ!」
「……ふむ、そういう気持ちは大事にすべきだが、そいつに心配はいらんよ。いざとなれば自分の身を守る術は心得ておる。いわゆる奥の手じゃな」
「そうはいっても……」
「あれこれ言うのは後じゃ。先手を取られるとマズイ。先程の吾輩の鳴き声に、魔獣も反応しとるしな」
ネコ先生の鳴き声に刺激されたのか、魔獣がこちらを向いて臨戦態勢に入っている。
今にも走り出しそうな体勢だ。
戦いの基本は先制攻撃。そんな事は百も承知だけれど……。
「木々の影を伝って、敵に近づくぞ……。コネコお前はこの近くで隠れていなさい」
「にゃっ」
コネコちゃんは草の中に飛び込んでいった。
ネコ先生は私の話を聞かずに先に進んでしまう。
「ちょっ、ちょっと!」
今は付いていくしかない。右腕にホークを乗せたまま後を追う。
隠れながら魔獣まで二十から三十メートル程の距離に近づいた。
草むらの影から魔獣の姿が僅かに見える。
キョロキョロとしながらも、こちらの大体の位置は掴んでいる様子だ。
「ふむ……この辺りで好機を待て」
「いや、好機を待てって言われても……。それにこの子を武器として使うなんて!」
初めての魔獣との戦闘で、仕掛けるタイミングなんて分からない。
それにケモノを戦わせる事にも抵抗がある。
「……ふむ……初めての実戦か……。よし、まずは落ち着いてお主の魔術について思い出せ」
「魔術って……。私のは便利屋の補助魔術……」
そうか、防護術式を使えばホークを守れるかもしれない。
緊張のせいなのか、動揺のせいなのか、自分の一番得意な事すら忘れていた。
「そうだ、お前はケモノを守る事ができる」
確かにある程度の攻撃なら防ぐ事が出来るだろう。
「次に、お主は勘違いをしておる」
「……勘違い?」
「好機を待つのはホークじゃよ」
「……それはどういう意味でしょうか?」
「仕掛けるタイミングはお主が決めるのではない、ホークが決めるのだ。お主はホークが飛びたいタイミングで腕を振れ!」
「……どうやって、そのタイミングを見極めれば良いのでしょう?」
「よく見ておれば分かるはずじゃ」
ネコ先生が言っている事は無茶に聞こえる。
「もう一つ言っておく。ホークがお主の武器なんじゃない、お主がホークの武器なのじゃ。 腕を滑走路としてホークに提供する、それがお主の役割じゃい」
「……なるほど」
分かったような分からないような気持ちで頷いた。
「さぁ、あまり時間はないぞ!」
「……」
選択肢は残されていないようだ……。
私は草木の影から、魔獣の位置がホークの目に映るように構えた。
腕を水平に引き、いつでも前に振れるようにする。
私の位置からは草木が邪魔で魔獣の動きはよく見えない。
頼りになるのはホークの目だけだ。じっとその体を見つめる。
静かな闇の中、トクントクンと自分の心臓の鼓動が聞こえる。
ホークはじっと正面を見据えている。
少しするとホークの呼吸が自分の呼吸とシンクロしていくのを感じた。
そこで私は理解した。頭ではなく心で理解した。
ああ、なんだ、そういうことか……。
分かる、ホークの心が分かる……。
もうすぐだね。
安心して……私を信頼して……。
私はあなたに応えるわ。
あなたも私に任せてね。
『行くぞ!』
ホークがそう言った事を、その体から感じとる。
羽を膨らませてから開き、軽く数度羽ばたかせた。
『今だ!』
ホークの意思に合わせ私は腕を前に振った。
【あとがき】
[動物豆知識(現実世界)]
腕を振ってカタパルトのようにして鷹を飛ばすのは日本の鷹匠だけ。
羽合せ(あわせ)と言います。海外の鷹匠はこういった事をしません。